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教科書にないもの

全ての学習において、教科書は基本です。
教科書をないがしろにして、学習は成立しません。

私は、この仕事を何年も続けていますが、教科書を読み返すたびに、その充実度には感銘を受けます。
盛り込むべき内容が正確な言葉で簡潔に記述してある。必要かつ十分。それだけでなく、生徒達を飽きさせない工夫が随所にみられます。イラストや写真も最新のものを使い、時代の空気感を良くとらえています。教科書は常に新しい。

教科書作成者たちのご苦労にはただ敬服するばかりです。

「限られたページ数の中に、様々な要素を全て盛り込む」という難題を巧みにクリアーしています。見事としか言えません。

教科書は、作成者達のプライドと生徒達に対する愛情のようなものが伝わってくる書物です。

ある意味完璧なのです。

ところが、

完璧であるはずの教科書には、絶対に盛り込まれていないものがあります。

それは、

「完璧ではない」内容です。

何だか逆説的ではありますが。

つまり、要点をコンパクトに上手にまとめてある「完璧」なる教科書。
これには、完璧ではないものは入っていないのです。
つまり、雑多なものや、中途半端なもの。
または、未解決だったり議論が煮詰まっていないもの。

そういったものが盛り込まれていない教科書という書物は、ある意味不完全なのです。

完璧だからこその不完全。

だって、子供達が近い将来飛び込んでゆくこの社会。
この社会は雑多で、不完全で、中途半端で、未解決問題の山です。

教科書が基本であることは当たり前です。
基本は絶対に外せないのですから。

しかし、

教科書にとどまっているだけの人は、この社会に飛び込んでゆくにはあまりにも無垢としか言いようがありません。

では、どうしたら良いのか。

一つの解答は、読書です。

読んでは考え、考えては読む。
読んでは行動し、行動してはまた読む。

雑多な読書は、生徒達の視野と伸びしろを一気に広げてくれます。

大人と子供の違い

大人は論理的思考ができます。

数学の問題を解くときに、まず式を立てて目に見える形にする。それを一つ一つチェックしたり、次の式につなげたりすることができます。少なくとも、そうしようと努力します。そういう姿勢が見られます。

子供の思考にとどまっている人は、目の前の数字に飛びついて、その数字をいきなりかけたり割ったりし始めます。

作文を書く時にも、まずは伝えたい内容を書き出しておおよその構成まで見通してから書き始める。それが、大人に一歩近づいた人の作業です。

子供の思考にとどまっている人は、相変わらずいきなり原稿用紙に向かいます。

記述問題。

大人の思考ができる人は、分からない時でもそこそこ部分点がもらえる程度の文章までは何とか作り上げます。子供の思考にとどまっている人はねばりが効かずに投げ出します。自信の持てる美しい解答が作れない時には、あっさりと白紙にしてしまいます。

大人は手を動かします。思いめぐらします。
大人は「何とかしよう」と必死に考えを詰めます。

大人は「分かりません」とは簡単に言わない。
そんなことでは済まないことを良く知っているから。

中学生の勉強は大人への入口。
戸惑いながらも脱皮すること。

2タイプの先生がいた。

高校時代、二人の体育の先生に教わった。

タイプは全く異なる。

一人は熱血タイプ。

技術的なことよりは、気持ちを重視する先生。
運動能力が多少低くても、やる気を全面に出せば、通知表で5をくれた。
一方、やる気を見せない生徒の評価は格段に低かった。
だらだらしていて怒鳴られた生徒が何人もいた。

もう一人は知性派タイプ。

きちんと技術的な指導をして、十分な練習時間を確保する。
そして、予定の指導時間を経た後には必ず到達テストをした。
評価で5をもらうために求められる到達度も明示された。

「熱血先生」から5をもらうのは簡単だった。
やる気さえ示して、「真面目に努力するだけ」で十分だったのだから。
キビキビと行動して、全てに全力で取り組む。
「それだけ」でよかった。

一方、

「知性派先生」から5をもらうのは困難を極めた。
だって、「到達目標が明示されている」のだから。
数字に表れない「やる気」など、最初から評価外だった。

鉄棒に「大振り」という技がある。
高い鉄棒にぶら下がって、体を前後に振ることなくよじ登るというもの。
足や腰を揺さぶってはいけない。一瞬の反動だけで上がるという技。
(いつも思うが、これを言葉で説明するのは難しい。)
「知性派先生」はこれができないと5をくれないと言った。
この先生がそう言えば、出来なければ絶対に5はくれない。
「オマケ」とか「やる気の部分点」などは全くないのだ。
生徒達は皆それを良く知っていた。

私はどうしても5が欲しかった。プライドというか拘りというか。
私は、授業の指導時間内には結局一度も大振りは成功しなかった。
つまり、ぶっつけ本番でテストになってしまう。
一度も成功したことのない技が、テストの時だけ成功することはまずあり得ない。

追い詰められた私は、帰宅後近所の小学校の鉄棒で密かに練習した。
といっても、一日か二日程度だったかと思う。
そして、何とかコツらしきものを掴むところまでになった、と自覚した。
惜しいトライアルを何回か繰り返した後、一度だけ成功したのだ。
「よし、分かったぞ」と確信めいたものを携えて、「本番」に臨んだ。

テスト「本番」ではぎりぎり成功した。
最後は腕の力で無理やりよじ登った感はあったが、明らかな成功だった。
上がりさえすれば成功とする、と「知性派先生」は評価基準をあらかじめ示していたからだ。

通知表では予定通り5をもらった。

思い返してみると、「大振り」を成功させたのは人生で二回だけだった。
小学校での練習で勝手に確信したあの一回と、「本番」でのぎりぎりよじ登りの一回。

その後は試してもいない。

体育の授業とはいえ、ちょっとだけ「本気」になったという思い出。

「熱血先生」の思い出はない。

「本気」とか「やる気」って何だ。

真似から入れ。でも、

学びは真似ることから入る。

まずは、しっかりと真似ること。

まず、それが出来なければスタートラインに立てない。

この時点での勝手は許されない。
つまり、基礎を学んでいる段階で「自分なりの」方法を作り出そうとしてはいけない。
そんな甘いものではないのだから。

たまに、こういう人はいますよね。

初心者なのに「私はこんな手法を考えました」と言っている人。
その姿勢からして間違っています。

まずは素直に真似ること。

でも、真似だけではオリジナルを抜くことは不可能です。
絶対に。

徹底的に基礎が固まってくると、人は少し「自由」になります。
その動きが「自然体」になってくる。

徐々に、その人らしい個性が表れてきます。
その人にしかできないことがにじみ出てきます。

徹底的な基礎の土台があって、初めて「自由」にもなるし「自分らしく」もなるのです。

夏期講習って何だ!

勉強は初めて習ったときに、しっかりと到達しておくのがベストです。
それが一番の近道です。

一番やってはいけないのは「後回し」。

よく分からなかったから、「後で」時間のある時にやろう。
日曜日にまとめてやろう、などなど。

その日のことはその日のうちに解決しておく。
ちょっと考えればわかること。
今日、できないことが明日以降できるわけがありません。

「消化不良」もいけません。
分かったつもり、というやつ。
実際にはほとんど分かっていない。

そのチェックは至って簡単。
問題を解いてみればよいのです。

教科書やワークのまとめを「眺めて「」分かったつもりになっていても、実際に問題を解いてみるとほとんど解けないものです。
だから、問題集を反復することで本当の力がつくのです。それ以外の道はない。

夏期講習って何だ。

1学期までの学習を徹底的に振り返り、確実に自分のものとすること。
復習、復習、復習!
1学期までの学習事項が確実に身についている人にとって、2学期以降の学習は楽しいものになるはずです。

土台作り。それが夏期講習。

徹底的な演習でその土台は身につくのです。

学校の実力テストや塾内テストで土台の確かさは数字となって現れます。

偏差値は嘘をつきませんから。

緊急性はないが

緊急性はないが、いずれやらねばならないこと。

これを「今日」できる人とできない人。

勝負の分かれ目です。

明日に回すことは簡単。
それですぐに困ることは何もない。

でも、そういう毎日が積み重なるといずれ深刻な事態に陥る。
それは分かっているのだが、今日始めるほどの緊急性はない。

そういうことって結構多いですよね。

「だから、今日やる。今すぐに着手する」という人の独り勝ちなのです。

考えてみれば、世の中で起きている問題の大半は同じ話かもしれません。
個人でも、家庭でも、そして国家でも。
そう、地球規模でもそうですよね。

「もっと早く始めていれば・・・」のような話。

どうも、賢さのバロメーターはこの辺にあるようです。

勉強について言えば、

この部分で、ちょっと背中を押す仕事をしているのが塾ですね。
学校と違って通う義務はない。
それを、自由な時間を削ってあえて通塾する。
そのことで「後で困ることのリスク」が軽減される。

それが分かっている人が通うところ。


多くの大人が「子供の頃、もっと勉強しておけばよかった」と後悔しています。

同じ話です。

8月15日です。

戦争中の話。

『窓際のトットちゃん』の黒柳徹子さんは、現在の東吾妻町大字岩下に疎開していました。
「徹子の部屋」の黒柳徹子さん、と言った方が分かりやすいでしょうか。

「ともえ学園」の生徒だったんですね。

齊藤塾から長野原方面に車で走って、旧岩島中学の前(セーブオンの所)を過ぎて最初の橋のあたり(カーブのところ)に「ともえ学園」はありました。当時としては珍しく、ピアノがあったとか。地元の子供達は大いに珍しがったとか。
ただ、食料の確保には苦労していて、近隣の農家を回っては、まだ青いトマトなどを譲ってもらっていたとか。

とにかく食べるものがなかった。

当時の岩島は、疎開の子供達だけでなく、朝鮮半島から家族で移ってきた人達の子供も多かった。
岩島の学校は子供達で膨れ上がった。

吾妻線は誰が作ったか。

戦争末期、六合村で採掘した銅を運搬すべく、鉄道の敷設が急がれました。
若い男の多くは戦地に赴いている。

突貫工事の鉄道敷設にかり出されたのは、学生や朝鮮半島の人達などなど。

原町と中之条の間に架かる鉄橋。
これは大変な難工事だったとか。

犠牲者も多く出たとのこと。


矢倉と郷原の間にある長い方のトンネル。
このトンネルの掘削も難工事だった。

矢倉側に出した土砂は今齊藤塾の看板の立っているあたりに出した。
郷原側の土砂は、トロッコを使って吾妻川に落としたのだそうだ。
場所は今ガソリンスタンドのある数十メートル矢倉よりあたりだろうか。
車の待避所があるあたりか。

勢い余ってトロッコごと川へ転落して亡くなった人もいたとか。

結局、吾妻線(当時は長野原線)の完成を待たずに戦争は終わった。




私達は知らないことが多すぎる。

吾妻線を利用するときには、その敷設に苦労された人々を思っても良いのではないか。

8月15日。

立ち止まって71年前を思う。

当時を語れる人が年々少なくなってきた。



「絶望」という言葉は・・・

今日は休塾日でした。

家族と映画を観てきました。

『ルドルフとイッパイアッテナ』

泣きました。

繰り返されたメッセージ。

「『絶望』とは愚か者の言葉」

もらったメッセージから逃げることなく生きて行きます。

感動したら黙ってられない

人は感動したら、決して黙ってはいられません。

「褒める」という行為は、この感動の部類に入ります。
つまり、感動という心の動きがまずあって、その後の感情の発露として「褒める」という行為が自然に表れてくるのです。

だから、

「正しい褒め方を身につけましょう」

という言い方それ自体が矛盾なのです。

だって、「正しく」感動して、その後の感情の発露を「正しく」やりましょう、って意味が分かりませんから。

褒めるという行為は「頭で考えて」やるべきことではないのです。

褒めるという行為は、

心がするもの。

そこに「計算」が入った時点で、既に語義矛盾なのです。

今が褒め時だ。
褒め上手になりましょう。
適切なときに褒めることで人を変えられる。

そうでしょうか?

子供って、大人がいくら口で褒めても、その目を見ていますよ。
感動して心が自然に褒めてしまっている目なのか。
計算ずくて頭で考えて褒めている目なのか。

それを簡単に見破ります。

子供を失望させない大人になりたいものです。

「うちの子、受かりますか?」

「うちの子、受かりますか?」

保護者の皆さんが、一番お聞きになりたいことでしょう。

私の答えはいたってシンプル。

「偏差値を上げれば受かります」

以上!

塾内テストで70%合格圏に入っていれば、合格する可能性大です。
学校の実力テスト結果でも、5教科合計点からおよその偏差値が割り出せます。
だから、合計点で何点以上取れれば、合格可能性70%と言えます。

簡単なことです。

受かるか落ちるか心配している暇があったら、偏差値を上げることです。

合格圏に達していて、失敗する人はごくまれです。
合格圏に達していなくても合格する人は時々います。

そんな、感じ。

今、心配な人でも、5教科合計点で20点上げれば「見える世界」が変わりますよ。

1教科4点。

だから、小さな一歩の積み重ねなんです。
どの問題も大切に解く習慣づけ。

そのための夏期講習だったのです。

今日も「最後の詰め」でした。


繰り返します。

偏差値を上げて合格圏に入れば受かる!
そのために、今日も小さな一歩を!


プロフィール

齊藤塾塾長 齊藤茂

Author:齊藤塾塾長 齊藤茂
渋川高校卒業後、代々木ゼミナール(教務課)に3年半勤務。4年目の9月より浪人生活を送り、翌年4月に群馬大学教育学部に入学。卒業後、藤岡市、前橋市の大手進学塾にて前高、前女、高高、高女進学コース、附属中クラスなどを担当。平成9年に出身地の東吾妻町矢倉にて齊藤塾を開塾。以来トップ校受験生の指導にあたる。

2019年合格実績
前橋高校1名、前橋女子高校1名、高崎高校2名、高崎女子高校2名、群馬高専2名、新潟大歯学部1名、中央中等1名(その他・過年度分は下のホームページからどうぞ)

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