FC2ブログ

寒波襲来

寒波が来るそうです。

12月。

寒くなってくると、もう後がない大学受験生だった21歳の12月を思い出します。
予備校の二学期の授業も終わって、毎日図書館へ通っていました。
朝9時から世田谷の羽根木公園の図書館へ。

孤独。

受験情報を交換する友達もいない。高校時代の友人たちはとっくに大学生になっている。

同じ境遇の人とでなければ、本当に通じ合える話はできないもの。でも、そんな人などいるはずもない。

そんな、経験も今となっては私の芯の部分を支えてくれています。
だから、私は今孤独に戦っている人を応援したいのです。


さて、

齊藤塾の塾生達も頑張ってくれていますね。

最近の中学生の報告から、

校内実力テスト学年1位
校内実力テスト学年2位

期末テスト学年1位
期末テスト学年1位
期末テスト学年2位

そして、今日も

校内実力テスト学年2位
期末テスト学年3位   の報告を受けました。

吾妻郡内は小規模中学校が多いのですが、それでもこの成績は称賛されるべきです。

塾長の私も、塾生達に負けないように日々精進します。

中1の頭、中3の頭

中1の頃に勉強をさぼった人は基礎が甘い。基礎が甘いところに積み重ねることは難しい。だから、中2の勉強の理解も中途半端だし、中3の勉強も分かっていない。

これは、ある意味正しい。

勉強は学校で習っている時に、その学校の進度に合わせて確実に自分のものにしてゆくのが一番のちかみちなのだ。当たり前のことだ。学校の勉強が十分に理解できていれば、前高でも前女でも、高高でも高女でも受かる。各高校の定員を見てもらえば分かることだが、学校で習っている勉強を十分に理解している人はそう多くはないということだ。だから、齊藤塾では学校の進度に合わせて大量の演習をこなしている。今学校で習っていることを「確実に」「今」自分のものにするためだ。「後でまとめて」や「後で時間がある時に」は結果的に遠回りになる。また、その「後で」の多くは訪れない。「後で」が訪れることなく試験日がやってくる。

それでは、中1の時にさぼった人には希望はないのかというと、そんなことはない。十分に希望はある。それは、中1の頭と中3の頭ではその理解力に大きな差があるからだ。これは、私の長年の塾人としての経験から声を大にしていえることだ。中1生が1時間かけて理解することを、中3生なら10分で理解できたりする。中3生はだてに2年余計に生きていないのだ。中学生は2年間でものすごい成長を遂げるものだ。寝て起きるだけで昨日の自分よりたくましくなっている。

だから、希望はある。中1時点でさぼってしまった人にも希望はあるのだ。

苦労はする。でも、決心と覚悟があればやれる。「自分は変わる」と決心するか否かの問題だ。

ところが、

中3になってからでは、多くの生徒が挽回できていないのも事実だ。それは、彼等の決心が甘いのだ。中1時点でさぼってしまうような人は基本的に勉強を甘く見ている。だから彼等の考える「決心」も甘いものとなる。だから、挽回できない。ちょっとやっただけで「だいぶ頑張った」などと言う。頑張りの尺度が甘すぎる。

もっと、本気になること。別人になること。

そして努力すること。努力とは継続のこと。

習慣としての学び

今日は一人入塾が決まりました。

私が言うのもなんですが、ハードルの高い塾だと思います。
その高いハードルを越えて入塾を覚悟してくれた塾生に対して、私は惜しみなく指導します。

勿論、基本は「自分との戦い」ですよ。
自立型学習塾ですから。

さて、今日は

「習慣力」の話。

特に目新しい話ではありません。
勉強が習慣化している人は強いという当たり前の話。

とはいえ、その習慣をどのように身につけるのかというと、そうた易いことではありません。
あることが習慣化している人はそれをしないと「気持ちが悪い」。
習慣化していない人にとっては、それをすることが「苦痛」「面倒」。

これまた天と地ほどの差ですね。

勉強しないと気持ち悪くなる人と、勉強することに苦痛を感じる人。
勝負になりません。

「誰でも簡単に、わずか〇〇日で変われます」

そんなものは存在しません。そんなものがあったら「全員が」変わっています。
無いはずだと思っていても「もしかしたら」と思わせる営業テクニックで騙されて買ってしまうことってありますよね。
まあ、良いでしょう。
「一度騙されてみるか」とか言って本当に騙されてしまったり。
「もしかしてこれが本物だったら、このチャンスを逃したことを一生後悔する」などを自分をに言い聞かせたりして。

ところが、わずか〇〇日で変わろうとしないで、もう少し長いスパンを耐えられる人は本当に変われるのです。
人間の防衛反応なのでしょうか。急激な変化は嫌うのですね。だから、急激に何か新しいことをしようとすると、反作用のような感じで体が反発してくる。

逆に、ゆっくりすこしずつ変わろうとすると、体が「ついてくる」のです。だから、変わるのには一定の時間がかかる。勉強を習慣化するには最低限の時間は必要なのです。だからスモールステップしかないのです。

それなのに、誰もがその時間を待てないのです。
全ての問題点はそこにあるのです。

だから、時間をかけると「決断した人」、時間をかけようと「覚悟した人」の一人勝ちになるのです。
そう、「わずか〇〇日で・・・」の逆方向の道には競争などなくて、道はガラガラだから。

そんなことを考えながら毎日指導しています。齊藤塾に通うことで、小さな小さな確実な一歩を進めて欲しいと願いながら。静かな教室で確実な前進をする。その小さなことの積み重ねが自信になるのです。小さな一歩にも苦痛は伴います。面倒くさい復習はその小さな一歩を失わないようにするためには欠かせないことなのです。

そんなわけで今日も同じ話でした。

それだけでは申し訳ないので、一つ質問を。

「先生」と「リーダー」って同じでしょうか?
先生とリーダーは同じ役割を果たす人でしょうか。
「指導者」という人はそのどちらに入るのでしょうか。

そんなことをこれから考えて行きたいと思います。

耐える日々

日本はアメリカの後を追っかけている。
そんな気がしてならない。

アメリカで児童虐待が問題視されていた頃、スザンヌ・ベガの「Luka」という曲が流行った。
虐待に、けなげに耐える子供の立場から歌った曲だ。

階下に住む子に向けて歌う。
「二階で物音がしても、気にしないでね。何も起きてないのよ・・・・」と。

30年ほど前。この歌を聞いても、今一つピンとこなかった。

でも、今は違う。今の日本の姿そのものだから。
小さな子供達がけなげに耐えて、耐えて、そして命を落とす。
そんな悲しい事件が頻発している日本。
そして、私達の目に入ってくる「事件」は氷山の一角。

子供の貧困。
12月。クリスマス。1月。お正月。
街が華やかになればなるほど、埋もれてゆく子供達。

いま、苦しんでいる子供達に、私は何ができるのか。

何とか生き延びて欲しい。

DVから逃れて親子で隠れて住む事例も少なくないと聞く。

逃げて欲しい。耐えて欲しい。

耐えて、耐えて、耐えた先には光が差してくると信じる。

「あんな時代もあったねと、いつか笑える日が来るわ」(中島みゆき、『時代』)
と口ずさんで耐えて欲しい。

何もしない日を作らない

今日は日曜日のようなので軽めに。

受験勉強をしていると、どういうわけか絶不調の日というのがある。

気乗りがしない。集中できない。体調もいまいち。

そんな時には何らかの気分転換が必要なのだろうが、なかなかそんな気持ちになれないのが受験生だ。

「今日はダメだ。寝よう」

それもありだろう。ただ、怖いのは次の日に尾を引くこと。後悔と焦りで朝目覚める一日が待っているということ。

そこでお勧めなのが「ちょっとだけやる」という方法。いかにも私らしい提案。

ゼロかゼロでないかは天と地ほどの差がある。(なんだか昨日の話の続きのようですね。)

だから、勉強ゼロの日を作らないようにする。やったけれども量は少なかったなあ、と言えるようにする。それだけで後悔と焦りのレベルをかなり下げることが可能だ。

絶不調の日に無理やり勉強をしようとしても、体も心も抵抗してくる。「休みたい」って悲鳴をあげているのかもしれない。そんな時にはだましだまし少量の勉強を忍び込ませる。勉強のエンジンを完全には冷やさない。工場の機械を完全には止めない。そんなイメージ。

自己嫌悪と後悔と焦り。そして、絶望。

そんな気持ちに思いっきり浸るのも人生には必要なことかもしれない。でも、受験生には絶望を「ゆっくり味わっている時間的余裕」などない。

だから、ゼロにしない。

これ、お勧めです。

焦りに焦り、追い詰められた時に、メンタル的にバランスを保つために私が思いついた方法です。

(計画的に緩みの日をいれるのは悪いことではありません。むしろ必要ですね。)

天と地ほどの差

今日、期末テストの結果を持ってきた生徒。

学年1位。それも5教科のみならず、9教科でも1位。
上位層が激烈な競争を演じている学校での1位には敬服する。努力の人は結果を出す。今回、齊藤塾では期末テスト対策を微調整した。その結果が出たとすれば私としても嬉しい。この勢いでトップ校合格を果たして欲しい。

さて、

齊藤塾の塾生は入塾後最初の実力テストで結果が出る。それは、上がる部分を確実に上げるからだ。反復演習により基礎を固め、実戦問題でチェックする。見つかった弱点をプリントで集中的に演習する。データーベースの中から引っ張ってくるだけなので瞬時に類題演習に取りかかれる。これで成績が上がらない方が不思議だろう。

もうすぐ冬期講習。

日ごろは部活の予定、送迎の都合などで通塾が安定しない生徒に対しても、学校の進度を気にすることなく学習を進められる。季節講習では落ち着いて演習に取り組めるので余裕で準備が可能だ。短期間に結果を出すコツは「得点できる問題を確実に得点する」ということ。塾に通っていない生徒はこの部分が弱い。彼等は取れる問題をいとも簡単に落としている。勿体ないことだ。この部分を確実に得点できるようにするだけで得点は簡単に上がる。塾としても新規入塾生や保護者の方にアピールできるところだ。

ただ、これは成績向上の第一歩でしかない。あたりまえだ。本来得点できる部分を「確実に」得点できるようにしただけなのだから。勿論、生徒本人には自信になるだろう。ただ、その後の「地力をつける」という過程に移行して行かなければ意味がない。ここからが自立型指導の本来の強みが発揮できるところだ。塾生にとっては「自分との苦しい戦い」の始まりだ。

安易な即効性だけを求めて入塾して来た生徒は、ここで自分の弱さと対峙することになる。

聞き流すだけで話せるようになる。
飲むだけで痩せられる。
吸っただけで気持ちよくなる。

どこかに上手な方法があり、自分はそれを知らないだけだ、などと考えている人には目覚めてもらうことになる。ラクな方法などない。あったら皆やっている。ラクな道には人は群がる。ラクな道があって、あなただけが知らないなどということはない。

でも、

ちょっと目を転じると、

苦しいけれども確実な道の方は実はガラガラなのだ。
競争相手はほとんどいない。
一歩一歩確実に前に進むのは皆嫌いと見える。

半年後に「確実に」10キロ痩せる方法には皆見向きもしない。
「たった一か月で5キロ」の方法には、それが高額商品だったとしても、人は群がる。

そういうものなのだろう。それで良いだろう。

だから、私が成績向上の「秘密」を公開してもほとんどの人は見向きもしない。
「そんなの当たり前だよ。何をエラそうに」
「私が求めているのは、斬新で画期的な学習方法だ。誰でも知っている方法ではない」

そんな声が聞こえてくる。

だから、

当たり前のことを当たり前にやった人の一人勝ちになる。

地道に一歩一歩前進して勝った人を見て、人は言うだろう。

「そんなやりかたなら私だって知っていたよ。やらなかっただけだよ」と。

やるかやらないか。

そこには天と地ほどの差がある。
その距離の大きさを、多くの人が見誤っている。


地味に一歩一歩前進して地力をつけたい人の塾。それが齊藤塾。
小さいが確実な一歩を積み重ねる生徒の背中をちょっと押してあげる塾。

この話に共感できる(たぶんごくわずかの)人の「自分との闘い」をサポートする塾。

「やるかやらないかの距離の大きさ」を知る人だけの塾。



寝ない子は育たない

世界16か国の0~3歳児の睡眠時間を調べた調査があるという。

日本の幼児の睡眠時間は「ダントツの短さ」だそうだ。
全体平均を1時間近く下回る約11.37時間。

また、

日本では22時以降に寝る赤ちゃんが半数近くになるという。
これは世界的に見ても非常に高い割合だという。
共働き世代が増え、親の生活環境が変化したことが一つの理由だとか。

そういえば、先日塾長仲間の一人が次のようなことを言っていた。
午後10時に仕事が終わって、その後で小学生のお子さんと同じテレビ番組を見ながら盛り上がる、と。

深刻だと思う。

幼児は寝かしつけなければ寝ない。生活リズムを作ってやるのは親の責任だ。「だって寝ないのですもの」は理由にならない。幼児の頃から夜更かしの習慣がつくと、午後10時になっても寝ない小学生になるのだろうか。
そういえば塾で眠そうにしている子もいる。そういう子は通知表にも、それらしいことが遠回しに記載されてあったりする。学校でも眠そうにしているのだろう。

寝る子は育つ。寝ない子は育たない。
偶然だろうか、今月の塾通信の記事は恒例の「合格したい人は寝なさい」だった。

人は寝ている間に脳内を整理している。睡眠不足は知的にも精神的にも変調をもたらす。
学力低下の原因が睡眠不足だとしたらあまりにも悲しい。
昔の人はよく言った。

「寝るのはタダだ」



日曜日にチラシを折り込む予定で準備してきたのだが、今日早くも問い合わせがあった。
一部の地域では、どうも今日折り込まれたようだ。
折り込みのフライング。まあ、良いのだが。

ほかに体験授業の申し込みも頂いた。

一人で教えている小さな塾だが、結果には自信がある。
私一人で好きなようにやりたいから人は雇わない。
ちょっと変わり者。いや、「こだわりの塾長」と呼んで欲しい。

そういえば、登山家でも様々な人がいるようだ。
大きな登山隊を組んで登る人。
単独登頂にこだわる人。

どうしてひとりで?

いや、ひとりの方がうまく行くこともある。

そんなわけで、今回も募集定員はほんの少し。

志望校変更

先日、ある塾生が志望校を上げた。

12月。

ややもすると弱気になる時期。より厳しい道を選ぶその姿勢に、私としても気合いが入る。受験は戦い。気持ちを強く持てた者が勝つ。

今の受験生の本心。

「早く楽になりたい」

弱気の虫との闘いだ。楽な道への誘惑は数知れない。三者面談で不本意な志望校変更を迫られた受験生もいるだろう。「こちらの学校だって、君の夢を叶える道は残される。無理しなくても良いのではないか」などと。

志望校を下げ、あたかもそれが冷静な判断に基づくものだと自分を納得させようとする受験生もいる。その受験生が自分自身を騙していないことを祈る。本当は気持ちで逃げているのに、あたかも正しい判断をしたと自分を騙す。

「何故あの時全力で戦えなかったのか」と後で何度も何度も後悔するのと、今ギリギリの苦しい戦いに真正面から臨み、晴れ晴れとした4月を迎えることのどちらが得るものが大きいか。答えは明白だ。

私立単願にすればあと1か月の戦いで楽になれる。もし、それが楽な道への誘惑に負けたものだとしたら、君は一生後悔するかもしれない。勿論、前向きに選んだ「私立単願」ならば後悔などない。堂々と自ら選んだ道に進んで欲しい。

デリケートな時期になってきた。周りの人の言葉も普段の何倍もの強さで刺さってくる。

決して逃げない。

気持ちを奮い立たせて戦おう。

強い自分を手に入れるチャンスがやってきている。

社会への入り口



次のようなことを言う人がいる。

昔の子供は、社会への関わりを家のお手伝いという無償の行為から始めた。
お手伝いをしても、それは当然の役割を果たしただけなので、ご褒美が貰えないのは当たり前とだった。

今の子供は、社会への関わりを消費から入る。
コンビニで買い物をすれば、子供に対しても店員は「有難うございます」という。
100円を出せば100円相当のものが手に入る。それが消費行動。
等価のものの「交換」。
ギブ&テイク。ギブには必ずテイクが伴う。

ところが、子供はそうではない場面に出くわすことがある。
「つまらない授業」というもの。
つまらない授業を聞くという苦しみ、それがギブ。
これに対してどんな見返りがあるのかと我慢して待っていると、何も貰えずに授業が終わってしまう。
子供達は、予想外の裏切り行為を受けたと理解する。普通なら貰えるはずの見返りがないではないか。
そのように受け止める。

先生から受けたこのような「裏切り行為」に対して起こした反乱行為、それが授業妨害なのだと。

そうなのかもしれない。
そうではないのかもしれない。

突然ですが「キラキラネーム」の話。

反キラキラネームの学者の意見。
子供は「既に存在している社会」に「後から」生まれてくる。
これは動かしがたい事実。
だから、既に存在している社会に「参加させてもらう」ことになるのも紛れもない事実。
簡単には読めず、自らを主張しているともとれるような名前でのデビューはありえない。
だって、後から参加させてもらうのだから。
「私の名前はこう読め」とばかりに自己主張から入ることなどありえない。
出来上がっている社会に受け入れて頂くという姿勢があるなら、初見では誰も読めないような名前はつけない、と。

なるほど、

そうかもしれない。
そうではないかもしれない。

冬期講習生募集中です。

「努力」の意味



冬期講習生募集中です。といっても、齊藤塾では冬期講習と通常授業とをセットで受けてもらう形になりますが。従って、募集定員はごくわずかになります。

さて、今日は「努力」という言葉の意味の確認だけ。

努力とは継続のことです。
「今日もそれをすること」です。

努力と言う言葉を歯を食いしばって、怖い目をして「戦う」というイメージで捉えてはいけません。
努力とはもっと淡々としているものです。

昨日もやったことを今日もやり、そして明日もやる。淡々と。そして、当たり前のような顔をして。
「習慣力」という言葉があるようです。習慣として、毎日毎日積み重ねた人の成果に後から追いつくのは至難の業です。

中高生の学習に関して言えば。学校で習ったことを「その日のうちに」自分のものにしておく。昨日も今日もそして明日も。このことを実行できる人だけが受験で勝てるのです。これほど当たり前のこと。これほど普通のことを「継続」できる人を努力の人と呼びます。

努力の人は淡々としています。本人は努力しているという自覚がない。いたって普通に当たり前のように淡々と毎日継続をしている。だから強い。だから怖い。
プロフィール

齊藤塾塾長 齊藤茂

Author:齊藤塾塾長 齊藤茂
渋川高校卒業後、代々木ゼミナール(教務課)に3年半勤務。4年目の9月より浪人生活を送り、翌年4月に群馬大学教育学部に入学。卒業後、藤岡市、前橋市の大手進学塾にて前高、前女、高高、高女進学コース、附属中クラスなどを担当。平成9年に出身地の東吾妻町矢倉にて齊藤塾を開塾。以来トップ校受験生の指導にあたる。

【遠方の方も吾妻線を利用して、土日、祝日中心に通っている塾です。長時間の個別演習形式で鍛えて結果を出しています。お気軽にお問い合わせください。】

合格実績(2012年~2020年までの合計)前橋高校4名、前橋女子高校8名、高崎高校5名、高崎女子高校7名、群馬高専5名、渋川高校20名、渋川女子高校17名、高経附高校3名、前橋育英S4名(中学受験については初年度からの合計で中央中等8名、佐久長聖中8名それぞれ合格、大学受験については、群馬大、埼玉大、茨城大、信州大、新潟大、静岡大、早稲田大、慶応大、津田塾大、東京女子大、明治大、法政大、成城大、東洋大、獨協大等多数合格・詳細は下のホームページからどうぞ)

* お問い合わせは下記問い合わせバナーからどうぞ。
* 齊藤塾ホームページへは下のリンクからどうぞ。

最新記事
齊藤塾へのお問い合わせ
齊藤塾ホームページ
月別アーカイブ
カテゴリ
QRコード
QR
フリーエリア
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

最新トラックバック
最新コメント