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君だけの悩みではありませんよ。

思春期になると悩みの量も質も変わってくる。

書物はその悩みに寄り添ってくれる数少ないツールだ。

書物はカウンセラーではないから、ストレートに悩みを受け止めてはくれない。そもそも書物は私のために書かれたものではない。だから、私の求めていることを微妙に外しながら書かれていたりする。だから、イライラもする。

そこが良い。

書いた人の都合で世に出た書物。
でも、それがなぜか掛け替えのない一冊になることもある。

思春期になると多忙になり、ゆっくり書物と向き合える時間が激減する。
余りにも残念なことだ。

ある時間に何かをやれば、その時間にできたであろう外のことを捨てている。

限られた時間。

時間というものに自覚的でいたいものだ。

まずは学校の成績を伸ばす

齊藤塾は各塾生が学校で受けている授業を最大限に生かして、各学校のペースに合わせて演習問題で指導する、というスタイルです。つまり、今学校で習っていることを完全に消化すること。消化不良のまま残さないこと。必要な演習はその時々に十分に行っておくこと。それが、前高、前女、高高、高女、高専などのトップ校合格への近道であって、それ以外の道はない、と私は考えるのです。

だから、学校の成績を伸ばすことは大切です。偏差値を伸ばすことも大切です。それが受験に直結するからです。

ありきたりの参考書

本日1名授業見学。

ありがとうございました。

定員になり次第締め切ります。


大学入試共通テストの出願が始まりましたね。
マークシート試験とはいいながら、センター試験とは違ってきますね。


さて、今日は「名著」の話。





ある受験生。

名著と評判の参考書を求めて、地元の書店へと出かけた。
入試傾向を踏まえ、テクニックを網羅し、且つコンパクトにまとめてある受験生にとってバイブルのような参考書。
毎年のように改訂が繰り返され、常に内容が更新されているというクオリティの高い参考書。

しかし、名著は売り切れていた。
既に秋になっていたのだ。

当時、注文しても最低でも2週間は待たねばならず、それだけ待っても確実に入手できるとは限らなかった。

元より参考書情報に詳しくなかった彼は入手を簡単に諦めた。
代わりに、大量に売れ残っているどこにでもある参考書を購入して帰った。

誰でも知っている大手出版社発行の「標準的過ぎる」参考書。

参考書などに迷っている時間はなかったのだ。

その日から、彼は、

「標準的過ぎる」参考書を盲目的に1問1問と解いていった。
受験情報に詳しくないので、信じるしかなかったのだ。
目の前にある参考書にすがりつくしか。

1周、2周、3周・・・。

他の参考書には目もくれず。
そのかわり、その参考書については暗唱できるくらいに「すがった」。

結果。

入試ではなんと95%の得点率となった。
勿論合格。

理想的な入試対策を実践したのだから当然の結果とも言えるが。



あの時、お目当ての名著が入手できていたらどうなっていたろう。

安易に走るな

量は質を変える。

世の中安易な発想が多すぎます。

「〇〇しただけで〇〇する」系の話。

物事の因果関係ってそんなに単純じゃありません。そんなことはちょっと考えればわかること。

のたうちまわって苦しんで初めて見えてくるものの方が多い。そして、それは本物です。自分で搾りだすんですよ。
今までさぼっていた受験生ほど、どこかに楽な道があるのでは、と検索しまくります。それが遠回りなんだってどうして気づかないのか。

「やる気スイッチ」も同じ。安易な発想です。本人が苦しまないと、そのスイッチも見えて来ないのです。

今年も学年1位が4名!


夏休み明け各中学校実施実力テスト結果 【最終結果】
(中1~中3合計、5教科合計得点での学年順位。)

  学年1位・・・4名
  学年3位・・・1名
  学年4位・・・2名
  学年5位・・・1名
  学年6位・・・2名
  学年7位・・・1名
  学年8位・・・1名

*夏期講習での演習量が結実しました。

学年1位4名は去年と同じ。

結果を出した塾生達。
一桁順位に胸を張ろう。

堂々たる模倣

今日は、

中学校実力テストで、

学年1位・・・1名
学年4位・・・1名

の報告がありました。
全最終結果の報告が明日にもできるかと思います。

さて、

今日は素敵な言葉に出合いました。

それは、

「堂々たる模倣」。

あるプロ野球選手。
両リーグで三冠王を獲得するという偉業を成し遂げたOという選手。
その打法は、当時の常識からは外れたもので、コーチはなんとかして修正しようとしたが、本人は頑として受け入れなかった。

そもそも、その打法、O選手のオリジナルではなかった。
11年目に入って代打要員となっていたTという先輩選手の模倣。
小柄で実績も乏しいT選手の打法を徹底的に「模倣」した。

何かピンとくるものがあったのだろうか。
誰も注目していない打法だった。(T選手本人も)
T選手の11年間の実績からいっても、注目されないのは当然だった。

「世間」でもない、「一般」でもない、「評判」でもない。
そして、「実績」ですらない。
O選手が信じたのは「自分」だった。
結果だけが評価されるプロの世界で、自分を信じた。

コーチたちも彼の打法の「修正」を諦めた。

そして、

O選手はこの打法で、ヒットを量産する。
そして、三冠王も。

O選手曰く、「堂々たる模倣だよ」。

良いと思ったものは、たとえ模倣と言われようと、堂々と取り入れ自分のものにしてしまう。
そして、オリジナル以上の結果を出す。

模倣は恥ずべきことではない。

堂々と模倣してよい。
オリジナルを超えるほどの勢いで。

これを本当の貪欲という。

「真似」と言われるのを恐れて、良いものを受け入れない態度こそが逃げなのだ。

模倣せよ。
堂々と。
そして、オリジナルを超えよ。

公式の証明

数学では、

公式を覚えて、それを利用して問題を解く。

そんな学習が長年継続されてきました。

しかし、

共通テストの時代になると、その公式のが導かれるに至った背景や、公式そのものの証明などが重要視されてきます。
意味も分からず公式を使って解き「意味は良く分からないけれど、解けたららいいでよ?」という姿勢ではダメになるのですね。

公式を暗記するのは勿論のこと、自分で公式を導けなければダメ、という時代になったのです。

考えるのが好きな人には最高に幸せな時代がやってきました。

とにかく受かれば良い、と結果を焦る人にとっては、ますます合格が遠のくということになりますね。

分かる、
考える、
関心、好奇心を持つ・・・

そんなことが期待される時代になったのです。

気づかせるのが仕事


「教えるのはたやすい。気づかせるのには苦労する」

教えてしまえば、とりあえずは到達したように見える。
一見、できるようになったかに見える。
生徒にも指導者にも。

でも、定着はしていない。
自分の頭で考えていないから。
自ら獲得した理解ではないから。

だから、次回同じような問題に直面した時に、同じように立ち止まってしまう。
そして、前回と同じように指導者の助けを求める。

自分で到達したものしか本物にはならない。
たとえ教えてもらったものでも、もう一度自分の力で到達してみることが大切。

指導者の仕事は気づかせること。
生徒が自分で動き、気づくことの道筋を作ってやること。
あくまでも手を使い、頭を使い、動くのは生徒。

自分自身で気づき、自分の足で到達したものだけが本物だ。
自らの経験は印象が強く、情報量が豊富なのだ。
「生きている実感」に裏打ちされた学習と言っても大げさではない。

指導者は教え過ぎてはいけない。
教え過ぎることで、生徒が自分の力で到達できるチャンスを奪ってしまうからだ。
生徒から貴重な学習のチャンスを奪ったのでは、指導者失格だ。

当たり前のこと

今の時代、自主的に勉強できる生徒が少ないからと言って、自主的に勉強している人を褒めてはいけない。
当たり前のことをやっているだけだから。

当たり前のことをやっているのに、褒められてしまったら、その子はキョトンとするだけ。
また、褒められないとやらないようになってしまったとしたら、勿論それは最悪。

勉強だけしていれば褒められる生徒の「甘っちょろさ」が不愉快なのだ。
本人の責任ではないかもしれないが。
甘っちょろいから成果も出ないのだ。
甘っちょろい人は実感が乏しい。

自由に勉強できる幸せ感に包まれた「スッキリした」気持ちよさを、是非とも味わせてやりたいものだ。

生徒が勉強するのは当たり前。

当たり前の勉強を褒めることで、その価値を下げていることに気づいて欲しいものだ。



さて、4連休の戦いが終わりました。
東吾妻中は実力テストになりますね。

「数学は暗記だ!」と言うけれど

私達が学んでいる数学は、歴史上表れた天才達がその人生をかけて作り上げた知恵のエッセンスです。
当然のことながら、我々凡人が「自分で」考えついたり、理論を構築することなどほとんど不可能です。

だから、

まずは、「学ぶこと」が先に来ます。
当たり前ですね。
まず、何とかして理解すること。
ゼロも、マイナスも、そして複素数も、最初に紹介された時には、周りの学者達にもなかなか受け入れてもらえませんでした。
しかし、多くの先人達は理解しようと努力し、その「威力」に感動し、圧倒されて、世代を超えて私達に伝えてくれています。
古いものではなんと2000年にも渡って次から次の世代へと。
凄いことですよね。

どの理論や概念も、人類史に初めて登場した時にはさまざまな混乱や抵抗があったものなのです。
私達がその人生で初めて出会った際にに戸惑うのは無理もないのです。

だから、私達も戸惑いつつも、苦労して理解しようと努力すること。

「感動」はずっと後になってからかもしれません。
そして、理解したら覚えること。
問題を解きながら反復理解しつつ、頭に刻み込むこと。

特に、数学の場合には「手を使って」学ぶことが求められます。
問題を解くことを抜きにして学ぶことは不可能。
それが数学なのです。
恐らく他の教科よりも努力が要るのです。
本当に分かるまでには、苦労する教科なのです。
でも、その分、分かったときの感動も大きい。
できるようになった時の充実感は計り知れない。
苦労した分、得られる果実も大きい訳ですね。

それから、

最初から全てを分からなくてもとりあえず前に進んでみよう、という割り切りも求められます。
初めて出会った時に全てが完璧に分かるほど、簡単な教科ではありません。
確かに理屈を積み上げる学問ですから、曖昧な理解は許されません。
かといって、初めからスッキリ全てが分かるほど簡単な教科でもない。
一見矛盾するようですが「とりあえず前に進んでおこう」という態度も時には必要です。
「漆塗り」何度目かで「おお、なるほどそうだったのか」と感動することも珍しくありません。
何度もオイシイ科目かもしれませんね。

学習はスポーツに似ています。
脳は筋肉に似ています。
鍛えるには努力が要ります。
特に数学は。
でも、努力lに見合った、あるいはそれ以上の見返りがあるのです。
その「見返り」も20年後かもしれませんが。

思考は、困難を乗り越える時にだけ、起動する。
脳を鍛える場を提供してくれる数学。
受験に使わない文系の人にも良い刺激になりますね。

さて、

4連休の戦いも3日目終了です。
高校生は中間テスト直前ですね。
プロフィール

齊藤塾塾長 齊藤茂

Author:齊藤塾塾長 齊藤茂
渋川高校卒業後、代々木ゼミナール(教務課)に3年半勤務。4年目の9月より浪人生活を送り、翌年4月に群馬大学教育学部に入学。卒業後、藤岡市、前橋市の大手進学塾にて前高、前女、高高、高女進学コース、附属中クラスなどを担当。平成9年に出身地の東吾妻町矢倉にて齊藤塾を開塾。以来トップ校受験生の指導にあたる。

【遠方の方も吾妻線を利用して、土日、祝日中心に通っている塾です。長時間の個別演習形式で鍛えて結果を出しています。お気軽にお問い合わせください。】

合格実績(2012年~2020年までの合計)前橋高校4名、前橋女子高校8名、高崎高校5名、高崎女子高校7名、群馬高専5名、渋川高校20名、渋川女子高校17名、高経附高校3名、前橋育英S4名(中学受験については初年度からの合計で中央中等8名、佐久長聖中8名それぞれ合格、大学受験については、群馬大、埼玉大、茨城大、信州大、新潟大、静岡大、早稲田大、慶応大、津田塾大、東京女子大、明治大、法政大、成城大、東洋大、獨協大等多数合格・詳細は下のホームページからどうぞ)

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