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「君もやればできるじゃないか」で元気は出るか

「君もやればできるじゃないか」

子供達を指導する人から時々発せられる言葉。

指導者としては元気づけているつもりなんだろう。

なかなか動かなかった子供がやっと動いて、小さな成果を出したときに、これをきっかけにして勉強にエンジンがかかって欲しいとの気持ちから発せられる言葉なのだろう。子供は良いものを持っていながら、自ら動くことがないために、本人さえもその能力に気づいていないことがある。指導者はその子の能力が見えているから、動かない子供に対して常にイライラしている。能力があるのに発揮しない子供を見て、常に残念に思っている。だから、何かのきっかけで動いて小さな成果を出した子供を見れば、これがチャンスだ、本人に自らの能力を自覚させる必要がある、と感じて「君もやればできる」を発してしまう。やっと期待通りの動きができた、と。やっと、自分の潜在能力に気づいてくれたか、と。これをきっかけに子供が変わってくれたら、と。

「やればできる」という言葉の裏側を考えてみたい。

子供の立場に立って考えてみれば理解しやすいだろう。
子供には、指導者(勿論、父母の場合もあるが)が普段からなかなか動こうとしない自分に対して今までずっと持ち続けていたイライラ感が透けて見えている。子供はそちらの方を感じとる。そして、まさにこれをチャンスとして自分をコントロールしようとしている指導者(父母)のその下心を見抜く。いやいや、それもこれも本人の為だと言いたいでしょうが、そこが難しい。

コントロールしようとした時点で思うようには行かない。コントロールは完全に上から目線でなされる。このような関係では例えコントロールがうまくいったとしても、子供は指導者の顔色ばかり伺うようになる。自分の行動が指導者の期待に反していないかどうか、ということばかりを考えるようになる。指導者の期待に判断基準を置いて行動するようになる。行動の司令塔が相手にある状態だ。とても「自立」からは程遠い。コントロールしようとすればするほど子供は自立的ではなくなる。例え毎日接していたとしても指導者は別人格。気まぐれで行動することもある。常に指導者の行動に振り回されることになる。「自分で」考え行動するワクワク感、ドキドキ感を奪ってしまう。

「褒める」も同じ。褒めるということは、褒める人が上で褒められる人が下という上下関係。やはり、褒めてくれる人の顔色ばかり伺うようになる。褒められなくなる恐怖との闘いになる。これも自立からは程遠い。

自分の頭で考えるから勉強は面白い。自分の頭で考えて行動するからワクワクする。失敗しても楽しい。自分のバカさ加減に呆れ果てても、自分でなんとかしようとする。大失敗して落ち込んで泣きはらしたとしても、その後ですっきりした顔になって立ち上がれる。

「やればできるじゃないか」という言葉の裏にある本心。それは「何故今までやらなかったのだ。オレはずっと待っていたのだよ。何故だ、何故だ。何故今までオレをこんなにイライラさせたのだ」だ。
そして、やっと動けた子供に対して、今まで動けなかったのは単なる怠慢だと決めつけ、動けなかった(或いは、動かなかった)辛さについて見ようとしない姿勢がうかがえる。子供と寄り添おうという姿勢のなさ。
「こんなに簡単に動けるのに、何故今までやらなかったのだ」と問い詰める姿勢。動けない子供に寄り添って同じ方向を向いて進もうとはしない姿勢。
この姿勢は子供にどう伝わるか。そう、「大人はボクのことを全然わかっちゃいない」だ。

子供の能力に早くに気づいてそれに期待していた大人が、子供からは自分のことを全く分かってくれない人に見えている。「君もやればできるじゃないか」は子供には「大人ってやっばり全然ボクのことが見えていないんだ」の確認に使われる。「放っておいたら君は自分一人ではできない人なんだから」というメッセージが伝わる。子供を信じていないということが一番よく伝わってしまう。そして子供は、自分はやっぱり大人からは信用してもらえない能力のない人なのかもしれない、と自信を失う。人生の先輩から「君は信じて任せることのできない人だ」というメッセージを受け取ってしまう子供。

今までの長い長いあいだ何故やらなかったのか。単なる怠慢なのか。機が熟していなかったからなのか。結果を恐れるあまり動けなかったのか。それは分からない。今まで動かなかったことではなく、今自分から動いたという事実を見守って欲しいのだ。頑張って動けた子供を温かく見守る。あるいは一緒になって喜ぶ。
動いたという事実に対して上から目線での「お墨付き」は与えないで欲しい。子供本人が「自分から」動いて自信をつけ始めている時に、指導者が追いかけていってあとから評価の上書きをしてしまったら、本人が一人でやった成果の輝きが薄れてしまう。喜びを横から奪ってしまう。本人が自信をつけるチャンスを奪ってしまう。

小さい子供が一人で何かやろうとしてできそうになっているのに、うっかり大人が手を出して手伝ってしまうことがある。その子はまたもとに戻って、自分一人だけでやり直して確認する。それと同じ。
ひとりでやるから自信がつく。それを見守る。求められたときに手伝う。

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プロフィール

齊藤塾塾長 齊藤茂

Author:齊藤塾塾長 齊藤茂
渋川高校卒業後、代々木ゼミナール(教務課)に3年半勤務。4年目の9月より浪人生活を送り、翌年4月に群馬大学教育学部に入学。卒業後、藤岡市、前橋市の大手進学塾にて前高、前女、高高、高女進学コース、附属中クラスなどを担当。平成9年に出身地の東吾妻町矢倉にて齊藤塾を開塾。以来トップ校受験生の指導にあたる。

2019年合格実績
前橋高校1名、前橋女子高校1名、高崎高校2名、高崎女子高校2名、群馬高専2名、新潟大歯学部1名、中央中等1名(その他・過年度分は下のホームページからどうぞ)

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