シンプル生活、それもよし。

文武両道、それもよし。
一つのことに絞るシンプル生活、それもよし。

特に優劣はありません。

多方面で活躍する。
それはそれで素晴らしいこと。

一つのことだけに没頭する。
勿論、それも素晴らしい。

私達は自由なんです。

見えないプレッシャーを気にして、自分らしさを失うようなことがあったら、それは残念なことですね。

標準も平均もない。
比較対象もない。

間違えたら修正。そのたびに強くなる。

間違えたら直す。
そして、同じ間違えを繰り返さないようにする。
それだけ。

次に、別の所で間違えたらまた直す。
また同じ間違えをしないようにする。
それだけ。

沢山間違えて沢山直す。
すると、「もう間違えない問題」が積み重なる。
そして、いつの間にか最強になっている。

さっさと間違えてさっさと直す。
間違えの数だけ強さのレベルが上がる。

間違えるたびに更に強くなる。

だから、

「間違えなければ損だ!」

間違いの山を築き、それを修正の山にする。
間違えても、決してめげずにさっさと修正して前に進む。

強い人は一度間違えた問題を二度と間違えない。
堅固な修正の山の上に逞しく立っている。

強い彼らは、

一度間違えた問題を、今はさぞ気持ちよさそうに解く。
そして、「こんな問題、私は100年前から解いていたよ」というような顔をしている。

低めのハードルを継続

学習習慣のついた人は最強です。

学習の習慣をつけるコツは、最初のハードルを低く設定すること。
ちょっと物足りないくらいのレベルと分量を「必ず続ける」ということが大切。
この方法だと、継続できなかった時に、自分に言い訳ができない。

だから継続できる。

継続それ自体を目的化すること。

中身を欲張らない。

継続できない人に限って「こんな少ない分量では物足りない」とか言うものだ。
一日分の分量が少なくても、積み重ねるととんでもない量になることを知らない人だ。

努力とは継続のこと。
継続とは今日もそれをすること。
これが習慣化した人は最強だ。

スタートラインでは継続それ自体を目的化すること。

齊藤塾のような塾を継続することは決して楽ではありませんが、習慣化したときの果実はあまりにも大きい。
塾生達はそのことを体で知っている。

初めて見る世界

「1番でなければダメなんですか」という言葉が話題になったことがあります。

「ダメ」ということはないのでしょうが。

言えること。

それは1番の人は3番の人の数倍の努力しているという事実。
そして、1番の人は10番の人の数十倍の努力をしているということ。

1番という結果はその努力の証なのです。

一流のスポーツ選手なら皆知っている。
「頂点」に立たないと見えない世界がある。
金メダルを首にかけないと、感じられないものがある。
それを見たいし感じたい。

そういうことなんです。

齊藤塾の塾生達も見て感じたものがあると信じます。

最新の校内実力テスト結果を見ると、

中3塾生・・・校内学年1位の塾生 4名 (10月、11月実施)
中2塾生・・・校内学年1位の塾生 3名 (8月実施)
中1塾生・・・校内学年1位の塾生 1名 (8月実施)

この中には、業者テストで県内1位を獲得した塾生も含まれます。
他にも県内で一桁順位を獲得したことのある塾生もいます。

他人の何倍も努力して、どうしても見たい世界がある人。
そんな人を募集しています。

明日は一部地域にチラシを折り込みます。


さて、もう一言。

ワガママな人は成績が上がりませんよ。
ここ一番、という時に踏ん張りが効かない。
幼い頃から、我慢すべき時には我慢できる、という経験を積み重ねた人は踏ん張れます。
才能だけに頼ったワガママな人は最後には勝てません。
サッカーでも野球でも、才能に恵まれていない人の方が大成し、天賦の才能だけでオシャレにプレーしている人が早々に消えてゆくのはそのためでしょう。

子供の頃から我慢を教えてもらった子は、親に感謝しましょう。
何物にも代えがたい宝です。


というわけで、ワガママな人は齊藤塾への入塾資格がありません。







偏差値上昇ランキング

本日、1名覚悟の入塾。
そうですね。
学年1位を狙いましょう!

さて、

昨日の続き。

最新の中3塾内テスト結果
偏差値上昇ランキング 
前回(第6回)との偏差値比較です。

 偏差値6上昇・・・1名
 偏差値5上昇・・・3名
 偏差値4上昇・・・2名
 偏差値3上昇・・・0名
 偏差値2上昇・・・3名
 偏差値1上昇・・・2名
 偏差値同じ ・・・1名

というわけで、1名を除いて全員偏差値が上昇しました。
11月後半ですからね。
油断しないでやりましょう。

ある塾生は飛躍的に上昇しています。
第5回以降 偏差値61→偏差値62→偏差値66 と、こんな感じです。

また、ある塾生は、駅伝県大会の翌日での塾内テストでした。

そして、全員、期末テストを11日後にひかえてのテストでした。
目まぐるしい日々ですね。
切り替えは容易ではありませんが、頑張りましたね。

一部地域には月曜日に新聞にチラシを折り込みます。
各学年とも、満席になり次第締め切ります。

二通りの方法しかない

中3塾生、塾内上位7名の偏差値(業者テスト最新結果)です。

1位 偏差値71
2位 偏差値70
3位 偏差値70
4位 偏差値67
5位 偏差値66
6位 偏差値66
7位 偏差値65

数学で100点をとった人あり、偏差値を一気に5つ上げた人あり。
お互いに刺激しあってここまできました。
中3生は全員期末テストも終わり、いよいよ臨戦態勢です。
冬期講習では最後に残った弱点までも得意分野に変えます。


さて、今日は『知的生活』(P・G・ハマトン著)から引用。

「実際問題として、なにかを記憶に刻みつけるには二通りの方法しかありません。感情に鮮烈な衝撃を与えておぼえるか、あるいは、繰り返し時間をかけておぼえるかのどちらかです」

ツールが問題じゃない。
やるかやらないか。

真実はいたってシンプル。
遠回りしている時間なんてありませんね。

ハマトンが100年以上も前に教えてくれているのに。

雪道を歩くと思い出す

昨日の貧困ネタと今日の雪が結びついて、昔のことを思い出しました。

得意の(?)貧乏ネタなので不愉快な方はスルーしてください。

東京で働き出して2年くらい経った頃でしょうか。
勉強の習慣をつけようと自分なりのルールを決めました。

そのルールとは。

「午後7時までに帰宅できた日には、そのまま図書館で勉強する」

残業も多い職場だったので、午後7時前に帰宅できないことも頻繁でした。夕食などとっていると、あっという間に午後8時になって、就寝までが忙しくなります。遅くとも午後10時には寝ないと翌日の仕事に支障をきたしました。だから、そんな日は勉強できなくてもしょうがない、と割り切る。その代わり、午後7時前に帰宅できた時には、さっさと勉強道具を持ってとりあえず図書館に入る。そう決めました。幸い、原宿の竹下通り近くに住んでいたので、東郷神社横の図書館まで歩いて5分しかかかりませんでした。午後8時半頃まではいられたかと記憶しています。

自分なりのルールを決める。
そして、それを粛々と実行する。
ただそれだけ。
精神衛生上、これは良かったですね。

早く帰宅できたのにダラダラと無駄に時間を過ごして後悔する。
遅く帰ったのに、勉強時間が取れないといって自分を責める。
そんなことが減りました。

だからといって、何等かの見通しがたった訳ではありません。

ルールを守る自分の行為に納得できることで少し落ち着くことができました。
今日やれることはしっかりやった。今日できないことは無理してやらなかった。
だからこれで良い。そんな心持ち。

できないことをやろうとしては失敗し、落ち込む。
そして、自己嫌悪の塊になって暫く立ち直れない。
そんな泥沼に落ち込むことは何とか避けられたようです。

粛々と淡々と。

見通しが立たないのは相変わらずだったので、焦りを押しつぶしている感じでしたが。

ある日。東京に小雪が降りました。
それでも、午後7時前に帰宅できた私は、サンダル履きで図書館へと向かいました。
粛々と。
何故か、その日の光景だけは小雪が降ると時々思い出します。

雪道と寒さと、そして焦り。
その焦りを押し殺して淡々とルールを守る自分の姿。
雪を理由にルールを変えない自分。

東京では滅多に雪は降りません。



さて、今日も塾生達は期末テストに立ち向かうべく自分自身と戦いました。



私が大変お世話になった塾長さんが、昨日亡くなりました。
その塾での勉強会が無かったならば、今の齊藤塾はありません。
残念です。








貧困と学習

貧困を理由に進学を諦める。

そんな子供が増えていると聞きます。
とても残念で悲しいことです。

私は、貧困のために進学を諦めるという選択はしたくなかった。
何とかして進学する道はないかと模索し続けた。

同じような境遇の人は、当時の私の視野の中には一人もいなかった。
寂しいことだったが、仕方ない。
自分一人で「工夫」するしかなかった。

今思えば、突拍子ないことも随分試した。
結果的には大いなる遠回りをしただけだった。
時間がないのに。
これらが「良い思い出」になるには、まだ暫く時間が必要のようだ。

貧困の中での学習。

親自身がその生活に苦しんでいる。子供とすれば早く社会に出て経済的に助けてあげたい。その気持ちを振り払って進学を目指す。その苦しさ辛さは、経験した人でなければ分からない。勿論、正解はない。自らの決断で高卒、あるいは中卒で社会に出るという選択をする。そして、自らを鍛え上げ社会に貢献している人は少なくない。心から敬服する。

貧困だというだけで、すべてが限られる。

限られた時間、限られたお金、限られている選択肢。
夢を持てと言われても悲しいだけかもしれない。

しかし、限られていればいるほど、頭を使うしかないとも言える。
見本はない。
頭をクリエイティブに使って自分だけの生き方を模索する。
ギリギリのところまで追い詰められたら頭を使うしかないのだ。

まあ、緩んだ学生時代を送っている同世代の人よりも得るものは多い。

「これらの経験は、ずっと後になって効いてくる」

これは私の実感。
自分では、やったこともないのに、これと同じアドバイスをする教育者がたまにいる。
その言葉の軽さに震えが止まらない。

卑屈にならずに、クリエイティブになること。
これが大切。まあ、簡単なことではないが。

若い頃の貧乏自慢では誰にも負けない自信のある、私からのメッセージでした。



さて、雪になりそうですね。
11月の大雪?

いよいよ期末テストに突入です。

ワクワクする世界を覗くには。

今日も同じ話。

言いたいことはひとつ。
その言いたいことを微妙に角度を変えて話すことで、相手の理解度が上がる。
一面的理解から立体的理解へとレベルアップするようなイメージだ。

だから、同じ内容の話を少し角度を変えて繰り返すことには大いに意味がある。

そして、それこそが学習の極意でもある。

ひとつのことが「わかる」までには、時間とエネルギー、そして忍耐力が求められる。

一か月に読んだ本の冊数を自慢する人がいる。
全く意味がないと思う。
本の厚さも文字の大きさも、そして難解さにも全く触れずに、冊数だけを話題にして何の意味があるのだろうか。
一冊の本でも、キチンと理解するには読み手に相当な努力が求められる。いや、ある特定の一行だって、十分な理解を得るのに苦労することもある。著者がそれを語れるまでにもがき苦しんだ歳月。その苦闘の歴史に思いを馳せることなく読み飛ばすことなどできない一行だってある。

一冊を五回読め、という人もいる。
いや、この本は十回以上だ、という人さえも。
一回や二回では、普通の人は十分な理解には至らないという意味だ。

回数を重ねることで理解のクオリティは格段に上がる。
何度読んでも、前回までに見落としていた部分の気づきがある。
それは前回までに理解した部分が「土台」となって初めて理解できる部分だからだ。
回数を重ねることで「初めて見える世界」があるということだ。
反復は単なる繰り返しではなくて、未知の世界へのステップになっている。
そう考えると、反復はワクワクする行為であり、新しい世界に出合えるドキドキ感が味わえる行為でもある。

鳥肌が立つような感動。
そんな感動は、反復行為の先にあることが多いのだ。

この感動の喜びを知っている人は、冊数の自慢などしない。

こんなこと、私が言う前に先人達の多くが書物で繰り返し述べていることだ。
その書物さえも反復して読んでないから分かっていない人が多い。
残念なことだ。

他人よりも頭ひとつ出る方法はシンプルかつ誰もが知っていることなのだ。
実践する人がほんの一握りなだけだ。


とまあ、いつもの話でした。


塾生達は今日も徹底的に反復しました。
期末テスト直前ですから。

英検2級合格と英検準2級合格の報告を受けました。

まずは5回

本日、お問い合わせを頂きました。
有難うございます。
面接、体験の予約へと進みます。

さて、

今日も学習法の話。

今、世の中には様々な学習システムが溢れています。

様々な通信添削。
様々な参考書類。
様々なアプリ、ネット授業、スカイプや衛星授業。

そして、様々な塾。

いろいろと試しては次々と乗り換えてきた人も多いかと思います。

結果は出ましたか?

結果が出なければ、それは時間の無駄です。
その方法が自分には合わないことを知るためだけに貴重な時間を使った。
それだけです。

「だって、やってみなければ分からないじゃあないか」

そうです。その通りです。試してみなければ自分に合うか合わないか、有効か否かを知り得ません。でも、貴重な時間を「試してみて、自分には合わないことを知る」ことだけに費やしてしまったとしたら、残念ですね。そんな遠回りをしている時間などないはず。

私の考え。

「遂に出た!これなら誰でも伸びる。究極の学習法」
には手を出さない。
「〇〇大学教授も推薦!学習効果の決め手は大脳皮質の〇〇への刺激だった」
は無視する。
「これなら続けられる。最少のトレーニングで最大の効果を得る初めてのシステムが完成!」
は、やる前に笑い飛ばす。
「女優の〇〇さんも絶賛!『こんなに簡単に〇〇ができるようになるなんて。今までの苦労はなんだったのか』」
も無視。

・・・・

もう、いいですよね。

これらの「新しい」方法は新しいだけなんですよ。
有効性が証明されていない。
勿論、やってみなければ分かりませんよ。
でもね。私達には遠回りしている時間なんてないのです。

人生の貴重な時間に、流行に振り回されている暇などない。

では、どうしたら良いのか。

実は、その有効性が歴史的に証明されている学習方法があるのです。

それは、呆れ果てるほどオーソドックスな学習方法。
教科書とワーク、そして自分のノート、プリント、そして参考書を使う学習。
そして、徹底的に反復するという学習法。とりあえず5回の反復。

何ともクラシックな、と言わないでください。
この方法は、多くの学習者達が毎年毎年その人生をかけて検証してきたのです。
そして、その有効性が証明されている。だから絶対に間違いないのです。
一人の大学教授の推薦文とどちらが信用できますか。

目移りせずにオーソドックスな学習法を信じましょう。
過去の無数の学習者達が、その有効性を検証してきてくれているのです。

人より頭ひとつ出るポイントは反復回数です。

「まずは5回。できれば7回」です。

騙されたと思って反復した人は劇的に成績が伸びています。
なんてことはない。
誰でも知っている方法をやったかやらなかったか。
何回反復したか。それだけです。知っているだけではダメ。
騙されたと思って実践すること。

私達は結果を欲しています。
結果を出すにはこれしかありません。

「全く新しい〇〇メソッド」は今後10年の検証に耐えられないでしょう。
私達には、自らその実験台を志願している余裕などありません。



健康法や生活習慣についても同じことを言いたいのですが、今日は触れません。


齊藤塾の塾生達は今日もその反復回数を重ねました。
期末テスト直前です。
プロフィール

齊藤塾塾長 齊藤茂

Author:齊藤塾塾長 齊藤茂
渋川高校卒業後、代々木ゼミナール(教務課)に3年半勤務。4年目の9月より浪人生活を送り、翌年4月に群馬大学教育学部に入学。卒業後、藤岡市、前橋市の大手進学塾にて前高、前女、高高、高女進学コース、附属中クラスなどを担当。平成9年に出身地の東吾妻町矢倉にて齊藤塾を開塾。以来トップ校受験生の指導にあたる。

齊藤塾合格実績・・・前高、前女、高高、高女、高専、渋高、渋女、高経附、佐久長聖中、中央中等、樹徳中、埼玉大、新潟大、群馬大、静岡大、高等工科他

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