言葉で子供を変えるということ

言葉で子供を変えようとする人は多い。

先生のあの一言で私の人生は変わった、というような話も多い。
そして、人はこのような話が好きだ。

だから、親や先生は子供に投げかける言葉を選び、タイムリーな一言を発せられるように常に自らの言葉に磨きをかけることが求められている。

それはそうなのだろう。

実際はどうか。

親たちは子ともの振る舞いに一つ一つチェックを入れ、口を出し、うるさがられている。
「だって、言わないではいられない」のだそうだ。
「言わなかったらもっとひどいことになるのです。私が注意しているからなんとかこの程度で済んでいるのです」と。

言われたらやるのだろうか。

やるかもしれない。でも、それは「言われたから」だ。
自分からではない。

いつの間にか、言われないと行動できない人を作っている危険性はないのだろうか。
言わないと行動しないから言う、それで行動することは、言われたから行動することになってしまう。
自主的行動ではない。
言われた瞬間に、自主的行動をするチャンスを奪ってしまっている。

幼児期から、このような行動パターンに慣れてしまっている子はどうなるのだろう。

同じことを言われ続けることで、親の言動パターンが読めて、言われる前に行動できるようになる。
それはあるかもしれない。
でも、それは「親がうるさいから」だろう。

言われ続けることで大切なことが心に刻まれて、子供が自然に行動できるようになる、ということを期待している親も多いのかと思うが。

自主的に行動できる子が一番強い。

それには自分で行動して失敗することで一つ一つを自ら学ぶ必要があると思う。

山村



子供の頃から見慣れた風景だが、大きく違うことがある。

それは、柿の木に子供が登らなくなり、周りの畑に人が全く見えなくなったこと。そして、何の作物も作らない畑が増えたこと。

「地方創生」「農業再生」・・・

言葉だけが踊る。

「では具体的には何をしようというのか」
「それには地方に活気が戻るように・・・」
「そうじゃない、具体的にだ!」
「ですから、様々な施策を組み合わせつつ・・・」
「そうじゃない、『何』をだ。まさか、金だけ使えばやったことになるような施策じゃあないだろうなあ」
「・・・・・・」

日本が初めて経験することを前にして、時間ばかりが過ぎている。

先人が苦労して切り拓き、守り続けてきた田や畑が今この瞬間も確実に死へと向かっている。厄介なことに山村にはもう人がいない。10年後はさらに。

私?

申し訳ないが私は田舎の「塾人」だ。

彼岸花



彼岸花です。

私の祖先の命をつないでくれた花なのかもしれません。

ぴったりと彼岸に咲くのですよね。

色といい形といい、そして咲く時期といい、やはり何かを感じさせる花です。

真っ赤な花なのに、「情熱」よりは「お墓」のイメージをもつのは私だけではないでしょう。

かりん



かりんの実です。

去年、この木は豊作だったのですが、今年は一つしか実がなっていません。今年は休む年のようです。実のなる木は時々休む年をはさむことで、調子を整えているようですね。生きる知恵です。

今年は栗は豊作なのでしょうか。木によってまちまちだという声も聞かれていますが。

昔、平地の作物が不作の年は、人々は山に登りました。平地が不作の年は山が豊作。皆それを知っていた。

人々は木の実を採って来て、命をつないだのです。そうやってつないだいでくれた命がこの私につながっている。不思議な気持ちになりますね。

栃の実なんて、アクを抜くだけでも大変な苦労だそうです。しかも、栃の実だけでは食べられない。栃餅といって餅に混ぜて食べた。餅の量を増やすために、気の遠くなるほど栃のアク抜きをしたのです。

そうやって先祖達は命をつないできた。

彼岸花が満開です。毒があると言われているこの花の球根も、アクを抜いて食べた。本当に本当に困った時に食べるために普段は手を付けない。毒がある。不吉な花だと言って。

さて、かりんは焼酎につけて咳止め用のかりん酒にします。
今年も母が作ってくれたかりん酒にはだいぶ世話になりました。



岩櫃山に飛行機雲がかかっていました。
絶好のシャッターチャンスだったのですが、私が近景に入れたいコスモスにたどり着くまでに、雲はだいぶ薄くなってしまいました。

今日は気持ち良い秋晴れでしたね。

今日は軽めに英語発音クイズです。
と言っても、比較的最近話題になった時事問題系の単語をカタカタで出題しましょう。

問題:日本人の耳に次のように聞こえる英単語を通常の日本語に直せ。

1.「ネイトウ」
2.「バイラス」
3.「ユークレイン」
4.「サイベリア」
5.「スウィードゥン」
6.「シェラレオーン」
7.「ライベリア」
8.「ギニー」

解答、解説
1.NATO 北大西洋条約機構です。日本語では「ナトー」ですよね。
2.ウイルス virus 言語によって w と v は近いのですね。w は v を二つ並べて作った文字です。昔、スウェーデンのあるテニス選手を皆が「ヴィランデル」と呼んでいたら、本当は「ウィランダー」でした。
3.ウクライナ Ukraine  まだしばらくはこの国名はニュースから消えないようです。紛争が早く収まって欲しいものです。
4.シベリア Siberia  ファミレスの名前と間違えそうです。でも、シベリアのことだと分からなかったら恥をかいちゃうかも。
5.スウェーデン Sweden これは簡単でしょうか。オリンピックでは良く耳にしますから。
6.シエラレオネ Sierra Leone 発音からいってフランスの旧植民地かと思いました。イギリスの旧植民地だったのですね。
7.リベリア Liberia アメリカの解放奴隷が作った国です。今から100年前の1914年にアフリカで独立していた国は、この国と南アフリカとエチオピアの3か国だけでした。国名に「自由」が刻み込まれているこの国は今深刻な状態です。
8.ギニア Guinea   guinea pig はモルモットのこと。日本ではなぜかテンジクネズミとも呼びます。テンジク(天竺)ってどこでしょうか(追加問題です。)

と言うわけで、最後の西アフリカの3か国は今この瞬間もエボラ出血熱で危機的状況になっています。この国の名前を耳にしなくても良いようになって欲しいものです。残念ながらラジオジャパンなどでもしばらくは耳にすることでしょう。
何とか収束させようと、日々戦っている医療関係者の方々の勇気ある行動には頭が下がります。彼等の戦いのおかげで世界的流行にならずに済んでいるのです。

秋の水芭蕉



ススキの向こうに枯れた水芭蕉の葉があるのですが、もう枯れるに任せている状態ですね。また、春にはあの愛らしい花から一生が始まるのですが。


今の若者たちは「叱ってくれる人」を求めているのだそうです。
真剣に叱られた経験のない若者が増殖中です。

叱るには、叱る対象となる人を良く見ていないとできません。そして叱る人にも覚悟がいる。単なる感情の発露としての「怒り」とはそこが違う。叱るにはその人を正しい道に導こうとする覚悟が要る。そして愛情もいる。

そのような人に出会うことなく大人になった人が増えているようです。

大人の側にも迷いがある。自身がない。覚悟ができない。
子ともの側も、叱られ慣れていないので叱られることが「相手に対する恨み」になったりする。

どっちもどっちの悪循環。

ないものねだりはやめて、新しい時代の生き方を模索するしかないのでしょう。

自由を求めた結果。
「個」単位の豊かさを求めた結果。

自分を叱ってくれて、常に自分の人生の軌道修正をしてくれる人を求めている。
目を光らせてくれて間違った道を歩んでいたら直してくれる人を求めている。

気持ちは分かるが、もう時代は後戻りできない。

齊藤塾ですか?

今まで通りドライにやります。たまには叱ります。

日本一短いトンネルは誰が掘った?

もう見納めということで、JR吾妻線の「日本一短いトンネル」の周りは鉄道ファンで賑わったようだ。

ところで、このトンネルは「誰が」掘ったかご存知だろうか。
個人名を聞いているのではない。どんな人達が、だ。

JR吾妻線は太平洋戦争末期に銅鉱石の運搬用に突貫工事で敷かれた。成人男子の多くが戦地で戦っている状況の中、鉄道の敷設に駆り出されたのは学生と朝鮮半島出身の人達だった。今80代の地元の方々は、朝鮮半島出身者が家族で移り住んできて鉄道工事に従事し、その子供達が同級生に加わって、小学校の児童数が膨れ上がったのをよく覚えている。山間の小さな小学校が児童数1学年150人を超えた。今、同地区の小学生は1学年10人にも満たないが。

慣れない鉄道敷設工事。山間部の鉄道工事。

トンネルから出た土砂をトロッコでそのまま吾妻川に落とす。土砂とともに転落し、命を落とした人も少なくなかったという。

山間部での鉄道工事。難工事だった、山田川の鉄橋(中之条町と東吾妻町の間の川)工事では事故で多数の学生が亡くなったと聞く。

吾妻線(当時は長野原線と呼んだ)の完成を待たずに日本は終戦を迎えた。銅鉱石を運搬する予定だった列車はその役目をあまり果たすことなく、通勤通学列車としてその存在意義を変えて存続してきた。何度も廃線計画が持ち上がる中でもなんとか持ちこたえてきた。

お蔭で、齊藤塾では通塾生が利用している。

日本一短いトンネルは誰が掘ったか。
知らない人が多いだろう。

消化不良が一番ダメ

部活との両立に悩む高校生は多い。

特に高校入試合格安全圏偏差値が60前後の高校生の場合、上手に時間を使わないとMARCHレベルの大学に合格するのも難しい。ちなみに渋川高校、渋川女子高の安全圏偏差値は60~62だ。高崎北高校、高崎経済大学附属高校、前橋南高校などもこのあたりのゾーンに入る。

進学高校とはいえ勉強ばかりの高校生活はつまらない。それはよく分かる。高校生活3年間では勉強以外にも様々な経験をしたい。私もそうだったからそれは良く分かる。

でも、

高校3年間で学習する内容の難しさとその量はハンパではない。とにかく、やらねばならないことがやたらと多いのだ。特に、吾妻地区の生徒のように電車通学している生徒は時間的なハンディがある。これは明らかにハンディだ。「皆がやっているから」などと甘くみてはいけない。高校まで15分の所に住んでる人と同じことはできないのだ。

当たり前ではないか。ハンディを明確にハンディと受け止めた上で日々の生活を送る必要があるのだ。

そして、これらの高校に通っている生徒は前高、前女、高高、高女の生徒と同じように時間を使ったのでは同じレベルまで高校の学習を消化するのは困難なのだ。仕方ないではないか。そのための高校入試だったのだから。

ところが問題は、学習内容はさほど変わらないということなのだ。授業のスピードは全く違うが習っている内容はあまり変わらない。そして、高校の学習内容は消化しきれないくらいに「最初から多めに」なっているということ。何故だか、高校の学習内容はそのようになっている。消化しきれないことを前提に作られていると思えるほどだ。

大量の情報を短時間で処理し、自らの物にする。どうも、日本社会はそれを期待しているようだ。

そこそこ消化できれば何とか単位は取れて卒業はできる。

でも、そんなレベルではセンター試験でも二次試験でも通用しない。私立MARCHレベルも受からない。それが現実なのだ。

一番怖いのは「消化不良」。

今日学校で習ったことを今日中に自分のものにするということができなくては「先送り」状態になるということ。溜め込んだ消化不良部分を定期試験の直前に「一人で理解し」さらに「得意科目にする」などと言うことはほとんど不可能だ。そんな力があったら授業中に理解できている。「あとでまとめて」が一番危険な発想だ。一種の逃げだから。

身の程をわきまえろ、というと厳し過ぎる言い方になってしまうが。

でも、限られた時間の中でそこそこの大学合格レベルにまで到達したいのなら「何かを捨てる」勇気と決断が必要かと思う。勿論、部活もそjの「何か」の一つだ。欲しいものがあったら、何か大切なものを捨てて一番欲しいものを手に入れる。大人なら普通にやっていることだ。

「部活の先輩は半年の受験勉強でMARCHに受かりましたよ」

そうかもしれない。でも、同じことが君にもできるとは限らない。

そして、夢を打ち砕くようだが、前高、前女の生徒と同じ高校生活を送ろうとするのには無理があるということ。
何かを捨てるしかない。

流されないで欲しい。現実を見つめて欲しい。時間は有限だ。

渋高、渋女生には耳の痛いことを書いた。

知識を落ち着かせる時間

スモールステップ学習のメリット。

あまり大きな負荷がかからないために無理なく学習が進むという点。そして、無理のない学習であるがゆえに「今日はできない」という言い訳が利かないという点も。ステップがスモールだと今日のその小さなステップさえもやれないほどの忙しさや体調不良などが見つけられない。

だから、いいのだ。

本当の自分の学習姿勢が問われるのだ。


スモールステップ学習で私なりに実感しているもう一つのこと。

それは、前回ちょっとだけ前に進んだ学習部分が、時間を置くことで何か「潜在意識」のような部分にまで下りて行って浸み込んだような感覚になるということだ。時間を置くことで、新しい知識が熟成されて徐々に自分のものとして落ち着いてくるような感覚。

新しい知識にまとわりついていた違和感のようなものが取れて、あたかも前から自分の中にあったかのような「しっくり感」を伴って頭の中に鎮座しているような感覚になれる。

この落ち着いた感じが好きだ。

だから、短期間に「大量に詰め込んだ」知識は落ち着きがなくて、試験が終わると消えてしまう。知識というものはやはり、落ち着かせる時間が必要なのだろう。

落ち着かせる時間。なじませる時間。もとから自分のものであったような感じなるまでの時間。

やはり、時間が必要なのだ。スタートが遅い人にはその時間がない。

日本一短いトンネルに日本一近い塾 (笑

JR吾妻線の日本一短いトンネルが人気だそうです。

日本一短いトンネルに日本一近い塾は齊藤塾でしょう。

多分。

それが自慢(?)できるのもあと数日です。

もうすぐルートが変わって列車が通らなくなりますので。
新聞に蚕のような白い列車が「緑の輪」のような短いトンネルをくぐっている写真が載っていました。
厳密に言うと、写真を撮っているカメラマンの写真が載っていました。

鉄道ファンって多いんですねえ。

さて、

各中学校実施校内実力テストの結果です。
ちょっとだけ追加があります。

今日までに提出された塾生全員の成績の集計です。
以下、齊藤塾塾生の各中学校内の学年順位とその人数です。
前回よりすこし増えたでしょう?
4位~6位あたりが特に。

1位  2名
2位  3名
3位  5名
4位  1名
5位  1名
6位  4名

後日、もうちょっと追加します。

今日は日曜日らしいので、いつも以上に取り留めなく書きます。

一昨日のネットのニュースによると、今の若者の中には週休二日では足りないと感じている人が少なくないというのです。
足りないと感じる主な理由は「自分のやりたいことが十分にできない」だとか。
週休二日と言っても、祝日その他を入れれば年間で120日~150日くらいは休みがあると思うのですが。
それでも足りないのだそうです。じゃあ、もっと休みが多ければ彼等は何をやりたいのかというと、それはまとまった時間をかけないと達成できないような趣味とか資格試験の勉強とかだそうでして。

うーん、どうなんでしょうねえ。半年ほど前の調査では、休日は何もしないで自宅にいる人が多いという結果が出ていたはずなんですが。それは若者限定の調査ではなかったかもしれませんね。

まあ、いずれにしろもっともっと休みが欲しいと思っている若者が相当数いる。

「1日8時間も働いたら後は何もできない」と感じているとか。

甘いなあ、という感想を持つ人もいるでしょう。
或いは、このような人の中から世の中を変えるような発想が出てくるのだ、と思う人もいるでしょう。
週に3日しか働かないで高収入を得ている人も現実にはいます。サラリーマンの働き方も「多様化している」ということで良いのでしょうか。

言えることは、

要するに、今の仕事に満足できていない。今の仕事を続けた先に自分を生かせる場がなさそうだと感じている。
一つ考えて欲しいのは、それを求め続けて今40代、50代、あるいは60代になっている人のことです。
時代は違うとはいえ、そのような人の人生を参考にしても良いかと。

そういう発想では時代を切りひらけないのかな。

「満たされない」で思い出してしまうのは、私が大学の謝恩会当日にとった行動のこと。
お世話になった先生方に感謝を表する会が謝恩会ですが、大学の同級生と最後に会えるのもその会だったのです。
「今日を最後に皆にめったに会えなくなる」というその日に、私は何と同級生達にある提案をしたのです。

大半が学校の先生になる同級生達。

彼等に私が提案したこと、それは「月に1回どこかで会おうよ」というもの。
しかも、居酒屋で会ったりするのではなくて、真面目に「勉強会をしよう」というもの。
何と、数人の同級生が同意してくれました。
一人の同級生の自宅を会場にして、1回目は数人集まった記憶があります。社会人が多いわけですから、当然の如く2回目は私と会場主の二人だけ。3回目はお流れ。そして自然消滅となりました。

大学生活が4年もあったのに、私は満たされていなかったのでしょうか。卒業した後で勉強会ですから。在学中に何をやっていたんでしょうね。

そんなことを思い出しました。
プロフィール

齊藤塾塾長 齊藤茂

Author:齊藤塾塾長 齊藤茂
渋川高校卒業後、代々木ゼミナール(教務課)に3年半勤務。4年目の9月より浪人生活を送り、翌年4月に群馬大学教育学部に入学。卒業後、藤岡市、前橋市の大手進学塾にて前高、前女、高高、高女進学コース、附属中クラスなどを担当。平成9年に出身地の東吾妻町矢倉にて齊藤塾を開塾。以来トップ校受験生の指導にあたる。

齊藤塾合格実績・・・前高、前女、高高、高女、高専、渋高、渋女、高経附、佐久長聖中、中央中等、樹徳中、埼玉大、新潟大、群馬大、静岡大、高等工科他

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