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日々の再確認


人は何等かの障害に立ち向かうときに思考が起動する。

私は、

どんな質問にでも即座に答えが出せる人は警戒してしまいます。


だって、生きていれば日々悩みと迷いの連続なのですから。

人の行動は一瞬で変わることはない。

日々少しずつ変化し、気が付いた時にはもう戻れないところに立っている。

小さなことでもいいから前に進む。

1年で、その365倍となる。

日々反復する。

1年で、365回の反復となる。

結果的にもう戻ることのない「自分自身」になっている。

私自身、反復の重要性を再確認できてきているのです。

嫌いな科目こそ大切に扱ってやろう!

苦手科目については、ぞんざいに扱っている人が多い。

ぞんざいに扱うから、その科目からあなたもぞんざいに扱われてしまう。

好かれたければ、好きになること。

好きになる理由がないと好きになれない。
これでは普通のことです。

そうではなくて、

「まずは」好きになろうとすること。
好きになる努力をしてみること。

やってみると、このことって、意外とできるものですよ。

そうすると、向こうからも好かれる。

相手を変えることは基本的に不可能ですが、自分が変わることはできます。
自分の行動は自分の意志で決められるから。

自分が変わることで、相手の自分に対する見方が変わる。
自分が変わるから、相手も変わる。

「自分が変わる」と決めたら、まずは一歩だけ前に進めてみること。

本日2名入塾!

本日、2名覚悟の入塾。
期待以上の結果を出しましょう。



さて、
思春期になると悩みの量も質も変わってくる。

書物はその悩みに寄り添ってくれる数少ないツールだ。

書物はカウンセラーではないから、ストレートに悩みを受け止めてはくれない。そもそも書物は私のために書かれたものではない。だから、私の求めていることを微妙に外しながら書かれていたりする。だから、イライラもする。

そこが良い。

書いた人の都合で世に出た書物。
でも、それがなぜか掛け替えのない一冊になることもある。

思春期になると多忙になり、ゆっくり書物と向き合える時間が激減する。
余りにも残念なことだ。

ある時間に何かをやれば、その時間にできたであろう外のことを捨てている。

限られた時間。

時間というものに自覚的でいたいものだ。

結果から、

今日から冬期時間割に移行しました。
いよいよ戦いも本番ですから。


さて、


「創造力豊かな作品に仕上がった」
「授業は創造的であるべきだ」
「彼のように創造性豊かな仕事をしよう」

など、良く聞かれます。
正論なので反論する人はいない。
でも、雰囲気だけ。

じゃあ、この場合の「創造」ってどういう意味かと問われて答えられるのでしょうか。

私には、結果を見てからそれを評価しているだけに思えます。
成功者が結果を出したのを見てから「何故成功したかというと、ここで創造性を発揮して・・」などと。
創造的なのは結果。

何かを創造するのは産みの苦しみ。
丸暗記も同様に苦しい。

作家

「どのような時に創作意欲が湧くか」という問いに、ある作家と詩人とが偶然同じ答えになり盛り上がっていた。

先日のラジオの番組でのこと。

その答えとは、「原稿の締め切り日直前」だと。

おいおい、何とも作家先生たちに対する憧れを打ち砕くに十分な答えではないか。

現実的過ぎる答え。作家先生たちの「日常」までが垣間見えてしまいかねない夢のない話。

でも、これこそが正直な答えであり、なおかつ創作というものの本質を見事に表現した言葉ではなかろうか。

締切間際ギリギリにになって、カレンダーやスケジュール帳と睨めっこしながら、あるいは編集者の顔を思い浮かべながら、間に合わなかった時の言い訳なども用意しつつ、「出てこない、出てこない」とイライラしながら「創作」に取り組む姿。
もしかしたら、これこそが創作行為の本質なのかもしれない。出てこないアイデアを無理やり絞り出す。いつになってもやる気が起きない状況でも、逃げるわけにゆかないのでとにかく机に向かう。

そんな作家先生たちののたうちまわる姿を想像したときに、憧れがさめるどころかますます彼等を好きになりはしないだろうか。彼等も普通の人間であり、仕事として創作というものを選んでいる。仕事である以上、やる気が起きないなどとは言ってられない。確かに凡人よりも優れた創作能力を持ち合わせてはいるだろう。しかし、何もないところからものを作り上げ、日々評価にさらされる苦しみと日々戦わねばならないのだ。仕事と戦っているのだ。そう、仕事と戦うという点においては私達と何ら変わらない人間なのだ。

私達は、創作というとアイデアが天から舞い降りてくるものだと勝手にイメージしてはいないだろうか。ないものを作り出す行為。それは地べたに二本足で立つ「普通の」人間が、その限りある能力から絞り出しているものなのだ。

今までになかったものを意図的に作ろうとする行為。

だからこそ、彼等は私達の想像を超えた作品をつくれるし、それが私達に心の底からの感動を与えてくれるのではないだろうか。創作の場に自分を追い込み、新しいものを創りだす行為を「仕事として」生きているという一点において、やはり作家は作家なのだ。凡人は創作をしようとして自分を追い込んで机には向かわない。

そう考えると、期末テストに逃げずに立ち向かう生徒達は将来仕事に取り組むための格好のトレーニングを積んでいるともいえる。
プロフィール

齊藤塾塾長 齊藤茂

Author:齊藤塾塾長 齊藤茂
渋川高校卒業後、代々木ゼミナール(教務課)に3年半勤務。4年目の9月より浪人生活を送り、翌年4月に群馬大学教育学部に入学。卒業後、藤岡市、前橋市の大手進学塾にて前高、前女、高高、高女進学コース、附属中クラスなどを担当。平成9年に出身地の東吾妻町矢倉にて齊藤塾を開塾。以来トップ校受験生の指導にあたる。

2019年合格実績
前橋高校1名、前橋女子高校1名、高崎高校2名、高崎女子高校2名、群馬高専2名、新潟大歯学部1名、中央中等1名(その他・過年度分は下のホームページからどうぞ)

* お問い合わせは下記問い合わせバナーからどうぞ。
* 齊藤塾ホームページへは下のリンクからどうぞ。

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