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勉強は誰のため

中央中等、佐久長聖中受験生の健闘を祈ります。



親に言われて仕方なく勉強している人がいる。
「しょうがねえなあ。母親があまりうるさいから、少しは勉強してやるか」って。

極端な母親は「〇〇ちゃん。お願いだから勉強して」って。

叱っても勉強しないのだから、泣き落とし戦術。
まあ、問題外。

子供の方も親の下心が見えすいているような気がして、不愉快なんでしょうね。

「オレの人生なんだよ。干渉するなよ。オレの勝手だよ」とでも言いたげ。

オレの勝手?

そうだろうか。

勉強は親の為にしているのではない。それは当たり前だ。じゃあ、自分の為にやっているのだろうか。

それも違う。明らかに違う。

ひとりひとりが自分の幸せだけを考えて最適解を求めて行動すれば、結果的に社会全体としても幸せになる、などということはないのだ。

理由は簡単。人間は社会的動物だからだ。好むと好まざるとに関わらず、人間という動物はそうにできている。この事実からは誰も逃れられない。

だから、個人主義を突き詰めすぎると皆幸せを感じられなくなってくる。個人の自由を突き詰めすぎると、今の日本社会のように孤独な人が増えてしまう。何だかおかしい、こんなはずじゃなかった、って。

だから、勉強は自分の為にしているのではない。人間である以上、勉強は社会に役立つ人間になるためにやっている。社会の為に役に立つ人間になれて、初めて私達は生きて行ける。社会の役に立っている実感を持てて、人間は初めて幸せを感じられる。だから、幸せになることイコール社会の役に立つ人間になることなのだ。

勉強はその為にやっている。

逆に考えると、社会の役に立たない人間になることほど怖いことはない。そういえば、私は高校卒業から大学に入るまでの4年間、社会の役に立っていないという不安感にさいなまれていた。いずれ役に立つ人間になるための充電期間なのだからこれで良いのだ、と常に自分に言い聞かせて、その不安を打ち消していた。

勉強することは学生にとって義務だ。

そこに選択の余地などない。どこの社会でも学生に勉強する機会が与えられているのは、いずれ社会を支える人間になってもらう為だ。勉強を放棄することは、別の社会で生きてゆくことの宣言に等しい。しかし、そのような人を受け入れてくれる社会はない。少なくとも人間の社会にはない。

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プロフィール

齊藤塾塾長 齊藤茂

Author:齊藤塾塾長 齊藤茂
渋川高校卒業後、代々木ゼミナール(教務課)に3年半勤務。4年目の9月より浪人生活を送り、翌年4月に群馬大学教育学部に入学。卒業後、藤岡市、前橋市の大手進学塾にて前高、前女、高高、高女進学コース、附属中クラスなどを担当。平成9年に出身地の東吾妻町矢倉にて齊藤塾を開塾。以来トップ校受験生の指導にあたる。

齊藤塾合格実績・・・前高、前女、高高、高女、高専、渋高、渋女、高経附、佐久長聖中、中央中等、樹徳中、埼玉大、新潟大、群馬大、静岡大、高等工科他

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