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朝食抜きダイエット

数年前に比べて8キロほど痩せた私は、そのダイエット法を質問されることが時々あります。

その方法について記しておきます。

数年前は75キロほど体重がありました。階段を上るのもきつくなり、指が太くなったのも自覚し、なんとかせねばと気にはしていました。ジーパンのウェストは35インチにまでになっていました。(今は29~31インチ程度。)

意を決して始めたダイエット法。
間食と夜食とアルコールを止め、夜に走る、というダイエット法でした。これで、2か月ほどで5キロ痩せました。目標をクリアーしたのでひとまずダイエットはやめて普通の生活に戻しました。このダイエット法は効果ありましたが、やはり「ガマンのダイエット」の感ありでした。

その後1年半ほどで体重も71キロほどに戻り、次のダイエットの必要に迫られました。

次に始めたのが「朝食抜きダイエット」。

一般的に朝食を抜くのは良くないと言われています。私もその説を信じていました。ただ、私達塾業界の人は午後10時以降に仕事が終わり、リラックスタイムとなります。そこで、夜食を食べずに寝るというのは健康的ではありますが、何か物足りない。メリハリがつかない感があります。ガマンすればできないこともないのですが、まあしばらく我慢しても夜食やアルコールが復活したりするのですねえ。

それならばと夜食は摂ることにしました。そこでは自分を甘やかし、許してやってリラックスさせてやる。その代り、朝食は抜く、という方法を取ってみました。以前から、健康診断日などで朝食を抜いた日は体調が良いとい自覚があったので抵抗感はありませんでした。ただ、一般的に言われている「朝食を抜くのは体によくない」「朝食を抜くと返って肥る」という考え方との闘いではありました。

自分の感覚を信じて朝食を抜いてみました。(人生初めての体験でした。)夜食を食べた翌朝は朝食は特に食べなくてもなんとかなります。慣れるまでは飴などで誤魔化しながらの、だましだましのやり方でしたがすぐに結果として現れました。
朝食を抜くことのメリットは、一言でいうと「胃袋が小さくなる」です。最初の数日間は血糖値の低下を飴で補うなどという「誤った」やり方を挟むことになりますが、その後はそれほど苦しくはなくなります。食べないことで胃袋は小さくなり、「あまり食べられない」人に変身してしまいます。

基本的には朝食は抜く。空腹になった11時ころにはちょっと食べてみる、というような方法になります。家族と食事の時間はずれてしまいますが、この方法を取ってからは午前中はあまり食事をとらなくなりました。朝食をとらない生活に対する「罪悪感」から解放されてからは、午前中はほとんど食べなくなりました。食べない方が体調が良いのですよね。(ニンジンジュースなどは飲みます。)そうすると昼食もあまり食べられなくなります。だって、胃袋が小さくなっていますから。夕食は普通にとり、夜食は好きなものを食べます。チョコレートをつまみにしてビールを飲むなどという「ありえない夜食」もとることがあります。それでも痩せます。

先日の健康診断でも腹は出ているとの指摘を受けました。ただ、体重は67キロ~68キロの間を維持しています。75キロあった体重。今は20年前の体重に戻しました。

中年男のダイエット法など興味ないかもしれませんが、もし体重制限でお悩みでしたらお試しください。

ちなみに「朝食抜きダイエット」中の運動はゼロです。勿論、運動はやった方が良いに決まっています。1日5分でも走ればもっと効果的だったでしょう。ウォーキングなどを取り入れたらもっと良かったでしょう。それは分かっています。完璧はなかなか難しいのです。

ただ、運動ゼロ、夜食食べ放題のダイエット法でも痩せるということを言いたかったのです。

多分、「ブックスダイエット」の方法に近いかもしれません。食べないことのストレスを夕食や夜食で解放してしてやる。でも1日のカロリー摂取は抑えるというやり方でしょうか。

中年塾人のダイエット。ご参考までに。

小さな一歩

今日も一言だけ。

受験生には、全く勉強に乗り気がしない日というのがやってくることがあります。
自分なりの計画を推し進めている毎日を過ごしていても、いやそういう毎日だからこそかもしれませんが「全く気乗りがしない日」というものが突然やってくることがあります。そのような日はどうしたら良いか。それでも無理やり計画通りのノルマをこなすべきか否か。

私の考えはこれです。

その日の勉強をゼロにはしない。ほんの小さな一歩でも良いから「少し勉強を前に進めておく」ことで明日からの気持ちの持ちようが変わってきます。気乗りがしない日でも少しだけ前に進む。これです。

気乗りがしない日に、無理やり多くを学習すると、勉強そのものを嫌いになってしまって、後遺症が大きくなる危険性があります。だから、無理はしない。でも、その日の勉強がゼロだったら「自分は弱い人間だ」といように精神的に落ち込んでしまう危険性があります。だから、少しだけやる。その日の予定の1割でも良いから進めておく。これです。

「今日はダメだ。何だか気乗りがしない」そういう日は「その気分に見合っただけはやる」でマイナスを極力少なくする。これで次の日に、そのまま落ち込んでゆくことを防げます。

受験生はデリケートです。通常の精神状態とは異なります。つまり、傷つきやすい。だから、マイナスは最小限にしましょう。


広島県の豪雨災害で亡くなられた方のご冥福をお祈りしたります。
被災された方々に、心からお見舞い申し上げます。

夏期講習の手ごたえ

吾妻地区では今週で夏休みが終わります。

私が塾生のプリントの採点をしながら、大いなる手ごたえを感じられた夏期講習となりました。

今日、実力テストがあっても塾生達は確実に良い点がとれます。それだけの手ごたえがあります。

でも、それだけでは私は不満です。
もっともっと上を目指せる。まだまだ甘いところをつぶせる。

中3塾生は大半が総復習に入っています。ここからテスト当日までが勝負ですね。気合いの入れ方次第では30点位は軽く上乗せできます。前回より、偏差値が上がるのは当たり前のことですが、どのくらい上乗せできるかが問題。最後の詰めにかかっています。「最後の詰めも塾でやる」というのが最近のやり方です。既に同一プリントの3回目、4回目を要求してくる生徒もいます。そう、受験勉強ってそうやるものなのですよ。それに「気づかせる」のは齊藤塾の仕事だと考えています。

中3生と言えども、学校への提出課題あり、体育祭の準備あり、駅伝の練習ありと塾での勉強だけに集中できないのが現状です。その中でも何とか1日6時間の塾での学習を乗り切った中3生。結果が出ないはずがありません。

中1、中2生も実戦問題での感触は良いですね。あと数日、反復学習することで本物の力にして行きます。

中高一貫性、高校生達。今日も長時間集中して学習できました。やはり、休み明けにはテストがあります。気が抜けません。追加プリントの要求、質問等様々でした。

実は、

正直言うと、夕べのテレビ『ペリリュー島』の映像がまだ頭から離れません。

しつこいようですが。しつこく考えるべき問題。

殺さなければ殺される。
でも、何故俺たちはこんな所まで来て戦っているのだ。
国の為、家族の為、そして平和の為?

戦争の悲惨さをいくら強調しても、それだけでは戦争は止められないような気がしてしまいます。
「オマエのその迷いこそが戦争への一歩になっているのだ。諦めるな」
と言ってくる人もいるでしょう。

何も答えられなくなります。

狂気の戦場

日付が変わってしまいました。

NHKの『狂気の戦場ペリリュー』を視ていました。

太平洋戦争でのレイテ島攻略の足掛かりとするために、アメリカ軍はまずペリリュー島の制圧を試みました。米軍精鋭部隊の上陸。3日間で制圧する計画でした。

それが、何と70日に及ぶ泥沼の持久戦。米軍カメラマンが撮ったカラー映像。映画ではなく実際の映像。死体の山。

いつ敵が襲ってくるかわからない状況の中で、精神を病んて行く兵士達。狂乱した仲間の兵士を殺さねば、見つかって部隊全体が危険にさらされると判断し、その味方兵士を殺す米兵。敵前逃亡しようとし、味方に殺されたとみられる日本兵の死体。

殺さなければ殺される。

一人の日本兵と鉢合わせした米兵は、その日本兵の腹めがけて銃弾を撃ち込む。
倒れ込む日本兵の懐から、幼い妹たちと撮ったであろう写真がのぞいていたという。

「私はなんてことをしてしまったのだ」

頭を抱える米兵。

何の為に戦っているのか。
常に戦場で繰り返される自問ですね。

夏休み終了秒読み

吾妻郡内の中学校では22日(金)か25日(月)が二学期の始業式となっています。

ということは、もう夏休み終了への秒読み段階ということですね。中学生には、始業式前後にお決まりの実力テストが実施されます。

「実力テストなんだから、実力で受けさせれば良いんだ」という先生も多いようです。
齊藤塾ではその「実力を付けてから」受験させようとしています。
ずっと前に学習した内容については、皆忘れていますからね。

齊藤塾の夏期講習は復習中心。徹底的に「実力」をつけさせたつもりです。今回のテストでその実力たついたかどうかが試されるわけですね。私の仕事の評価が数字で出てきてしまいます。

中3生については、10月までの実力テストで「説得力のある」結果を出さないと11月の三者面談でびくびくすることになります。だからこそ、今が勝負の時なのです。あと数日の戦いが秋以降の受験勉強の勢いに大いに影響するのです。

二学期が始まれば、体育大会、文化祭、毎週のようにやってくる3連休などに振り回されているうちに11月になってしまいますよ。

吾妻郡の中3生にとっては、今週が「勝負」です。これは強調しておきます。

最近、塾生が帰った後でプリントのチェックをしていて気づいたことがあります。それは、中3生の出来具合に変化が見られたということ。受験生の姿勢の変化が答案に現れているということ。簡単に言ってしまえば、気合いが入ってきたということですね。

同じ間違えをしなくなった。難しい問題にも、様々な方向からアプローチした形跡がみられる。ミスが極端に減った。などなど。一言で言えば受験生らしくなったということです。

人は変わるときは一瞬ですね。

もやもやしていた気持ちから、受験に対して取り組むモードに変わったということです。
「覚悟」が出来たのでしょう。

受験は人を大人にしてくれます。

真夏の水芭蕉



ドクダミの向こうで枯れ始めた水芭蕉の葉です。

さすがにこの写真を見て、水芭蕉だと分かる人は多くはないでしょうね。

昨夜は授業後、外灯の下でセミとクワガタを発見。自宅に連れて帰りました。いずれもメスです。子供達に見せたら早めに外に放してやらないと。お盆を過ぎると、日に日に秋が近付きます。

今夜も外は虫の音。

セミもクワガタもメス達には次の世代を残して欲しい。セミは冬眠できません。

そういえば、「世界の名犬牧場」にも赤とんぼが沢山飛んでいました。
吾妻では稲の穂もだいぶ垂れてきました。

稲刈りも標高の高いところから低いところへと降りて行きますね。

自立型学習塾の形態も標高も低いところへと降りてゆく。
そう私は予想しています。
この予想は当たると思います。特に、個人塾の場合。

そんなわけで、秋の話題からスムーズに(?)塾の話題へと移れました。

夏期講習も終盤になりました。中学生は実戦問題に取り組んでいます。徐々に自信をつけてきているようです。
部活で言えば、ワーク学習は日々の練習、実戦問題は練習試合でしょうか。試合経験を積まないと強くはなれません。予想外の場面に出くわした時にこそその成果が問わるるのですから。

思えば、齊藤塾は7月19日に夏期時間割へと移行しました。気が付けばもう8月16日。もうすぐ1か月なんですね。
毎年思います。じっくり時間をかけて反復すれば皆できるようになる。要するに、普段は「消化不良」になっているのです。それを自分の実力だと勘違いしているとすれば、それは悲しいことですね。理解し反復する時間を十分にとってやる。そうすればできるようになります。時代は「限られた時間で問題を解く」という方向にますます進んでいます。

8月15日

私達が子供の頃とはお盆の捉え方が変わってきているようです。

特別な日ではなくなったのですね。普通の休日、というか。そんな感じのようです。

帰省ラッシュなどというものもまだありますが、以前ほどは道路も混んでいないようです。少なくとも、齊藤塾前の国道を見る限り、昔のようなお盆らしい込み具合ではありませんね。これほどの少子化になれば、おじいちゃん、おばあちゃんに顔を見せに行く人の数自体が減っているのですから。

週休二日が定着して、さらに祝日も増えていますので、お休みのありがたみそのものがなくなってきているのでしょうか。

さて、今日は朝から多くの塾生が通塾してきました。私としてもお盆に「営業」している後ろめたさのようなものもあまりなくなってきていますね。実力テスト直前の大切な1日、という捉え方になっています。
中3に加えて、中1、中2も今日から実践問題に取り掛かかっています。スムーズに解いている生徒が多いので、私としては夏期講習の手ごたえを感じられて気分の良い1日でした。まだまだ、安心はできませんが。
長かった夏休みの学習のまとめ段階で見通しが立つというのは本当に嬉しいものです。

受験モードへの気持ちの切り替えができる時は突然やって来ます。今年もそういう生徒がいました。モードが変わると私の指導の吸収度が全く変わってきます。こうなれば、通塾すればするほどできるようになります。多少の浮き沈みがあっても、心配はいりませんね。


終戦の日です。


ある動物学者が言ってました。

人間は自分の縄張りを守っているだけでは安心できない動物だ。だから、必要以上に他人の縄張りにまで乗り出してゆく。そうしないと安心できないから。ところが自分の縄張りを侵害された方は、当然黙ってはいない。「防衛」し、そして同じような攻められ方を二度としないように必要以上に相手の縄張りを侵害して「防衛」を強化する。

両者とも、この繰り返しをしている。

そうかもしれませんね。人間は想像力が豊かですから。

相手よりも強い軍備を持たないと安心できない。そして、相手も同じことを思っている。

大きなうねりの中で後戻りできなくなったら怖いですよね。
各自がその時点、その時点での最適解を選んで行動した。その結果は後戻りできない戦争だった、などということにならないように願っています。

民間レベルでの交流が盛んな国どうしだから戦争などない、という考えは安易だと思っています。

休塾日



今日は塾はお休み。

私は家族と群馬フラワーパークで遊んできました。

その前に渋川市北橘の郷土資料館で縄文土器、弥生土器、石器等の本物を見学。はやり、実物は迫力がありますね。

フラワーパークでは子供達はアスレチックやスライダーに繰り返し挑戦。それだけで時間切れとなり、迷路や室内展示は次回に持ち越しとなりました。

最後には、「世界の名犬牧場」で子供達は犬の散歩体験。ワンちゃんは暑さの為か疲れ気味でしたが、子供達は帰りの車の中で口を揃えて「犬を飼いたい」を連呼。さてどうしましょう。

夜はお決まりの花火大会へ。

早めに切り上げましたが、帰路の車に乗り込むなり子供達は即熟睡でしたね。

お盆に思う

盆踊りは一遍上人の踊念仏がもとだと聞いたことがある。授業中にそんな話をしたこともあったが、どうも盆踊りの起源はもっと遥かに古いらしい。ちょっと辞書で調べただけでも、「仏教伝来後には」盆の行事となったとある。ということは、仏教伝来以前から盆踊りの原型のような形の踊りがあったということだ。

仏教が先ではなくて、盆踊りが先。もともと日本に古来からあった踊りが、仏教伝来後に仏教の風習の一部として取り込まれたということ。

このようなことが多いからややこしい。
私達が仏教らしい仏教だと思っている宗派のうち、そのいくつかは本来中国土着の宗教から発したものだったりするようだ。

昔から信じられてきたことでも、実は事実と異なることって意外と多い。

先日もテレビで、マグロは時速70キロで泳ぐと信じられてきたが、実はせいぜい時速30キロくらいだという研修者の成果が紹介されていた。そういえば、クジラはプランクトンを食べているというのも事実とは異なるようだ。一昨日あたりのテレビでやっていたが、イワシクジラはガバガバとイワシを大群ごと呑み込んでいた。

さて、盆踊り。

日本の盆踊りは西洋の踊りと違って、男女が手を取り合ったりしない。そんなことを昔の人が言っていたのを思い出した。

そもそも、盆踊りの原型となった昔の踊り。仏教伝来前からあるという踊り。これは、死者と今生きている人が一緒になって踊るというものだったようだ。盆の時期だけは、死者が降りてきて我々と一緒になって踊る。そういうものだったようだ。

死者と踊るのだから手を取り合うわけにはゆかない。

死者と生者が一緒に踊る。たぶん、それが不自然ではなかったのだろう。盆の時にはそれは普通のこと。そんな時代があった。仏教伝来ずっと前のことなのだが。

その頃は生と死との距離がもっと近かったのだろう。

隣り合わせ。

もっと言えば、生と死とはなだらかにつながっていた。そんな気がする。

生と死とが対立概念ではなかった。その頃の死生観は現代のそれをは全く異なるものだったろう。
死が身近にある感覚。忌み嫌って避けるものではなく、静かに「受け入れる」ものだったのかもしれない。

なだらかにつながる生と死。

お盆。

先祖とゆっくり会話でもしようか。

29年前、私は藤岡市にいた。

29年前の8月12日。私は藤岡市にいた。

8月11日は日航機が消息を絶ち、行方不明だというニュースを聞きながら床に就いた。

そして、12日。

早朝から迷彩色の自衛隊の車両が、藤岡市内をあわただしく行き交う。

「もしや」

それは的中した。

日航機が墜落した上野村の最寄の都市は藤岡市。
(最寄と言っても車で1時間以上かかる。)

藤岡市内各中学校の体育館は臨時の遺体安置所となった。
大型の装置で体育館全体を冷房していた。

次々に収容されてくる遺体は一旦体育館に安置された。

体育館での部活は一時中止。

藤岡市内にはそれまではめったに見なかったハイヤーという車が行き交った。
「日航」のプレートを立てたハイヤー。

わずかな生存者は一旦藤岡市内の病院に入院。

病院前にたむろする若者達。
ワードショーの取材カメラに映りたくて、しつこく位置を変え、ピースサインでアピール。

事故直前に相次いで発刊した写真週刊誌に掲載される悲惨な現場写真。

そして、1日中鳴り響くヘリコプターの音。
自衛隊、警察、報道各社のヘリコプター。

とりわけ暑く、そして長い夏だった。


数年後。私は一人で墜落現場の「御巣鷹の尾根」に登った。

4月29日。上野村の手前に車を置き、そこから自転車で「尾根」の駐車場まで登った。
それから上は、それまでには整備されていた登山道を徒歩で登る。
登る途中、GWを利用して慰霊登山に来ていた遺族とすれ違い、挨拶を交わす。
遺族ではない私がそこにいることが、何故か申し訳なく思えてしまう。
遺族だけの神聖な場所のように思えて。

30分ほど山道を登り、やっと墜落現場へ着いた。
遺体が発見されたところに、一つ一つ立っている白い墓標。
数本が固まって立っていたり、ポツリと一つだけ立っていたり。

一本一本にはそこで亡くなった人の名前が書いてある。
「尾根」と名付けられたが、実際は「急斜面」だ。ものすごい急斜面。ちゃんと立っていられないほどの急斜面。一か所だけ、慰霊碑を立てたところだけにわずかに平らな所があるだけ。

日航機は山に堕ちたのだ。

暗くなってきたので慌てて下山を始めた。薄暗い登山道をたったひとりで下ってきた。

あれ以来、上野村へは行ってない。

上野村。
私が子供の頃の吾妻の風景そっくりの景色が残っている村だった。
今はすっかり変わってしまったことだろう。

520人の魂よ。安らかにお眠りください。

あの歴史的大事故以来、日本では大きな航空機事故は起きていない。
大きすぎる犠牲だったが、教訓として空の安全に生かされている。

お盆になる。






プロフィール

齊藤塾塾長 齊藤茂

Author:齊藤塾塾長 齊藤茂
渋川高校卒業後、代々木ゼミナール(教務課)に3年半勤務。4年目の9月より浪人生活を送り、翌年4月に群馬大学教育学部に入学。卒業後、藤岡市、前橋市の大手進学塾にて前高、前女、高高、高女進学コース、附属中クラスなどを担当。平成9年に出身地の東吾妻町矢倉にて齊藤塾を開塾。以来トップ校受験生の指導にあたる。

齊藤塾合格実績・・・前高、前女、高高、高女、高専、渋高、渋女、高経附、佐久長聖中、中央中等、樹徳中、埼玉大、新潟大、群馬大、静岡大、高等工科他

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