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褒め言葉

褒め言葉をシャワーのように浴びせかければ人は変わる。
褒めて褒めて褒めちぎれ。
どんな人にも最低ひとつくらい良いところがある。それを見つけ出して褒めよ。

そんな言葉が教育界には溢れている気がする。

確かに、全く自信喪失状態になった子には有効かもしれない。ちょうど、病気の治療に薬が必要なように。でも、薬は病気の時にだけ有効なのであって、常用してはいけない。薬と麻薬とは境界線が曖昧だから危険なもの。まだ、多用することで効能は限りなくゼロに近づく。

「それだけ病んでいる子が多いのだよ」
そう言われてしまえば、もう言い返す言葉はない。実際、病んでいる子は多いのかもしれないが。

成長するには


不平を言っている人は、

自らが如何に幸せなのかに気づかない人です。
私もこの歳になって、それが少し分かり始めました。

気づくのが遅すぎるよ!

全くその通りです。言い訳の余地なし。

足るを知る。

欲をかかないこと。

これも気づくのが遅すぎてますね。

現状に満足したら終わりだ!
停滞は後退と同じだ!
これがビジネスの常識なのでしょうね。


「コロナ後」には必ず成長しています。
勿論、まずはこの災厄をしっかり乗り切ること。

分からない、の自覚


無知の知から学習に入れる人は強い。

自分は何も知らない。
そのことを素直に受け入れてスタートできる人。

スタート時点でしっかりと地に足がついている。
そんな感じ。
自分は何が分かっていて、何を知らないのか。
その仕分けがきちんとできている。

だから、

知らないこと、分からないことを分かろうとする姿勢。
その構えが素直にできる。

学べない人はここが甘い。
知っているような知らないような。

質問されても答えが曖昧。自問しても思考が曖昧。
ことごとく曖昧。
まあ、分かっちゃいない。
だから適当にやっちゃう。
「エイヤアッ!」って。

学習者の姿勢からは程遠い。

こういう人って意外と多いのですね。

無知の知から出発できる人はだから強い。
それだけで頭一つ出てしまう。

分かり易い話をする人

新型コロナによる休校はどうも長引きそうです。
このピンチをチャンスに変えられることができるか。


「外から」の暴力的な力なしにはなかなか私達は変われない。

その力は死の恐怖を感じさせるレベルなのですが。

動物の進化はウイルスがもたらした、という説もあるくらい。


さてさて、今日は

頭の良い人の話、についての確認。



頭の良い人の話には特徴がある。

それは、シンプルかつ分かりやすいということ。

だから、

「あの人は頭が良過ぎて、説明が難しくて、私には理解できない」

ということ自体本来あり得ないのだ。

ポイントを押さえている話にはメリハリがある。

従って、何が重要なのかはその話を聞いているだけで自然に見えてくるものなのだ。

さらに、

聞いている人の方に「分かった」と感じた時の、鳥肌が立つような感動があるものなのだ。

深い話はシンプル。

話し手の話が理解できないのは、聞いているあなたの頭が悪いのではない。

話している人の頭が悪いのだ。
伝わる話をする能力がないのだ。

それだけではない。
聞いている人を煙に巻き、ある方向に人を誘導しようとしていることさえある。
こうなると厄介だ。



だから、

相手の話が分からないということは恥ずかしいことではない。

聞き手に分からせられない話をしていることの方が恥ずかしい。

ZOOM

ZOOMが何かと話題です。

塾での利用方法としては、個別指導または自習室管理でしょうか。

齊藤塾としても、いずれのシステムも検討中です。

コロナも怖いが勉強の遅れも怖い。

しかし、

勉強の遅れも怖いがコロナもやっぱり怖い。

考えても考えてもグルグル回ってしまう。

こういう時こそ「知恵」を出さねば。

追い詰められた時に「だけ」独創的な知恵が浮かび上がってくる。

あるいは「降りて」来る。

そう、信じています。

思考が起動するのは困難にぶち当たってとき(だけ)。

だから、成長のチャンス。

本当です。

コロナ終息はいつ

今回のこの新型コロナ。

終息にはそうとうな時間がかかりそうです。

私達のいままでの振る舞い全てを、一度見直す必要に迫られています。

大きくリセットして、柔軟な発想で組みなおすことが求められているのです。

本気になること。

どうも、私達は命の危険にさらされないと本当の意味での「本気」にはなれないようです。

自戒をこめて。

学は・・


「学如不及猶恐失之」(『論語』より)

(学は及ばざるが如くせよ。猶之を失わんことを恐れよ。)

学んだことなんて、すぐに忘れてしますものです。何度復習しても安心できない。「学んだらそれを失うことを恐れよ!」と孔子さんが熱く警告してくれています。



中高一貫校を目指す適性検査組は鍵山さんの文章との格闘です。

「忍耐力はルールを守ることで養われる」

楽して・・・

よく「楽して稼げる・・・」などのタイトルの迷惑メールが来ますよね。
勿論、嘘に決まっています。
楽して稼げるのなら、どういして自分でやらないのか。
ちょっと考えれば分かることですよね。(考えなくても分かるか。)
赤の他人にわざわざメールを送って儲けさせてやる。
そんなお人よしの人はあまりいないハズです。

では、何故そんなメールを送り続けるのか。

引っかかる人がいるから、です。
「どこかに楽して儲かる方法があり、それを自分が知らないだけだ」
そんな風に考える人がいるのです。

他の人ができないこと。
他の人がやらないこと。
それができるから、仕事として成立する。
お金を払ってくれる人がいる。
給料を払ってくれる会社がある。

それだけのことです。
当たり前の話。

学習についても同じこと。

楽して結果を出せる学習方法。

そんなものがあれば、皆やっていますよ。
あるわけない。
他の人ならそこまではやらない。
普通の人の何倍も努力している。
そういう人が他の人よりも頭一つ出られる。
あまりにも当たり前のこと。

やるかやらないか。
それだけのこと。
さっさとやればよい。


「起爆剤」は感情です。
例えば「怒り」。

その延長線上に、塾に飛び込む勇気があります。

読み物

読み物をじっくり読むこと。

それは、

考えるということだ。
考えることと話し合いは同じではない。
当たり前だ。

自分と向き合う孤独な作業を避けてはいけない。

例えば、
小3の時に読んで欲しい本をすっ飛ばして、別のことに忙殺されるとする。
人生で小3は二度と訪れない。宿題を残したまま小4になる。
勿論、外からは分からない。

読むことは考えること。
小3は小3の頭で「考える」という作業をじっくりやらせてやりたい。

読み物はそのためには欠かせない。

義務だ!


子供にとって勉強は義務だ。
子供の頃に勉強し、大人になってから社会に貢献することで、その社会の存続は保証される。

人は誰もが、出来上がっている社会の中に産み落とされる。そして、その社会システムの恩恵を十分に受けて育ってゆく。
人は子供時代には何も社会に対しては貢献できていない。社会からその恩恵を一方的に受けているのみなのだ。

ひとりひとりが大人になってから社会貢献のバトンタッチを確実に実行することでしか、社会というものは存続できない。
恩恵の受けっぱなしは許されないということだ。私達の先輩は皆そうやってきた。私達が今社会に包まれて暮していられる事実がその証拠だ。

だから、

子供が勉強することは義務だ。
プロフィール

齊藤塾塾長 齊藤茂

Author:齊藤塾塾長 齊藤茂
渋川高校卒業後、代々木ゼミナール(教務課)に3年半勤務。4年目の9月より浪人生活を送り、翌年4月に群馬大学教育学部に入学。卒業後、藤岡市、前橋市の大手進学塾にて前高、前女、高高、高女進学コース、附属中クラスなどを担当。平成9年に出身地の東吾妻町矢倉にて齊藤塾を開塾。以来トップ校受験生の指導にあたる。

【遠方の方も吾妻線を利用して、土日、祝日中心に通っている塾です。長時間の個別演習形式で鍛えて結果を出しています。お気軽にお問い合わせください。】

合格実績(2012年~2020年までの合計)前橋高校4名、前橋女子高校8名、高崎高校5名、高崎女子高校7名、群馬高専5名、渋川高校20名、渋川女子高校17名、高経附高校3名、前橋育英S4名(中学受験については初年度からの合計で中央中等8名、佐久長聖中8名それぞれ合格、大学受験については、群馬大、埼玉大、茨城大、信州大、新潟大、静岡大、早稲田大、慶応大、津田塾大、東京女子大、明治大、法政大、成城大、東洋大、獨協大等多数合格・詳細は下のホームページからどうぞ)

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