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カーペンターズ

1970年代のアメリカ。若者達の中ではベトナム反戦運動が盛り上がり、音楽と言えばメッセージ性の強いものが流行した。いや、メッセージ性のない音楽など、軽蔑の対象となっていたと言ってももよい。

そんなアメリカで、女性ボーカルで愛の歌を聴かせる兄妹のグループがあった。
カーペンターズ。

フォークギターでメッセージを聴かせるか、歪んだエレキギターの演奏に乗せて大声で歌うのが当たり前だった時代。

カーペンターズはその美声で愛の歌を歌い続けた。

カーペンターズはぶれなかった。
そして、徐々にアメリカで受け入れられていった。
カーペンターズの時代になった。


アメリカで流行したものは、必ず日本でも流行した。
ヒッピー文化にフォークソング。
メッセージ性のあるフォークソングでなければ、人の心は動かせないと勝手に信じられていた時代。
そんな時代の日本で、男性ボーカルの美声で聴かせるバンドがあった。
オフコース。

オフコースはぶれなかった。
そして、フォークソングの時代が去った後、オフコースの時代がやって来た。

流行に振り回されるなんて馬鹿馬鹿しい。
全く無意味。

スキーをやらなければ人間扱いされない時代があった。
麻雀くらいやれない男は軽蔑された時代があった。
競馬の話題に入れない人は真面目すぎると言われた時代も。
ゴルフ然り。

不器用で流行に乗れない人の方が魅力的。

何かを成し遂げる人は流行など視界にない。

そう言えば。
反戦フォークの時代。
ボブ・ディラン自身は反戦歌を歌っているという自覚はなかったようだ。
ボブ・ディランが流行を作ったのではなかった。
時代の方が「勝手に」反戦歌のリーダーに仕立て上げたらしい。

だから、ボブ・ディランは昔も今も全くぶれていない。
周りが何と言おうと自分は自分。
魅力的だ。
ノーベル賞の授賞式当日もどこかで歌っているのだろう。
プロフィール

齊藤塾塾長 齊藤茂

Author:齊藤塾塾長 齊藤茂
渋川高校卒業後、代々木ゼミナール(教務課)に3年半勤務。4年目の9月より浪人生活を送り、翌年4月に群馬大学教育学部に入学。卒業後、藤岡市、前橋市の大手進学塾にて前高、前女、高高、高女進学コース、附属中クラスなどを担当。平成9年に出身地の東吾妻町矢倉にて齊藤塾を開塾。以来トップ校受験生の指導にあたる。

齊藤塾合格実績・・・前高、前女、高高、高女、高専、渋高、渋女、高経附、佐久長聖中、中央中等、樹徳中、埼玉大、新潟大、群馬大、静岡大、高等工科他

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