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素直(すなお)

成績学年トップの生徒達にはある共通する特徴がある。

それは、彼等が例外なく「素直」であるということ。

「素直」という言葉。

良く使われる言葉ではあるが、説明するのは容易ではない。
単に従順というのとは明らかに違う。素直な人は指導者の言うことを無批判的に受け入れているわけではない。一度自分の頭で咀嚼し、理解し自分のものへと落とし込む。ロボットのように、命令通りにただ動いているのとは明らかに違う。

指導者の言うことにただ従っている人は、頭があまり働いていない。素直な人は従ってはいるのだが、自分の頭を使って「能動的に」吸収している。

ただ従順な人と素直な人とはこの点で決定的に違っている。

素直な人は能動的に「自分から」学び取っている。従順な人はただ先生に「言われた通り」にやっているだけ。

学びの基本は能動。学ぶということはどこまで行っても、自ら学ぶことを指す。

「まなぶ」という言葉が「まねぶ(真似る)」から来ているとしても、それは同じ。
「能動的に」真似ることが学びだからだ。

素直な人は、その学びが能動的であるから、指導者に習っている時でも頭は能動的にクルクル働いている。
それに対して、ただ従順な人は自らの思考を停止して、全ての行動を指導者に任せ、完全に受動的姿勢になっている。

素直と従順とはこれほどまでに違う。

そして、もう一つの「反素直型」タイプの人はと言うと、そう、「ひねくれた人」。
私のささやかな経験では、人の話を聞けない人に多い。
よく「人の話を素直に聞け」と言われる人がいますよね。
そもそも学ぶということは、今まで自分の頭の中にはなかった情報を受け入れること。だから、異物としての情報を拒絶していたのでは学びが始まらない。どうも、ひねくれた人はこの「異物」に対する拒絶反応が大きいような気がする。

このような姿勢のままで学ぶのは困難を極める。学ぶということは、今までの自分にはなかった情報や思考を受け入れて自分のものにすること。それを拒絶していたのでは、そもそも学び自体が成立しない。大人にはこのタイプが多いような気がする。特に男に多い。きっと、経験やうぬぼれが障害となっているのだろう。
「今現在の自分」にしがみついていないと不安になるタイプの人は、学びにおいてかなりの遠回りをする。
少し「異物」を入れたくらいでぐらついてしまいそうな自分。一度その自分を壊すくらいの勇気が欲しい。勇気がないから今までの自分にこだわりしがみつく。それが外からは「ひねくれた人」に見える。
進歩と変化とは同義だ。変わる勇気をもてない「ひねくれた人」に学びは訪れない。

だから素直な人は、そんな「異物」くらいでは揺るがない自分を持っている。そして、学びによって新しい自分を作り変える勇気を持っている。新しい情報や思考を取り入れたくらいでは揺るがない自分だということを良く知っている。経験に裏打ちされた自信。だから、素直な人は柔軟で落ち着いている。

もう一度言おう。

私のささやかな経験では、学年トップの生徒は例外なく素直だ。

今日は素直とは何かについて私の頭で少しだけ考察してみた。

「では素直な心」を養うにはどうしたら良いのか、という質問が当然予想される。

私はこれを愚問として退けたい。

オリンピックで金メダルを取った高橋尚子さん。小出監督によれば「この子ほど素直な子はいないよ」だそうだ。



プロフィール

齊藤塾塾長 齊藤茂

Author:齊藤塾塾長 齊藤茂
渋川高校卒業後、代々木ゼミナール(教務課)に3年半勤務。4年目の9月より浪人生活を送り、翌年4月に群馬大学教育学部に入学。卒業後、藤岡市、前橋市の大手進学塾にて前高、前女、高高、高女進学コース、附属中クラスなどを担当。平成9年に出身地の東吾妻町矢倉にて齊藤塾を開塾。以来トップ校受験生の指導にあたる。

齊藤塾合格実績・・・前高、前女、高高、高女、高専、渋高、渋女、高経附、佐久長聖中、中央中等、樹徳中、埼玉大、新潟大、群馬大、静岡大、高等工科他

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