「多能」でなくてよい

「君子、多能恥づ」  『論語』より               

どんなに天賦の才能の少ない人でも、今持っているその才能を最大限に伸ばすには一生かかっても時間が足りないのかもしれない。

大人は「何でも出来る子」を評価したがりますが、「多能」な人でも今できる全てを生かすには人生が100回あっても足りないでしょう。

君にも「自分はこれで社会貢献するのだ」と一つの事に絞り込み、他の全てを捨て去る勇気が求められる時がいずれ来るのです。

その決断の時の「腹のすわった」姿に私はしびれます。

君が天から授かったその一つの事を探すために今日の勉強があるのです。

「齊藤塾通信6月号より」



今日、一人入塾が決まりました。

ご家族を説得しての入塾。ご家族も本人の熱意に根負けしたとのこと。遠方からの通塾ですから、ご家族もさぞかし迷われたことでしょう。本人の本気度。ご家族の覚悟。しびれます。感謝。期待以上の結果でお返ししましょう!

その取り組みで社会貢献できますか?

勉強は、将来ラクができる職業に就くためにやっているのではありません。

将来自分や親が幸せになるために、今苦しい勉強をしているのではないのです。



君が今勉強しているのは、将来社会に貢献するためです。



君が好むと好まざるとに関わらず、人間は社会を構成して生きるように出来ているのです。

人間は、一人一人が役割をもって社会を作ることではじめて生きることができる、と言う動物です。

だから、君に役割ができて社会に必要とされる人間になり、社会から認めてもらえる人になって、はじめて君も生きられるのです。

そうなるために、君は今勉強しているのです。



「自分や親の将来」などという個人的なもののために今勉強しているのではありません。



今日のその勉強、その取り組み方で君は将来社会貢献できますか?

[齊藤塾通信6月号より]





さて、

学年5位の実力テスト結果を受け取りました。
ガンガン上げて行きますよ!
まずは、伸びる部分を確実に伸ばして自信をつける。



追跡調査

微妙に触れてはいけない話題かな。

地方創生、アイターン奨励などなどで田舎暮らしを後押しする施策、気運がちらちら見えますが。

テレビなどでもよく紹介されています。

田舎の良さをアピールする番組といっても良い。
多少の不便さを我慢すれば、何物にも代えがたい豊かな生活が手に入れれれる系の話題。

いくつかの事例紹介。

田舎暮らしに踏み切った人の紹介はそれで良いのですが、追跡調査番組ってほとんどないように思えます。
「今年の春から」とか「去年から」とかでは今後どうなるか分かりません。

古民家を改築しての陶芸。
廃校を利用してのベンチャー。
などなど。

本当に良かったら、誰も旗を振らなくても人は流れます。
補助金などつける必要もない。



成功例、失敗例(ごめんなさい)、紹介できる限り事実を示すことで皆で学べるし、考えるきっかけになるかと思うのです。
それが全くない。全く。

まあ、ある種の礼儀。
または、タブー。

「いいじゃないの別に」って言われたこともありますが。

事実から学ばずに何から学ぶ。

丸暗記と創造性

何かを丸暗記すべき時には、ストーリーで覚えたり、何かのイメージを作り上げて結びつけて覚えたりします。

この時の脳の働きは人が想像力を働かせる時と同じではないかと思うのです。

一見対極にあるように思える丸暗記と創造性。
結構距離が近いのではないでしょうか。

教育に携わる人の多くが創造性という言葉を安易に使い過ぎます。
何の定義もせずに何となく「創造的」「創造力」という言葉も使っている。

よく、

「創造力豊かな作品に仕上がった」
「授業は創造的であるべきだ」
「彼のように創造性豊かな仕事をしよう」

など、良く聞かれます。
正論なので反論する人はいない。
でも、雰囲気だけ。

じゃあ、この場合の「創造」ってどういう意味かと問われて答えられるのでしょうか。

私には、結果を見てからそれを評価しているだけに思えます。
成功者が結果を出したのを見てから「何故成功したかというと、ここで創造性を発揮して・・」などと。
創造的なのは結果。

何かを創造するのは産みの苦しみ。
丸暗記も同様に苦しい。



さて、今日も単元テスト対策、中間テスト対策でした。
修学旅行中の生徒も。

学習量が人を変える

高校生は中間テスト真っ最中。

帰宅後すぐに齊藤塾へ直行というパターンが多いですね。
食事などをとりながら、夜まで目いっぱいの中間テスト対策学習。
学校の問題集で不足する部分は、塾のプリントで補強しておきます。
最近は中間テストでもセンター試験を意識した問題が増えています。
それもプリントや塾問題集で補強します。

中学生は単元テストの集中日。
修学旅行や高原学校と前後して単元テストが連日のように実施されています。
先取り学習を多目にやっていますので、皆、比較的余裕で準備できています。

まあ、春休み前からやっている内容ですからね。
発展問題まで含めてあらゆるパターンの演習を繰り返した塾生が多かったですね。
良い結果が出ることは確実です。
単元テストをきっかけに、入試レベルの問題にまで触れておくことが大切です。
単元テスト対策では、そういった良い刺激が与えられたかと思っています。


学習量は人を変える!
量は質を変える。

さて、

今日も、中学校実施校内実力テストで学年3位の結果報告がありました。
これで学年2位が1名。3位が2名となりました。
努力の人は結果を出します。

受験生にはGWなんて無関係でしたね。

それと、今日は入塾面接のご予約を頂きました。
先輩や友人達の話を聞いて齊藤塾の指導方法については「熟知」しているようです。
決断という大きなハードルを越えようとしていますね。
祝福!

ワガママ人間

様々な子育て論、教育論が反乱している。

乳児期からの躾にはじまり、幼児期のパズルや脳トレなど様々。

私には私なりの考えがあり、このブログでも主張してきた。

家庭の数だけ躾の方法があってもよい。
そう思っている。

先輩達の成功体験に学ぶのも良いだろう。
うまく行った子育て法を真似てみる。
それはそれでやってみる価値はあるのかもしれない。

「こうに育てたら、うまく行った」

成功例も様々、ケースバイケースだと思う。
子供や家庭によりけり。

うまく行く方法は様々なのだろう。
「絶対に成功する方法」はないのかもしれない。

しかし、逆はある。

「こうすれば絶対に失敗する」という方法はある。

確実に。
絶対失敗する子育て。

それは、ワガママに育てる、ということ。

ワガママ人間は本人も周りも大いに苦しむ。
そして、一生治らない。
(死ぬような思いを経験すれば治るかもしれないが。)

ワガママ人間は周りを巻き込み、周りの人を自分に合わせさせる。
合わせてくれなかったら、キレル。

ワガママ放題なのに、自身も苦しんでいる。



・・・・・ワガママ人間が増殖していないことを祈る。

まじめの強み

今日は自慢ブログです。

興味ない方はどうぞスルーを。

中3の第1回校内実力テストの結果が返却され始めています。
齊藤塾の塾生達は頑張ってくれています。
先日は学年3位、今日は学年2位という結果を受け取りました。

真面目に努力すること。
努力とは今日もそれをすること。
例外日を作らない。
小さな一歩で良いから確実に前に進むこと。

そんな考えで塾を続けています。

勿論、今年度の中3生に対しても、日々の積み重ねと反復。
もう、それだけですよ。
めげず、くさらず、今日も少しだけ前へ。

「俺は怒った!もうやるぞー!」

というのはダメです。長続きしません。断言できます。
俺は怒ったなどと言っていた子に限って、三日も経たないうちに「先生、オレはダメ人間です」なんて言ってくる。
そう言ってくるのは最初から分かっている。一回だけの「決意」なんて軽いのです。日々の積み重ねは重い。


本当に強い人は静か。
本当に強い人は黙々と、そしてコツコツとやる。

上記の二人はそういうタイプ(実は他にも近い成績の生徒がいます)です。地味に、地味に苦手なところを一つ一つ潰して行く。そして、家でまた復習する。(合格体験記の彼のように)
そんな地味な努力(=継続)の繰り返しでしか結果は出ないのです。

私の課題を黙々とこなす。そして復習を怠らない。

9回裏ツーアウトでも大振りはしない。まずは塁に出ること。
そんな、地味な人が齊藤塾には似合います。
それが唯一の道だということが分かる人。

あー、いつも思いまうが、受験勉強には人生が詰まっていますね。

ハムスター



我が家のハムスターです。

去年の10月に生まれた姉妹のうちの一匹。

ペットショップの籠の中ではいつも二匹一緒に仲良く暮らしていたとのこと。
引き離すのは可愛そうと、姉妹一緒に連れてきました。

妻と子供達で姉妹の「おうち」を準備してやり、我が家での呑気な暮らしがスタートしました。

ところが、

夜中に、鳴かないはずのハムスターの悲鳴が。

深夜、取っ組み合いの大ゲンカをやらかしたようです。

縄張り意識の強い動物。
この姉妹とて、例外ではなかったようです。

慌ててもう一つのケージを買いにゆく羽目に。

ハムスターにも個性があります。
活発な子とゆったり系の子。

夜行性なので昼間はほとんど寝ています。
子供達が、それではつまらないと突いて起こしてしまいます。
半開きの目で眠そうに子供達の相手をしているところがまた可愛い。

まあ、一言でいえばシッポの短いネズミですよね。

ただ、ボールのように丸くなったり、お餅のように平たくなったりします。
どういう骨格をしているのやら。

動きが良いので、ぼけた写真しか撮れませんでした。



さて、塾の方は中間テスト対策、単元テスト対策などなど。
遠方の塾生も多かったですね。

オチのある夢



寝ている時に見る夢の話。

オチのある夢。

何度か見たことがある。

夢ではありがちなストーリーの展開が進み、最後にちゃんとオチがある。
途中の展開や登場人物がちゃんと伏線になっている。

目覚めている私にはとても思いつかないようなストーリー展開。
作家の才能など無い私に、何故そんなストーリーが作れるのだろう。
ずっと、不思議に思っていた。

もしかして、私が作ったものではなくて、「降りてきた」ものだったりして・・・。

その謎が解けてしまった。

私の能力の成せる業でもなく、天から「降りてきた」ものでもないようなのだ。

それは、

夢って見るのは「一瞬」だというのだ。
脳内の現象としては一瞬の出来事。
脳内の一瞬の現象を「再生」するときには時間軸に合わせて「順番通り」に見ている。

それだけのことのようだ。

夢はストーリーなのだから、見るときにはストーリーの流れ通りに見るしかない。

夢のストーリーは全体が一瞬で作られる。始まりから終わりの「オチ」の部分まで一瞬に作られてしまう。ただ、私達が頭の中で「見る」(あるいは「再生する」)時には、ストーリー展開通りに見ているのだという。

オチの部分まで最初からできていたのだ。
それなら、不思議はない。

種明かしを知ってから手品を始めるようなもの。

ただ、その手品を作るのも見るのも同じ自分の脳なのに、作った時の記憶はないようだ。

だから、自分で作った手品に騙される。
自分で作った物語のオチに感動している。

人間の脳って不思議だ。

これは定説ではないかもしれない。

でも、私はこの説を結構信じている。


何を言いたいか。

人間が認知できることは非常に限られている。
私達に見えていることがすべてではない。
見えないことは信じない、などは愚かなこと。

そんな当たり前のこと。

それと、

不思議なことを解明しようと、柔軟な発想で解き明かそうとする人がいるということ。
夢は一瞬にして作られる、なんて誰が発想しますか?

あらゆる学問は、そんな斬新かつ柔軟な発想の人の業績の積み重ねだということ。
そんな人達の発想にはワクワクする。

それにしても、オチのあるストーリーを作ったのは他ならぬ私の脳のようなのだ。それなりに創造性のある脳なのかもしれない。ちょっと、嬉しい。

褒めるな、危険!



シャクナゲには何となく高級感がありますね。

さて、

今では、子供は勉強をするだけで、親から褒められる。

いつから、そんなことが当たり前になってしまったのだろう。

子供が勉強するのは、当たり前のことでだ。
当たり前のことをやって褒められる人はあまりいない。
だって当たり前だから。

大人は仕事をする。
自分の仕事を普通にこなしても褒めてくれる人はいない。
当たり前だ。

子供が当たり前のことをやった時に褒める親。
彼等がやっているのは、子育てでも教育でもない。

迎合。
おもねり。
ご機嫌取り。

これらには、普通何らかの下心が存在する。

下心。

これは教育とは全く相いれない行為だ。

子供はいたって敏感だ。
この程度の下心は簡単に見抜く。

そして親に失望し、見下す。



「じゃあ、どうしたら子供が勉強してくれるんですか?」

そんな叫び声が聞こえて来そうだが。
プロフィール

齊藤塾塾長 齊藤茂

Author:齊藤塾塾長 齊藤茂
渋川高校卒業後、代々木ゼミナール(教務課)に3年半勤務。4年目の9月より浪人生活を送り、翌年4月に群馬大学教育学部に入学。卒業後、藤岡市、前橋市の大手進学塾にて前高、前女、高高、高女進学コース、附属中クラスなどを担当。平成9年に出身地の東吾妻町矢倉にて齊藤塾を開塾。以来トップ校受験生の指導にあたる。

齊藤塾合格実績・・・前高、前女、高高、高女、高専、渋高、渋女、高経附、佐久長聖中、中央中等、樹徳中、埼玉大、新潟大、群馬大、静岡大、高等工科他

* お問い合わせは下記問い合わせバナーからどうぞ。
* 齊藤塾ホームページへは下のリンクからどうぞ。

最新記事
齊藤塾へのお問い合わせ
齊藤塾ホームページ
月別アーカイブ
カテゴリ
QRコード
QR
フリーエリア
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

最新トラックバック
最新コメント