お手伝い

今日も一人入塾頂きました。有難うございます。

覚悟ができての入塾。私も気合いが入ります。

齊藤塾の募集は若干名です。小さな塾ですので。
覚悟ができた人からお早目にどうぞ。
(入塾基準があります。)

春期講習も終盤戦になりました。塾内テストでその成果が試されます。新学期に各校で実施される教研テストなどでも手ごたえがあると期待しています。特に弱点補給を重点的に行ってきましたので。
新中1生の先取り学習も順調に進んでいます。入学後でもしばらくは授業が進みませんので、先取りを続けられそうです。
中学の学習に対する不安はほとんど解消されたと思います。

今日は、お手伝いの話の確認。

家のお手伝いはさせるべきです。
「任せる」形で。つまり、責任を持たせる。

それが、家族という最小単位での社会で生きてゆく自信につながります。その自信が外の社会に出てゆく勇気になります。

このお手伝いに「報酬」を支払うのは如何かと思うのですが。報酬を払った瞬間にその意味合いが全く違ってきてしまいます。

家族という小さな社会の中で生きてゆくには相応の役割がある、という当たり前のことをするだけです。

このような考えは、最近理解されなくなってきていると感じています。

感謝を形で示す意味でも「報酬」は必要なのだと考える人が急増中のようです。

どうなんでしょうね。



桜が目に入らない

各地で桜が満開のようですね。

満開の桜の元では誰もが幸せな気持ちになる。

そんなことはありません。

毎年春になれば桜は咲いてくれます。

でも、人は春になれば幸せになれるわけではないから。

満開の桜が目に入らない人。

いや、満開の桜を見ようとしない人もいるのです。

桜の木の下が賑やかになればなるほど、そこを遠回りしたくなる。

そんな気分。

「弱い人」と言わないで欲しい。

長い人生にはそんな春もあるのです。

閉塞状況。

全く先の見通しが立たない。人にも会いたくない。「今何してるの?」なんて聞かれたくもない。とにかく今日できることをやるしかない。それで心を落ち着かせている。

22歳の私がそうでした。

世田谷区豪徳寺の満開の桜。空がピンクに染まれば染まるほど苦しくなる。だから、下を向いて歩いていた。





あれから多くの人に助けられて今ここにいます。

感謝。

だから、「22歳の私」に伝えたい。

「大丈夫!」





さて、今日も真剣モードの春期講習でした。
体験授業のお申込みも頂きました。有難うございます。

習慣力

昨日といい、今日といい、大変見栄えの良い通知表が提出されました。

実技教科まで含めて全て5という成績って凄いと思います。
「努力の人」なんですね。

内申点を確実に上げておくのが齊藤塾の基本方針。
だから、通知表の結果は気にしています。
塾生達が見栄えの良い通知表を見せてくれるとほっとしますね。
勿論、小さく固まってはいけないと思っています。
でも、実際に実力のある塾生は学校の成績は安定的に良いですね。

春期講習では弱点補強を中心に指導しています。言うまでもなく、生徒によって比重をかける分野はまちまちです。春休みは短いのですが、何とか4月6日までには弱点補強のめどを立てたいものです。中高一貫校の生徒や高校生を除けば、学校からの宿題が出ていないのがありがたい。塾のペースで思う存分学習させることが可能ですから。

もうすぐ年度替り。

齊藤塾にもまた新たなメンバーが加わります。

さて、今日も「習慣力」の話。

日々の学習がまさに習慣化している人には誰も勝てません。日々の一歩がどんなに小さくても、それをやることが習慣化していれば、「止まれない」のです。勉強を止められない。勉強を止めることが不愉快になる。勉強を止めようとすると不快信号が発せられる。そんな状態になった人には誰も勝てません。

では、そのような理想的学習習慣をつくり上げるにはどうしたら良いのか。それは簡単です。簡単だからこそ難しいともいえる。逆説的ですが。もうこのブログでは何度も強調してきたことですが。

習慣力をつける方法。それは、「続けられることを続ける」こと。続ける内容ではなくて、続けるという行為事態を目的化すること。

一般的には手段が目的化することは良くないことです。しかし、習慣力をつけるこつはそこにあるのです。それくらい、人は継続ができないとも言える。だから本末転倒と言われようと「続ける」ことを第一目標とする。そのくらいハードルを下げてやって、継続できない自分から継続できる自分へと変えるのです。ハードルを下げることで、継続できない理由がなくなってしまう。もう逃げ場がなくなって継続するしかなくなる。やれない理由探しが恥ずかしくなるくらいハードルを低くする。

こんな手段を使わざるを得ないほど、人は継続ができないんですよね。

やれない人に限って、それでは意味がないと言いますよね。まあ良いんですが。

騙されたと思ってやってみると、これって結構病みつきになりますよ。小さなことを継続できることは自信に繋がります。イメージとしては、体の芯ができる感じ。少しぐらいでは揺るがない心棒が体にできた感じ。不安になったり落ち込んだりしても帰るところがある感じ。こういうことって大事だと思うんですがね。

齊藤塾に入塾することで、そんな習慣力をつけられたら良いなあ思って私は日々指導しています。

上手にまとまったところで、今日の話はおしまい。いつも同じ話ですが。

努力とは継続のこと。継続とは今日もそれをすること。

「まあいいや、今日はとりあえずパスして明日また再開・・」はダメ。

『グリとグラ』

『グリとグラ』は今でも子供達に大人気の絵本のようです。

1963年の作品。絵本ってどうしてこうもロングセラーが多いのでしょうね。

『グリとグラ』の作者の中川 李枝子さんは80歳になられたとか。

今朝のNHKの番組の中で中川さんが興味深いことをおっしゃっていました。

中川さんは『グリとグラ』をはじめとする多くの作品のヒントを子供達の遊びから得ていたというのです。

当時、保母さんをされていた中川さんは子供達の様子をじっと観察したそうです。

子供達の遊び。

遊ぶには「頭と体と、そして心」が必要なのだと。

ずっしりと重い言葉ですね。

鋭い感性でもって観察しない限り、気づけないこと。

誰に教わるともなく、子供達は遊びの中から沢山のことを学んでいた。
中川さんは子供達の学びの様子を観察者する中で、遊びの本質を抽出して見せた。
そして、絵本という形で結実させた。

野ネズミのグリとグラが森の中で大きなタマゴを見つける。
さあ、どうしよう。
試行錯誤が始まる・・・。

「さあ、どうしよう」から始まり「ああでもない、こうでもない」と続く。

きっと、これは当時の子供達が広場に集まって、その日のメンバーを確認し、持ち寄った遊び道具を見渡して、転がっている棒きれをみて、さて今日は何で遊ぼうかと思案している、その様子とダブルのではないだろうか。
広場に集まったメンバーの年齢構成や性別、仲の良しあし、新人の有無などなど、毎回異なる。毎日が応用問題。

思案し、短い時間で「今日の遊び」を決めねば遊べない。何とか皆で折り合いをつけて、皆がそこそこ楽しんで帰らねばならない。日が暮れるまでの短い時間に。

なんと、クリエイティブな作業なことか。私達が子供の頃はそんなことを意識せずにやっていたのだ。

皆で楽しく遊ぶ。

頭と体と心。

子供達は日々の遊びの中で生きてゆく土台となる大切なものを培っていた。
子供達は何もないところから何かを作り出す天才だった。
正解のないものに正解を作り出す。

なんとかしたい。

大人の関わりを極力なくした場面で、子供達だけのこの営みを復活させたいものだ。時間がない。

勿論、ゲームなどではなくて・・・。





突然、塾の話へ。

さて、今日も見栄えの良い通知表が提出されました。
オール5、オールA。また、劇的に伸びた証も。
弱点が明確になった生徒には、弱点補強としての春期講習となります。
新中1生には数学、英語、理科の先取り学習を進めています。
5月の終わりあたりまでの単元に進んでいる生徒もいますね。

反復学習の醍醐味

正式には今日から春休みの学校がほとんどなんですね。

齊藤塾では「春期時間割」になって一週間目なので、今一つ実感が湧きません。
午前中は部活で忙しいためか、中学生の大半は午後の通塾となっています。
新中3生はいよいよ本気モードになってきましたね。人生最初の試練に立ち向かう緊張感が伝わってきます。
受験勉強はスタートが肝心です。出遅れるとペースをつかむまでに時間がかかりますので。

部活の大会が終わってから受験モードに入ろうか、と考えている中3生も多いでしょうか。それでは遅いと思います。受験が終わったばかりの新高1生に聞いてみたら良いと思います。特定の高校の特定の学科の倍率を見てもらえば分かります。1.5倍~2倍。塾内テストなどの結果から合格可能性80%以上などと出ていても決して安心できない倍率です。後で紹介しますが、今年前女に合格した塾生の合格体験記には、受験勉強を中3から始めたのでは遅い、と書いてありましたね。その通りです。

さて、

今日もひとこと言って終わりにします。

臨界点。

反復学習の醍醐味はこの一点に尽きます。
来る日も来る日も小さなことを積み重ねる。来る日も来る日も同じことを反復する。時には迷い、時には挫折しそうになりながら。

すると、あるときにスッと「見える」ときが来るのです。突然できる時が現れるのです。一度その快感を味わってしまったら少しくらいの苦労なんて苦労になりません。味を占めたらあの幸せ感を忘れららなくなるのです。

「では、どのくらい反復すれば良いのですか」

愚問です。修行者ならぶん殴られています。
臨界点は明日かもしれない。1年後かもしれない。気の遠くなるほどむこうかもしれない。

結果を保証してもらわないと頑張れないような人は弱い人です。



ただ、受験勉強について言えば臨界点は比較的近いのです。
「夢に出てくるくらい」考え続けている人には希望があります。

勉強と孤独

勉強は孤独にやるものです。

勉強という作業の大半は自分自身と向き合うことでなされます。
だから、孤独な作業なのです。

自分自身との対話は日本語でなされます。
日本人の場合には必然的にそうなります。

その言葉が貧困ならば、自分との対話の内容も貧困になります。
「日本人だから日本語くらいで『できる』、だから〇〇の学習を」

そう考える人が時々います。

安易な発想だと思います。
日本語が「できる」といっても、一人一人のイメージしているそのレベルの差があまりにも大きいから。

自分の日本語で自分自身と向き合う。
それなしの勉強はあり得ません。

私達の思考は自分自身の日本語でなされます。
その思考の道具を確立する段階をおろそかにしたくないものです。

その道具の確立は、活字を自分で読むことでなされると考えます。
できれば紙の上の活字で。
そして自分の手を動かして書いた文字で思考は深められる。
そう考えます。

勉強には手間がかかります。

選択

時間は有限です。

ある時間にあることをします。
すると、そのあることをやらなければできたであろう他のことはできません。

いたって当たり前のことです。

子供の時間も有限です。

スマホをいじっている時間には勉強はできません。
勉強している時間には遊ぶことはできません。
数学を勉強している時間には英語はできません。
ゲームをしている時間に数学はできません。

私達は何かをするときには必ず「選択」をしている。
普段その「選択」についてあまり意識していないだけ。

でも、本当は意識すべきなんです。

今後、英語教育が重視されるのは必至です。
私も「使える英語」の為の教育が重視されることには賛成です。
ただ、英語学習の時間が単純に「プラス」されるだけではないということ。
つまり、ある特定の時間に英語を学習するということは、「英語以外のことをやらないで」英語を学習するのだということ。そういう当たり前のことを意識して英語学習をすべきです。
繰り返しますが、私は英語重視の教育に反対はしません。
これから英語の重要性は増します。
ただ、言いたいことがある。それは、日本を代表するような学者たちが今の教育改革に異論を唱えているという事実にも注目すべきだということ。実際には英語が使えてない人が、安易に使える英語重視の教育を支持している、ということでなければ良いのだが。
ある時間、英語を勉強しているということは英語以外の他のことをやらないで英語を勉強しているということ。
語学の学習には膨大な時間と労力が要るという当たり前のことをもっと意識すべきです。日本人が世界的に見ても英語が苦手な民族です。理由は様々なようです。もともと苦手なことをやるのですから膨大な時間とエネルギーが要るのでしょう。早期に始めれば解決する?そうでしょうか。

日本の教育はいよいよ「使える英語」にシフトするのでしょう。その時に普通の日本人が今当たり前に持っているものを失うようなことのないようにしたいものです。



子供は遊んでいるようで日々成長しています。
いや、遊びの中から沢山のことを「学んで」います。
だから成長できている。
ずっと昔からそうしてきた。
子供は放っておくと遊びます。その時間を「もったいない」と感じる人がいたとすれば、ちょっと立ち止まって考えて欲しい。遊び以外のことをやるときには、遊びはできないのです。


今日も問い合わせを頂きました。直接お話しすることで、私の考えていることがお分かり頂けたようです。新中1生にはだいぶ先取り学習をやってますので。

実力テストの結果もだいぶ出揃ってきましたね。
齊藤塾の塾生が学年順位1位、2位独占の学校あり。順位を大きく上げて、トップ集団が視野に入ってきた生徒あり。塾生が結果を出してくれると私の自信につながります。ぶれずにやってきてよかった、と。

福寿草



今日は福寿草です。

こんなに葉っぱが開いてしまいました。

やはり、寒中に土の中からつぼみが突き出てくる頃が可愛らしいですね。
寒さに震えながらふと見ると、黄色いつぼみが出始めている。
「ああ、確実に春が近づいているんだ」
なんて。

そんな時期の福寿草の写真をこのブログに載せようと思っていましたが、私の気持ちに余裕がありませんでした。

今年の福寿草。

子供達が勝手に摘んでしまったので、しばらく花瓶に挿しておきましたが、どうも毒があるようです。
可愛い花には毒がある。

夜は花を閉じますよ。

さて、

今日も春期時間割でした。
小学校は卒業式。
在校生は小中ともにまだあと二日ありますが。

新中1生には例年以上に先取り学習を進めています。
中1は特に秋以降急速に学習の進みが速くなりますからね。

今年の水芭蕉



今年も可愛らしい水芭蕉が咲きました。

縮れた葉っぱの向こうの、隙間のような所で隠れて咲いてるところがかえってリアルでしょう?

画像を加工するにも技術がないのでそのまま載せています。背景にごみも見えるし。

昨日はウグイス。今日は水芭蕉。

なんと贅沢な環境の塾なんでしょう。

クマはまだですね。


今日も中高一貫校の生徒達は長時間の学習。

生徒の通知表や実力テストの結果が提出され始めています。
勿論、オール5の生徒あり、学年1位の生徒ありなんですが。
いまひとつすっきりと成績の伸びない生徒もいますね。

まあ、そんなに簡単には伸びないところがまたリアルでよいのですが。

今日は幼稚園の卒園式。
明日は小学校の卒業式。

どんな歌に送られて卒業するのでしょうか。



ウグイス

今日は日曜日ということもあってか、中高一貫校の生徒全員が通塾しました。

もう春休みに入っている生徒は大量の課題と格闘ですね。

地元中学では明日、単元テストのある塾生もいますが、まあ実質的には3学期も終わりになりますね。

塾では新高1、新中1生には先取り学習。他の塾生には復習内容の演習ということになります。

大学進学などで都会に出る人に、今年も大切なことを伝える時期になりました。

「麻薬と新興宗教は絶対にダメ」

です。

「良いか悪いか、やってみなくては分からないじゃあないか」ですって?

世の中には、「試しにやってみる」もダメなことってあるのです。
それが上記の二つ。

さて、

家族が散歩から帰ってきて、なにやらお土産があるようでした。

フキノトウ。

早速、てんぷら、味噌和え、やきもちに早変わり。

山菜大好きの私にとっては嬉しい季節になりました。

ウグイスを背中で聞きながらフキノトウを摘んで来たとのことです。


プロフィール

齊藤塾塾長 齊藤茂

Author:齊藤塾塾長 齊藤茂
渋川高校卒業後、代々木ゼミナール(教務課)に3年半勤務。4年目の9月より浪人生活を送り、翌年4月に群馬大学教育学部に入学。卒業後、藤岡市、前橋市の大手進学塾にて前高、前女、高高、高女進学コース、附属中クラスなどを担当。平成9年に出身地の東吾妻町矢倉にて齊藤塾を開塾。以来トップ校受験生の指導にあたる。

齊藤塾合格実績・・・前高、前女、高高、高女、高専、渋高、渋女、高経附、佐久長聖中、中央中等、樹徳中、埼玉大、新潟大、群馬大、静岡大、高等工科他

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