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少年兵



昭和20年。

敗色濃厚となった日本は多くの志願兵を受け入れた。

当時の岩島村矢倉(現在の東吾妻町矢倉)から一人の少年が志願した。
農家の五男。
既に戦死していた兄もいた。

が、

親たちも家を継がせる気もなく、本人にもまったくその気持ちはなかった。

「こんな家は早く出たい」

それが最大の理由だった。
勿論「お国のため」という気持ちもあったが、それが人並み以上ということはなかった。

今なら中学2年生。
少年兵の誕生だ。

横須賀での訓練は軍という組織からの「洗礼」の連続だった。

「奥歯を食いしばれ!」の命令の直後にはビンタが飛んだ。
命令に従う。それしかなかった。
帽子を被って整列。
しかし、人数分の帽子などなかった。
帽子のない者は命令違反。即ビンタ。

僅か70年前の日本。

昭和20年。
本土はたびたび空襲にあった。
横須賀基地も同じ。

迎撃に向かったゼロ戦は、敵機近くにたどり着くなり火だるまになって落ちてきた。

防空壕に入る。

今日の空襲警報はやけに長いなあ、と隣の兵士と会話した。
その直後、彼の体はガクンと前に倒れ込んだ。
頭部からどくどくと血が噴き出した。

板を渡しただけの防空壕に何の意味があるのか。
機関銃の弾なら楽々貫通する。

機関銃の弾があと20センチずれていたら・・・。

今、矢倉に塾などない。



さて、『花燃ゆ』でも視ますか。
一人一人、濃い人生だなあと感心しますね。
プロフィール

齊藤塾塾長 齊藤茂

Author:齊藤塾塾長 齊藤茂
渋川高校卒業後、代々木ゼミナール(教務課)に3年半勤務。4年目の9月より浪人生活を送り、翌年4月に群馬大学教育学部に入学。卒業後、藤岡市、前橋市の大手進学塾にて前高、前女、高高、高女進学コース、附属中クラスなどを担当。平成9年に出身地の東吾妻町矢倉にて齊藤塾を開塾。以来トップ校受験生の指導にあたる。

合格実績(2012年~2020年までの合計)前橋高校4名、前橋女子高校8名、高崎高校5名、高崎女子高校7名、群馬高専5名、渋川高校20名、渋川女子高校17名、高経附高校3名、前橋育英S4名(中学受験については初年度からの合計で中央中等8名、佐久長聖中8名それぞれ合格、大学受験については、群馬大、埼玉大、茨城大、信州大、新潟大、静岡大、早稲田大、慶応大、津田塾大、東京女子大、明治大、法政大、成城大、東洋大、獨協大等多数合格・詳細は下のホームページからどうぞ)

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