便利な道具を使っても・・・

便利な学習機器を使っても、それだけで頭は良くなりません。

その理由を考えてみました。

便利な道具の多くは、私達のストレスを軽減してくれるものです。
学習についても同じです。学習機器の多くは、学習時における私達のストレスを減らしてくれます。

電子辞書にしろ、スマホやPCによる検索にしろ、以前では考えられないほどのスピード感で私達の学習効率を高めてくれます。

ある意味、夢の道具です。

それなのに肝心の学習効果が上がっているとはいいがたい。

つまり、学習「効率」は格段に向上したのに学習「効果」は上がっていないかもしれない、ということ。

道具がストレスを省いてくれた、その分私達が「ラク」をしただけで終わっている。そんな感じでしょうか。

いつも、言っていることの繰り返しになりますが。

困難に対峙した時に初めて私達の思考は起動する。
ストレスのないのっぺりした学習では、あまり困難を感じないということなのでしょうね。困難を感じないから、思考は起動しない。だから、学習効果がそれほど上がらない。

「機械にできることは機械にやらせて、人間にしかできないことを人間がする」

よく言われることです。

しかし、そんな簡単な話でもないようですよ。

「人間にしかできないこと」だけに絞ってピンポイントで思考するなんてことができるのでしょうか。はなはだ疑問です。エッセンスの部分だけヒトがやる? どうなんでしょうね。

思考って、一見無駄に見えることや、雑多なことの積み重ねの上に成り立っているような気がするのですが。特に、発明や発見こそ、行き詰まった時に、そのようなものからヒントを得て突破口を開いてきたと思うのです。そんなエピソードばかりですよね。

自分を変えるのは自分

今日の『クローズアップ現代』は村田諒太選手へのインタビューでしたね。

一番印象に残った村田選手の言葉。

「自分には、
レフェリーの判断は変えられない。
ジャッジの判定も変えられない。
観客の感情も変えることはできない。

変えられるのは自分のことだけ。
だから、自分にできることに集中する。」

今日はこの言葉をかみしめます。

未来のことは分からない、が

未来のことは誰にも分かりません。

当然です。

ただ、教科書で習う学習については計画l通りに進められ、例年ほぼ同じ内容が繰り返されている。毎年、習う生徒が入れ替わっているだけです。生徒がつまずくところもほぼ同じです。

だから、

塾ではある程度先回りして、指導に濃淡をつけることが必要だし、実際そのように指導しています。分かりずらい部分は、解説は丁寧に、そして演習量は大量に。

今日はまだ5月です。
中間テストが終わったばかり、という人も多いことでしょう。
ところが、期末テストまであと1か月しかない、というのも事実なのです。1日たりとも気が抜けませんね。

受験生にとっては、夏休みでの戦いも視野に入ってきているはずです。

ストレスがあるから育つ

人が育つにはストレスは必要不可欠です。

適度のストレス。
いや、本人にとっては「ちょっとキツイ」と感じられるレベルのストレス。
乗り越えられるか、いまひとつ自信がないレベルのストレス。

哲学者が言う通りだと思います。

困難を前にして初めて思考は起動します。
乗り越える自信のない障害に立ち向かうときだけ、自分でも信じられないほどの能力が開花します。

だから、部活でも、

練習はキツイ。

勉強でも同じ。

齊藤塾の演習はキツイ。


反復学習の先の楽園

本日から通塾の塾生も、初日から長時間の学習で自分と戦いました。
気合の入っている人は姿勢が良いですね。

さて、

今日もいつもの話。

私達は反復学習で、「考えなくても手が動く」というレベルを目指します。
気がつくと問題が解けている。しかし、どうやって解いたか記憶にない。

そんな、境地。

解けた喜びがあるうちは、まだまだ素人です。
何度も手が止まる人は素人の足元レベル。
苦労してやっと解いた、という人はそれ以下。

問題が解けているのに意識が飛んでいる。
自分が解いた、という記憶がない。

そんな境地になった時、問題を解けて喜んでいるというレベルから、自由に思考し、あたかも遊んでいるような境地が見えてくるのです。外から与えられた問題を、受け身的に「処理」し「対処」し「解決」している自分から、主体的に学習に取り組み「遊んでいる」境地へ。

一見無味乾燥な反復学習の先には、そんな楽園が待ち構えているのです。

指導法の公開

齊藤塾の指導方法については、このブログで何度も「公開」をしてきました。

塾にとって指導方法は門外不出。
それを塾長自ら公開してしまって大丈夫なのか。

企業秘密ともいえる指導方法。
それを惜しげもなく公開する。

何故、そんなことをするのか。

理由は簡単です。
誰も真似しないから。
もっと正確に言えば、誰も真似しようと思わないから。
長年塾で指導している人ならなおさらでしょう。

やれば良いと分かっていることでも、やらない人が大半なのです。

やるべきことだと分かっていること。
やるべきだと誰でも知っていること。

こういうことは、

大半の人がなかなかやろうとしないものなのです。

だから、やった人が際立つのです。

やるべきことを淡々とやる。
このことの重みを知っている人だけが実行するのです。

勉強も同じですね。
例えば、高校数学。
『青チャート』を何度も反復すれば上位大学の合格点に達する。
そんなこと誰でも知っている。どこの高校の先生でも言っているし。
『青チャート』なら全国どこの書店にでも置いてあるでしょう。

でも、

反復学習を実行している人がどれくらいいるものか。

やるべきことをやる。
この重みを知っている人だけが実行する。

だから、

努力とは継続のことなんです。
そして継続とは今日もそれをすること。

逃げない決断

苦手科目、苦手分野の克服で最も大切なこと。

それは、

「苦手から決して逃げない」という決断をすること。
まずは、逃げないと決めてしまうこと。

「頑張ってもダメだったら逃げるという選択肢もあり」というのはダメ。
退路を断つこと。
背中に崖を背負うこと。
前しか向かない、と決めること。

「そんなに自分を追い詰めたら潰れてしまうかも」

心配する必要はありません。潰れません。

そこまでの決断を経験したことのない人だけが、そんな心配をするのです。

そもそも何故、そんなに苦手になったのかを良く考えてみましょう。

その科目や分野から「逃げて」いるからです。
その科目や分野に「背を向けている」からです。
その科目や分野を「大切に扱わなかった」からです。
その科目や分野に「関心を持たなかった」からです。

逃げずに、背を向けずに、大切に扱い、そして関心を持ちましょう。

すると、その科目や分野の方も私達に微笑んでくれるのです。
素敵な側面を見せてくれるのです。

だから逃げないことは自分を追い詰めることにはならないのです。
新たな自分に会うワクワク感を体験できることになるのです。
自分の意外な側面に出合えるのです。

オーソドックスが最短距離

本日は校内実力テスト学年1位の報告を受けました。
これで学年1位生は2人目です。

コンスタントに1位を獲得し続ける塾生達。
努力が継続でき、習慣化している証です。

努力とは、継続のこと。
継続とは今日もそれをすること。
これが習慣化された人は最強です。

さて、今日は「オーソドックスが最短距離」という話。

この仕事を長く続けていると、楽な解き方、近道ともいえる解き方、凄いテクニック等々に出合うことも多々あります。
塾とは、そういうことに精通している人が、学校では教えてくれないことを伝授する場だ、と捉えている人もいるかと思います。

確かにテクニック的なことはあります。
ありますが、それはほんの一握り。
そして、特殊なケースが大半です。

殆どの問題は、オーソドックスに解くのが一番の近道です。この仕事を長くやればやるほどそのことを再確認することが多くなります。楽な道があるのでは、と考えるその姿勢そのものが遠回りを助長するのです。

誰でも思いつく普通の解き方。
どの先生でも指導するであろう当たり前の解き方。
どの参考書にも載っている、ありきたりの解き方。

それにどれだけ精通しているか。
ぶれずに普通の解き方で真正面からの解法でアプローチできるか。

受験生はそこが勝負なのです。

そして、

社会が求めているのも、そういった人材なのです。
期待されている普通のことが、限られて時間内に期待通りのクオリティで実現できる人材。

オーソドックスな仕事が確実に実現できること。
これが本当の実力なのです。
そして、これを確実に実現するには大量の演習量に支えられた足腰の強さが求められるのです。




コンビニ書籍

本日、1名入塾決定。

覚悟の決断に身が引き締まります。

さて、

今日は「コンビニ書籍」の話。

今話題の『うつぬけ』を書いた田中さん。
鬱から抜けだせず苦しんでいたある日、、コンビニである文庫本に出合う。自ら鬱を患い、抜け出した経験を持つ精神科医の書いた書籍。この本が田中さんに鬱から抜け出すきっかけを作ってくれた、と。

コンビニの窓際のスペースはほとんどが雑誌コーナーとなっています。が、その一角にわずかながら書籍が並んでいますよね。それも大半が文庫本。全部合わせても何冊も並んでいない。

申しわけ程度の文庫を並べて売る気があるのか。そもそもコンビニで、雑誌ならともかく文庫本を買う人って何を考えているんだろう、などと思ったこともあります。

コンビニって無駄なスペースは少しもないはずです。
あの狭いスペースだから、売れそうなものは何でも並べるが、売れなそうなものは一切おかない。
そいう店です。

そんな店で何故文庫本を置くのか。
一体誰が買うのか。

そもそも、そこに並んでいるある特定の文庫を買うためにコンビニに入る客は皆無のはず。

たまたま目にして、立ち読みし、面白そうだから買って続きを読む。
そんな人が大半でしょう。

それがいいのです!

あの狭い文庫本スペース。様々な年齢層の人が目を留めることを想定しているはず。一体どうやって書籍を選定しているのでしょう。無駄においてある本はないはず。

コンビニ書籍で最も特徴的なところは何でしょうか。
私は「そもそもコンビニは書店ではない」ということろだと思います。
書店以外の場所で書籍を購入する。それも、他のものを買うつもりで店に入って、そこでたまたま目にした書籍を購入してしまう。
800円程度の文庫本とはいえ、コンビニでの出費とすると安いとも言えない。

キーワードは「出会い」です。

これは「出会いの基本」なのではないでしょうか。

ほんの1分前まではその本の存在すら知らなかった。そもそも、本を買うつもりでその店に入っていない。それが、気がつけば予定外の800円を出して「気になった本」を買っている自分がいる。買わないという選択もあり得たはずなのに、何かに導かれるように買ってしまう。

運命的なものも感じてしまう。

普通の書店の一角で、他の大量の書籍と一緒に並べられていたら、おそらく買わなかったであろうその文庫本。

コンビニにあったからこそ心が動かされた本。

これって、やはり「出会い」ですよ。
出会いの特徴は一言で言うと「出会ってしまう」ところです。
だから、「新鮮」なのです。不意打ちだから、心にすっと入ってくる。


私も先日、コンビニである文庫本に出会いました。
そこが普通の書店だったら、その本は買わなかったでしょうね。

トイレ読書とダイエット

小さいことの積み重ね。

言うだけでは説得力に欠けるので、私自身も実践していることがあります。

一つはトイレ読書。
以前にも書きました。

800ページもある書物の560ページまで読みました。
それもトイレの中だけで。
私は特にトイレが長い方ではありません。
勿論、ずっとお腹を壊していたわけでもありません。
いたって健康。
5分程度の細切れ読書でも、毎日続けることで貴重な情報が得られます。
この書物。健康関係のものですが、私の健康観を大きく変えつつあります。
追い追い紹介します。

もう一つはダイエット。

69kgの時にダイエット宣言してから2年近くが経とうとしています。
現在60kg。
2年で9kgではインパクトのない数字ですが、時間をかけた分「本物」です。
今の食生活が習慣化されたので、もうダイエットと呼ぶ必要はありませんが。
時間をかけて手に入れたものこそ「本物」」です。
「本物」にはお金もかかりません。

というわけで、

余りににも小さなこと。
それを「毎日」積み重ねた結果、人生を左右するかもしれないものを手に入れられる。
実践している私の実感です。

実はもう一つあるのですが。
それについては追い追い書きましょう。
プロフィール

齊藤塾塾長 齊藤茂

Author:齊藤塾塾長 齊藤茂
渋川高校卒業後、代々木ゼミナール(教務課)に3年半勤務。4年目の9月より浪人生活を送り、翌年4月に群馬大学教育学部に入学。卒業後、藤岡市、前橋市の大手進学塾にて前高、前女、高高、高女進学コース、附属中クラスなどを担当。平成9年に出身地の東吾妻町矢倉にて齊藤塾を開塾。以来トップ校受験生の指導にあたる。

齊藤塾合格実績・・・前高、前女、高高、高女、高専、渋高、渋女、高経附、佐久長聖中、中央中等、樹徳中、埼玉大、新潟大、群馬大、静岡大、高等工科他

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