FC2ブログ

常識力



中間テストが近いですね。
一部の生徒はもう終わって、次の準備にかかっていますが。

テスト対策の勉強は、ちょうど「漆塗り」のようねイメージで行うのが良いでしょう。
何度も何度も塗り重ねる。

次第にツヤが本物になってくる。
簡単なことでは剥がれ落ちることなどなくなる。

学習したことが、自分自身の「常識」となってゆくような感じ。
常識力。

学習内容が自分にとっての「常識」となれば並たいていのことでは揺らぐことはありません。
本当に強い人は、その人の「常識」が強くて揺るがない。

そういえば、漆で塗った食器は少しくらい剥がれた部分があっても、職人さんに頼んで修復してもらえばまた長く使えるとのこと。

そういう道具の使い方って素敵です。

例えば漆塗りの箸。

勿論、高価です。
でも、何度も塗り直しを繰り返して使い続けるとしたら、一生に何膳も要らないはず。
贅沢で、しかも経済的。

芯のしっかりした常識力のある人は、何度も塗りなおした漆の箸のように深みがあって強い。

ライラック



リラとも呼ぶらしい。

大学時代、前橋の敷島公園にある「リラ」という名の喫茶店によく入った。

あの辺りは大きく様変わりしてしまった。
高級住宅街度はさらに増し、アメリカ風のお店が数軒並んでいるストリートまである。
塾も沢山出来た。

当時は鶏小屋ばかりだったのに。


ライラックって良い香りがする。

これも水芭蕉と同じく、母がどこからか頂いたものらしい。
水芭蕉の池のほとりに1年中あるのだが、花の時期以外にはその存在を忘れている。

さて、

今日も同じ話。

「リアル」という言葉がよく使われるようになった。
「リア充」のように。

リアルじゃあない世界が大きくなるにしたがって、人は仮想の世界で生きる時間が長くなってきたようだ。どうも、仮想世界での手の使い方や頭の使い方は、リアルの場合のそれらとは異なるようだ。

自分の手を使って文字を書くときの目の動きや頭の働き、もっと言えば五感を通して受け取る感覚的なものが脳に与える刺激は、私達の想像以上に複雑なもののように感じる。

自分の手を使うことを楽しめる感覚を持ち続けたい。
他の誰のでもない、自分の頭を使って考える楽しみを続けたい。
稚拙なのは仕方ない。
他との比較ではないのだから構わない。

幼児達が全ての刺激を楽しんでいるように。

最も「退化」してはいけない部分。

出過ぎた杭



現在の水芭蕉です。
隣に見えるのは漬物石。


さて、

昨日出合った言葉。

「出過ぎた杭は打たれない」

佐久長聖の理事長先生の言葉です。勿論、初めて聞く言葉ではありませんが。学校のリーダーが方向性を示してくれることでスタッフ達が同じ方を向いて仕事ができますね。先生方が一つとなって「出過ぎた杭」を一人でも多く輩出しようと今日も頑張っておられます。勿論、簡単なことではありません。


今日、出合った言葉。

「恵まれない幸せ」

幸運に恵まれると人は努力しなくなります。不運を不運と捉えない。乗り越えるべき課題を与えられたと思い、成長するチャンスと捉える。恵まれていたら決して得られなかったであろう伸びるチャンス。

「将来は恐れるもの」

私達は未来は輝かしいものと勝手に思いがちです。
少なくとも、ニュートラルなものとして捉えがちではないでしょうか。

将来を恐れる。

二つの言葉とも何だか悲観的で暗いイメージを伴うかもしれませんね。

でも、

今や日本のみならず世界に数千店舗を抱える社長さんの言葉だと分かれば、見方が変わりませんか。

失敗に失敗を重ね、不運続きの半生。
でも、それらのどの一つが欠けても今の社長さんの姿はないのだと。

度重なる失敗と不運のお蔭で今がある。





佐久長聖中



佐久長聖中学・高校の説明会に参加してきました。

塾対象の説明会は10回目くらいになるでしょうか。
一応、私は皆勤です。

今年も座席ポールポジションを獲得しました。
(なんてことはない。申し込みファックスを送るのが早かっただけです。)

佐久長聖は50周年。今年度、新しい校長先生を迎え、新たなチャレンジに取り組むとのことです。

新校長。

今や関東地方でも有名になった私立高校を有名にした中心人物のようです。
今までに二校を東大合格者の数で注目されている高校にまでレベルアップさせた実績の持ち主。

名刺交換させて頂きましたが、オーラのようなものを感じました。

事務長先生も引退され、長年佐久長聖と培ってきた関係がどうなるかとちょっと心配していました。
杞憂だったようです。
他の先生方は例年通りの顔ぶれ。ちょっとほっとしました。

高校は新校舎建設の準備に取り掛かっていました。いろいろと新しくなりますね。

来年の佐久長聖中入試日程です。

東京入試は1月11日(祝)
本校入試は1月23日(土)

例年通りの日程ですね。

頑張ってトップレベルの点数を取れれば、6年間ほとんど無料となる「特別奨学生」の可能性もありますよ。
寮費までタダ!
太っ腹というか、やはり優秀な生徒を求めているというか。

まあ、がっちり勉強しておいて「親孝行」するのも手ですよ。
私立学校に特待、特別進学、特別奨学生などで合格して親を経済的に楽させるのが素敵です。

ちなみに去年の東京入試最高点は412点(450点満点)。あの問題で412点とははやり優秀。

本校入試の最高点は345点(450点満点)。
こちらでトップでも特別奨学生の可能性はありますよね。

高校から特別奨学生を狙うてもあります。
前高レベルなら1種(全て無料)も狙えます。
渋高レベルでも2種(月8万円弱)が狙えます。寮費までいれても8万ですよ。
自宅から公立高校に通学しても、食費も交通費もかかります。勿論、授業料も。
そう考えると寮費まで入れて8万は安いかもしれません。

なんだか、お金の話ばっかりになってきましたので、今日はこのへんで。

続きは後で。

明日は佐久



明日は佐久長聖の説明会です。

桃源郷に行ってきます。
校長先生も代わったようですから、何らかの情報が載せられるかな。

朝8時半には家を出ます。
日曜日はオフの塾長も多いようですが、私はフルでした。

最近は花の写真だけのブログですがお許しを。

近所の90代の方が亡くなりました。
大往生ですね。
素敵な人生でした。
数年前まで新品のバイクで趣味を楽しんでいたとのことです。

先輩の素敵な人生に乾杯!
大往生ですが、また寂しくなりますね。


モクレン



モクレンはヒヨドリの食糧です。

でも、最近はあまり食べられていません。
鳥たちの勢力図が変わったかな。

画眉鳥君は相変わらず美しい声でさえずっています。
まだ、心を動かされる画眉娘は現れてこないようです。

さて、

生徒達は中間テスト対策、単元テスト対策に追われました。

プリントと格闘するのは私も同じです。

まあ、大丈夫でしょう。夜は長い。

クレマチス



我が家にずっと昔からあるクレマチスです。

今年も咲いてくれました。

母がどこからか頂いてきたものだそうですが。

今日も、中間テスト対策に真剣に取り組む生徒、単元のまとめに取り組む生徒と様々でした。

日中は伊勢崎まで出かけて塾仲間との会議、情報交換をしてきました。

国語力低下の話題、スマホを利用した連絡ツールの話題など刺激をもらってきました。

自分の体を通して考える



中間テストが近いですね。

齊藤塾塾生も一部の生徒には中間テストがあります。
既に直前モードに入っていますね。塾生達は予想問題プリントなどに取り組んでいます。
中間テストのない塾生も単元テスト対策に追われています。この単元テストが実質的には中間テストの代りとなっていますので、対策はおろそかにはできません。

今日からしばらくは、齊藤塾の敷地内で撮った花の写真を載せようかと思います。

公立の学校でもタブレットの利用が検討されています。
というか、もう既に決まったようなものですね。
電子黒板の二の舞にならないように期待します。まあ、挑戦的なこともやってゆかないと前には進めませんのでそれで良いとは思うのですが。世界的流れかもしれませんし。

理科の実験なども、その理想的な形がタブレットの中で再現されるのでしょう。
典型的な結果。理想的な映像。

とくに、ネットに載せてある資料はある種「完成形」が多いのかと思います。
(勿論、一部「失敗例」なども載っていますが。)

私が危惧するのは、まず先に理想形を見てしまって、それが固定観念のように頭にこびりついてしまうこと。
目の前に現れた結果よりも、ネットに載っている「理想形」を信じてしまうこと。
自分の手を使って、自分の五感で感じたことよりも、「理想形」を大切にしてしまうこと。

人間の思い込みほど恐ろしいものはありません。

「理想形の結果」に引きずられて自分の思考が「歪められて」しまうことは決して少なくはないのです。
人間は、権威ある者が提示したものは正しいはずだ、との思い込みでどれだけの失敗を繰り返してしまったことか。
それも恐ろしい失敗を。人間の心は弱いのです。そして常に自信がない。

タブレット大いに結構。

しかし、それがネットという「新しい権威」に引きずられて自分自身の五感をおろそかにすることの無いように期待します。

学問とは、人間の思い込みがいかに当てにならないかを追及してきたはずでした。
図形の証明しかり。

権威と戦って命を落とした学者だって数しれない。ルネサンス期を思い出して欲しい。

その殻をひとつひとつ命がけで突き破ってきたのが学問だったはずですね。

そういえば、

有名出版社の数学公式辞典に長年載っていたある公式の間違いを指摘したのは、一人の大学院生でした。

グッドルーザー

テニスの決勝戦後のインタビューを聞くのが好きだ。

死闘を演じた後、勝者も敗者もにこやかにスピーチする。

準優勝者のスピーチには特に興味がある。

決勝戦まで勝ち進んで、あと一歩のところで優勝を逃した試合の直後だ。気持ちの整理ができていないことも多いかと思う。それでもにこやかにスピーチする。時には冗談も交えながら。

隣にいる優勝者をファーストネームで呼び、その強さを称える。

「僕も全力で戦ったが、今日は〇〇が完璧なテニスをした。残念ながら僕にはチャンスがなかった。でも、来年必ずここに戻ってくる。ありがとう」

そして、支えてくれたコーチ陣や家族への感謝の言葉とともに、大会関係者達の労をねぎらうことも忘れない。そして応援してくれた観客へも。

全力を尽くしても敗れることはある。
全力を尽くしたが今日は相手の方が上回った。それだけのこと。

これが言える人が本当に強くなれるのだろう。

破れたという事実をしっかり受け止め、その事実から再出発する。
だから強くなれる。
決して事実から目を背けたり、誤魔化したり、言い訳したりはしない。
負けたという事実から多くを学んでいる。

失敗から多くを学んでいる。

本当に強い人は負けた時にさばさばしている。



予備校講師室

齊藤塾文庫の書棚を眺めていたら、懐かしいY先生の書籍が目に留まった。

東大を中退し、反戦運動に身を投じたY先生の英語に関する書籍。

自らの信念を貫く生き方を続けるために予備校の先生をやっていたのだろうか。
予備校では英語の先生に徹していたと思う。

予備校の講師室には様々な経歴をお持ちの「先生方」の熱気が充満していた。

直木賞作家もいた。その作家に取り入ろうと敢えて作家と同じ曜日を出講日にした先生もいた。

国立大学の教授。新聞で問題視され、しばらくペンネームで出講していた。その先生のように出講を継続した人ばかりではない。新聞に出た次の日から「出講を控える」旨の連絡をくれて来なくなった先生も。

某数学雑誌の実力派講師陣は極めて素敵だった。講師室では常に質問する生徒の列ができていた。

教える方も教わる方も真剣。そして、そこで交わされる内容のレベルの高かったこと。

大学教授の職を投げうって予備校の専任になった国語のH先生。冗談を全く言わないのに、内容の面白さから1時間半があっと言う間に過ぎる。そんな先生だった。

予備校講師室。

様々な経歴の実力派の先生方が、様々ないきさつからすれ違う素敵な空間だった。

そして、何かの間違いでその場に職員として時間と空間を共有させてもらった私も幸せだった。

人生で無駄なものは一つもない。

渋高を卒業した年に予備校職員になった私。
普通に大学生になっていたら、予備校講師室の熱気は体験できなかった。

そして、今の私もなかった。予備校講師質の空気を味わった私。私の原点かもしれない。
プロフィール

齊藤塾塾長 齊藤茂

Author:齊藤塾塾長 齊藤茂
渋川高校卒業後、代々木ゼミナール(教務課)に3年半勤務。4年目の9月より浪人生活を送り、翌年4月に群馬大学教育学部に入学。卒業後、藤岡市、前橋市の大手進学塾にて前高、前女、高高、高女進学コース、附属中クラスなどを担当。平成9年に出身地の東吾妻町矢倉にて齊藤塾を開塾。以来トップ校受験生の指導にあたる。

齊藤塾合格実績・・・前高、前女、高高、高女、高専、渋高、渋女、高経附、佐久長聖中、中央中等、樹徳中、埼玉大、新潟大、群馬大、静岡大、高等工科他

* お問い合わせは下記問い合わせバナーからどうぞ。
* 齊藤塾ホームページへは下のリンクからどうぞ。

最新記事
齊藤塾へのお問い合わせ
齊藤塾ホームページ
月別アーカイブ
カテゴリ
QRコード
QR
フリーエリア
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

最新トラックバック
最新コメント