模試の結果が出ない時

今日はいつものこの話の再確認。


模試の結果が思うように伸びない時には焦りますよね。

絶望的な模試の結果が返却されたときに心を落ち着かせる方法。

それは、ちょっとだけ前に進むということ。
絶望的な模試結果を受け取った時でもふて寝をしない、という意味です。
「自室にこもって布団をかぶって出てこない」をやらない、という意味です。

現実をぐっと受け止めて「大丈夫」って自分に言い聞かせて、ちょっとだけ前に進む。
大丈夫、大丈夫、きっと大丈夫って繰り返す。
そして、目の前の問題をひとつ解く。
暗記すべきことをひとつだけ覚える。

ちょっとだけれどもに進んている、という感覚が心を落ち着かせてくれるのです。
強い人はこれができるのです。
「あーあ、もう終わったな」とか「なるようにしかならねーよ」などと言う言葉を吐かない。
ぐっと踏みとどまって問題をひとつ解く。

受験を通して学べることって沢山ありますね。


さて、

昨日、通塾初日の塾生あり。
今日は通塾二日目の小学生あり。
塾に新しい顔が加わりました。

ガンガン演習しますよ!

努力は全て泥臭い

努力とは見えないところで行うもの。

全ての努力は泥臭い。

他人になどとても見せられたものではない。

恥ずかし過ぎて。

推敲途中の原稿を見せてくれる作家などいない。

完成した「作品」だけを見て欲しいという。

途中で壁にぶち当たって、のたうち回っている姿など見せられたものではないから。

絶望し、完成を断念する寸前まで落ち込んだ姿など知られたくないから。

絶望なしに大きな仕事を成し遂げる人などいない。

受験生の演習問題の反復も同じ。

1回目なんて、ボロボロに間違っている解答だらけ。

恥ずかしくて他人になど見せられるはずもない。

学習が完成したその姿、つまり合格という「作品」だけを見て欲しい。

自分自身で泥臭い努力を実行したことのないには、それが分からない。

他人のオシャレな「完成品」だけしか見えていないから。

自分で努力したことのある人は、

「完成品」の陰でどのくらい泥臭い努力と挫折が繰り返されていたかに思いを馳せることができる。

作品からそれらをイメージすることができる。

だから、感動の深みが違う。

オシャレな努力など存在しない。

全ての努力は泥臭い。



「お手伝い」再考

本日、体験入学のご予約を頂きました。
ありがとうございます。

また、今日が通塾初日の塾生も長時間の学習を難なくこなしました。
タフな小学生が急増中です。

さて、

今日は、お手伝いの話の確認。

家のお手伝いはさせるべきです。
「任せる」形で。つまり、責任を持たせる。

それが、家族という最小単位での社会で生きてゆく自信につながります。その自信が外の社会に出てゆく勇気になります。

このお手伝いに「報酬」を支払うのは如何かと思うのですが。報酬を払った瞬間にその意味合いが全く違ってきてしまいます。

家族という小さな社会の中で生きてゆくには相応の役割がある、という当たり前のことをするだけです。

このような考えは、最近理解されなくなってきていると感じています。

感謝を形で示す意味でも「報酬」は必要なのだと考える人が急増中のようです。

どうなんでしょうね。

土俵上で倒れた市長に心配蘇生した女性が、表彰状を固辞したとか。
表彰状を受け取ることで、意味合いが異なってくるような気もしますしね。

お手伝いの問題にも通ずるものがあるかな。

モチベーションは自分で上げるもの

モチベーションは自分自身で上げるもの。

他人に上げてもらうものではない。

何等かの「モチベーション上げシステム」のようなものに頼ること自体がおかしいのだ。

モチベーション上げを自分自身の「外部」に求めていること自体、モチベーションというものが分かっていない証拠。
そのことに気づていないのもまた深刻だ。

どこかにモチベーションを上げるのが上手な人がいる。
誰かがモチベーション上げの秘密を知っている。

でも自分はそれを知らない。

だから、

その誰かを探したい。
できれば、その誰かが自分のモチベーションを上げに来てくれることを期待している。

そんな風に考えている。


受け身の人にモチベーションが上がる日が訪れることは無い。

絶対にない。

モチベーションは自分で上げるものだから。

では、どうするか。

まずは自己流で。
失敗を繰り返しながら少しずつ前jに進む。
でも、自立的になった時点で既に結果は約束されている。

いや、もう半分位達成されている。


めげない人の勝ち

受験に勝つための心の習慣。

一つだけ挙げろと言われたら・・・・。

「めげないこと」

落ち込んでいる暇があったら少しだけでも前に進んでおくこと。
それが小さな自信となる。

「自分はもうダメだ」という敗北宣言に逃げても、同情してくれる人はおろか、笑ってくれる人さえいない。

教科書の見直し?

そんなレベルで、受験が戦えると思っている人もいるようだ。

教科書も参考書も問題集も。

ボロボロになるまで。
手垢で茶色くなるまで。
愛おしくて宝物と化すようになるまで。
抱いて寝たくなるほどに。

本当の「支え」になり「自信」へとなる。

その域を知らない人は、眺めただけで「復習した」などと言う。

一度絶望すれば見えて来るだろうか。


プロフィール

齊藤塾塾長 齊藤茂

Author:齊藤塾塾長 齊藤茂
渋川高校卒業後、代々木ゼミナール(教務課)に3年半勤務。4年目の9月より浪人生活を送り、翌年4月に群馬大学教育学部に入学。卒業後、藤岡市、前橋市の大手進学塾にて前高、前女、高高、高女進学コース、附属中クラスなどを担当。平成9年に出身地の東吾妻町矢倉にて齊藤塾を開塾。以来トップ校受験生の指導にあたる。

齊藤塾合格実績・・・前高、前女、高高、高女、高専、渋高、渋女、高経附、佐久長聖中、中央中等、樹徳中、埼玉大、新潟大、群馬大、静岡大、高等工科他

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