吾妻川



同じ橋を様々な角度で撮ってもしょうがないのですが。

齊藤塾のホームページにある写真と同じ場所から撮ってみました。数年経つとこのように景色が変わるということですね。一見渓谷風ですが、まだここは吾妻渓谷ではありません。ラフティングでちょっと有名になった地点だとのことです。

私が子供の頃、吾妻川の石ころは皆茶色でした。酸性度が強過ぎて魚が棲まない「死の川」でした。中学校の写生大会で茶色い石を沢山描いた記憶があります。その後、中和したおかげで徐々に魚が棲むようになり、一時アユ釣りで有名になったこともあるようです。今はダム工事関係の泥水が流れ込むからでしょうか、釣り客はあまり見かけなくなりました。

明日から8月。

気がつけば、夏休みも残り3週間余りとなりました。早いですねえ。22日が始業式の学校もありますので。一部の私立ではもっと早いのかな。夏休みは短くなる傾向にありますね。

「脱ゆとり」ですからね。「ゆとり教育」の十分な検証もせずに今度は脱ゆとり。こういう時代ですから、沢山勉強することは良いことです。でも、なんだかすっきりしませんよね。反省も検証もせずに、「今度は脱ゆとりになりました」ですから。

造形美



八ツ場ダムが完成すれば湖面を見下ろす橋になるのでしょうか。

それにしても、ダム建設に伴って沢山の新しい橋が架けられましたが、デザインを競いあっているように見えます。吊り橋が多いからそう感じるのかな。

さて、

今日も言いたいことはひとつだけです。
それも、いつもと同じ。

「手を動かそう」

それだけです。人間は手を使うことで脳が発達してきたようです。幼児はいつでも手を使って何かやっていますよね。白い紙と鉛筆を渡せばいつの間にか何かを描いている。

数学の計算を全て暗算でやることをポリシーとしているような生徒に教えたことがあります。暗算が良くできる生徒でしたが、時々間違う。プラス、マイナスや分数、小数まで出てくる計算で暗算することにどんな意味があるのか。

図形の証明問題。等しい角や辺について図に書き込みをしない。それで証明を完成させるのだから大したものですが、それでも時々間違う。
頭の中で考えるには限界があるから紙の上で考える練習をしているのに。
天から舞い降りてきた証明を書き写すかのように、図には手をつけずに綺麗に証明をかく。そんな生徒に教えたことがあります。

彼等のこだわりはどこから来たのか。

低学年での「成功体験」が足をひっぱっていなければ良いのですが。

手を動かすこと。そうすれば、思いめぐらすことが自然とできます。思いめぐらすことの楽しさを幼児期の早い段階で沢山味わって欲しいと願います。それには紙と鉛筆。キーボードやタッチパネルではない、と私は思っています。



さて、今日も夏期講習でした。

今年の塾生は例年以上に真面目な生徒が多く、勉強が予定以上にはかどっています。齊藤塾の夏期講習。復讐中心、実戦問題中心の形に変えてから毎年確実に結果が出ていますが、今年はさらに手ごたえを感じています。でも、まだ7月なんですよね。1か月後が楽しみです。

生徒は大変ですよね。特に受験生は「生活の中心が齊藤塾」というような形になっていますから。目標があるから頑張れるのです。この調子であと1か月弱頑張れば、もう勝ったようなものですよ。本当です。齊藤塾の先輩達もそうやって目標を達成してきました。

北アルプス



涼しげな写真にしました。

5月19日の北アルプスです。

写真がぼけてますか。
佐久長聖中の塾対象説明会に向かう途中、運転席から撮ったものです。
この景色を眺めながらの中学校生活。良いかもしれません。

人生観が変わるような気がします。盆地って心が落ち着けますね。

以前、善光寺参りをしたときには桃の花が満開でした。桃源郷。
寒い土地なのに長寿県だそうです。訪ねてみると心から納得しますよ。
長野は好きです。

箱根駅伝選手大量輩出と東大理Ⅲ現役合格で有名になった佐久長聖高校ですが、今年は甲子園出場を決めたようです。

おめでとうございます。

真っ白な北アルプスを眺めながら、冬に走り込んだのでしょうか。



今日は中体連県大会でしたね。
通塾した生徒は夏期講習の小さな一歩を積み重ねました。

線路も引かれたようです。



橋の下には吾妻川が流れています。

八ツ場ダム建設に伴い、吾妻線が付け替えられています。岩島駅を超えるとすぐに新ルートへ。
そして、すぐにこの橋で吾妻川を渡ることになります。

次にトンネルへ。

写真右下の金網のようなものが見えている所がトンネルの入口です。写真はトンネルの上から撮ったことになるのでしょうか。この橋は新名所になるのかな。

10月頃に開通と聞きました。そういえば、もう線路が引かれているように見えます。



さて、今日は一言だけ。

でも、大切なこと。

どんな教科の学習においても手を使って図を描くと思考は必ず前に進みます。数学などはもちろんのことですが、他の教科でも同じ。数字や文字だけを追いかけていてもなかなか前に進みません。「手を動かしてみる」ことで問題の見え方が変わってくるのです。「描いたつもり」ではダメです。実際に描いてみる。

そのような習慣のない塾生には、図を描いてみようというアドバイスしています。さて塾生はどんな図を描き始めるか。興味深いものです。

幼児期に手を使って沢山遊んだ人は、自然に絵が描けているような気がします。

どうでしょうか。



今日も、夏期講習。

特に中3生はすでにしみじみと振り返ることができるくらいの分量をこなしてきました。表現が漠然としすぎていますかね。

毎年思います。「量は質を変える」は真実だと。

世の中安易な発想が多すぎます。

「〇〇しただけで〇〇する」系の話。

物事の因果関係ってそんなに単純じゃありません。そんなことはちょっと考えればわかること。

のたうちまわって苦しんで初めて見えてくるものの方が多い。そして、それは本物です。自分で搾りだすんですよ。
今までさぼっていた受験生ほど、どこかに楽な道があるのでは、と検索しまくります。それが遠回りなんだってどうして気づかないのか。

「やる気スイッチ」も同じ。安易な発想です。本人が苦しまないと、そのスイッチも見えて来ないのです。

こんにゃく畑




こんにゃく畑ですね。

最近ではこの土地でもあまり見かけなくなりました。私が子供の頃は見慣れた光景だったのですが。

マダラ模様の茎に緑の葉っぱです。大きいものでは1メートルくらいの丈になります。この畑では60センチくらいのものが多かったかな。同じサイズのこんにゃく玉を植えるので、背丈が揃います。秋には直径20センチ以上のこんにゃく玉が収穫できるでしょうね。それと親玉の周りに沢山できている小さなキゴ(子供)も。

戦後に合成繊維が広まるまで、この土地は良質の麻の産地として有名でした。天皇に献上していたとか。

急速に麻の需要がなくなり、さて何を栽培して生きてゆこうかと皆思案している中で、こんにゃく栽培を提案したのは齊藤塾から二つ隣のTさんでした。
こんにゃくは痩せた土地でも栽培でき、手がかからない。山間の土地。日照時間と土のバランスがこんにゃくに向いているとのことでした。農協の指導もあり、こぞって皆こんにゃく栽培の乗り出しました。繭とこんにゃく。この二つの特産物のお蔭で高校まで出させてもらった私の同級生がどのくらいいたことか。もちろん私も。

肥料も農薬もいらないこんにゃく栽培だったはず。なんてことはない、すぐに連作障害が発生し葉っぱの消毒、肥料、果ては土の消毒にまで至ったのです。土に強烈な殺菌剤を注入し、畑の全面をビニルシートで覆う。殺菌剤が逃げないようにするためです。春には多くの畑がビニールで覆われ、日の光を反射していました。私の目には異様に映りました。作業中に気化した農薬を吸い込み、畑で人が倒れる事故まで発生しました。

前年まではやらなくても良かった作業、新しい作業が毎年増えました。危険も伴う作業。それでも他に収入の道を知らない農家は農業指導者の言うがままに新しい道具や農薬を付け足してゆきました。

それでも恵まれていたのだと言われたことがあります。政治家さんの尽力がなければ、とっくに中国産の安いものが出回っていてはずだったのだと。そうなのかもしれません。
群馬では下仁田産のこんにゃくが有名。ブランドですからね。当時、うちの近所で採れた最高級品は下仁田ブランドで売られていたそうです。これは秘密かな。下仁田産に負けない品質だったということですね。皆、必死に栽培を研究したのでしょうか。農家も指導者も。私は何も知らずに育ちましたが。

秋になると、葉っぱは茶色に枯れて溶けるような感じになります。葉っぱがよれよれになって地べたに張り付いた頃、トラクターでの収穫となります。

少し泥がついているくらいでも出荷できることが、こんにゃく栽培のメリットと言ってもよいでしょう。

自家製のこんにゃくは味が染みてそれは美味しいものです。おでんになって売られているものなどは表面に張りがありすぎますね。個人的感想ですが。

子供の頃、不思議に思っていたこと。
「こんなに沢山のこんにゃくを、いったい誰が食べるのだろう」



今、畑に人がいなくなりました。
こんにゃく栽培がすたれたというより、もう栽培する人がいないのです。



今日も夏期講習。小さな一歩を確実に進めました。まだ、夏期講習が始まって1週間ちょっとですが、だいぶ進みました。噂によると、まだ中3の夏期講習が始まっていない塾もあるとか。部活の県大会が終わってからということでしょうか。自立型学習塾では個別に進められますから、どんどん前に進みます。実戦問題のストックはまだまだありますし。

今日は遠方の方からお問い合わせを頂きました。有難いことです。

未来予測

未来予測は誰にもできない。

逆に過去については誰の目にも明らか。
未来については誰にもわからず、過去については誰にもわかる。

だから、多くの人は結果を見てから、その結果に至るストーリーを語る。何故その結果に至ったかを「語る」。緻密なストーリー。完璧な論理立て。
サッカーの一点。どの選手が起点となって、誰にパスし、その時誰と誰が走り込んで、誰がおとりになって・・・・

結果が出てからは皆が語り出す。

皆、ストーリーが大好き。人間は物語好き。でも、それは過去についての物語。
結果が分かっていることの途中を埋める作業。

人が一番知りたいのは未来予測。ああ、この矛盾。

「過去の歴史に学ぼう」と人は言う。本当に学んでいるんだろうか。過去についてのストーリーから何かを学んでいるのだとすれば、その学習効果はいかなるものなのか。

まだ足りない、まだ足りないと過去から学び続け、知識を増やしているうちにチャンスを逸する。
本当にパワーのある人はいつまでもそんなことをしていない。

そして、自ら動き出す。

自ら「未来を創る」人になる。

結果を出した彼を見て、周りの人はまたストーリーを一つ増やすだけなのだろうか。


今日も暑かった。
塾生達は小さな一歩を積み重ねた。
その後、夏祭りに繰り出した塾生もいたようだ。

自立型学習塾

様々な塾で自立型指導を併用し始めていると聞く。

齊藤塾では10年ほど前から徐々に自立型を取り入れ、試行錯誤を繰り返して今の形がある。
当時、「自立型」を標榜していた塾は全国でもまれだったかと思う。
それが急速に広まり、大手塾も参入(?)し出した。

最近では、一斉指導塾でありながら、個別指導的要素も加味する意図からか「自立型併用型」とでも言おうか、そんな形の塾が増えつつあるように感じる。

特に個人塾はフットワーク軽く新しい指導法を導入できるので、その点は面白いかと思う。

どうも、良い授業をすれば評価されるという時代は終わったようだ。塾生の生活面まで含めて、指導し「結果を出す」ということが求められているのかもしれない。私の考えについては今までに沢山書いてきた。これからも書く。

一時流行ったのが、ネットを利用して家庭学習を「管理」するというもの。パソコンやタブレットなどで学習させて、進捗を塾が逐一チェックし管理する。これならさすがにさぼれないだろう、ということか。今も流行っていますか。失礼。

ゲーム機で学習する、というのも流行った。今も流行っていますか? だとしたら、失礼。

PC画面で学習しているのを、後ろから講師がチェックしつつ質問を受ける、というのも流行ったかな。今も流行っていますか?これも失礼。
多読教材などは速度を自由に変えられたりして。

有名講師の授業を細切れにして受講し、プリントか何かで問題を解くというのも流行っていますか。

莫大な投資をして新しいシステムを開発してくださっている教材会社さんには敬意を表します。企業の方々は挑戦の連続ですよね。今後も期待しています。


齊藤塾の一つの到達点。

それは、なんとプリントの問題を鉛筆を走らせて解いて、塾長がチェクし、間違ったらヒントをもらってまた考える、という形。なんともクラッシックな。紙と鉛筆だけ。自分のペースで考えられるのが良い点。

結果が確実に出せるやり方。自分で考える時間を十分に取るというやり方。「適当に流す」という逃げができないやり方。苦しんで「自分で」考えるから本物の力になる。




いつの間にかまたCMブログになりました。失礼。今日は暑かったですね。エアコンの効いた教室で目いっぱいプリントを進めました。おっと、今気づきました。まだ、夏期講習時間割になって一週間しか経っていないんですね。ということは、今年は例年以上に楽しみです。

受験生の親

受験生の親ほど苦しいものはない。

子供の勉強について、自分ではどうすることもできないから。

だから、

我慢できずに一言多くなってしまう。

一言なら良いが、二言、三言、四言・・・



受験生本人ほどデリケートなものはない。

人生始めての経験。志望校と現在の実力とのギャップ。残された時間の少なさ。

追い詰められているからこそ、人の言葉に必要以上に敏感になっている。

特に、親の一言に。

親も子も、お互いに相手を変えることはできない。
変えることができるのは自分だけ。自分の行為は自分の意思で動かせる。

何とかして「相手の方を」変えようとするから難しくなる。

親を子を、子は親を。



受験生には、親の一言は剣のように突き刺さる。

キャメル

好きなバンドは?

と聞かれたら、即座に「キャメル」と答える。
相手の賛同を得ないことは承知だ。それどころか「それってどこの国のバンド?」とか「ロックバンドなの?」など次の会話に発展しないことも承知だ。相手がきょとんとして会話が止まる。とりあえず私は自らの趣味についてちょっとだけ言及して、早々に次の話題に移ろうとする。相手もそれ以上聞きたいとは思っていない。

キャメル。

イギリスのロックバンド。1970年代から1980年初頭あたりまで活躍した。といっても一番売れた曲でもチャート20位くらい。ほとんどがエレキギターソロを聞かせるインストルメンタル。ボーカルは一時流行した(?)下手ウマ系。ピンクフロイドからメッセージ性をこしだした感じといったら分かるだろうか。音だけを蒸留して抽出し、メッセージは置いてくる。

予備校職員時代。給料日には必ず輸入レコード店に寄ってから帰った。そしてキャメルの輸入盤を1枚だけ買う。1400円程度。自分へのご褒美だった。

その後、受験勉強している傍らでいつも流れていたのがキャメル。
勉強中は必ずキャメル。アルバム何枚分流してもほとんど記憶に残らない。
でも流れている。ラクにラクに。

大学時代は貸しレコード店全盛の時代。
テープに録音して流した。

社会人となり、そして今。
ダウンロードの時代になってもキャメルを聴いている。

まさか、こんなに長い付き合いとなろうとは。

今も流れている。全く邪魔にならないロック。インストルメンタルロック。
毒を抜いたピンクフロイド。



今日も生徒は午後に集中した。夏期講習5日目。
午前中は部活、補習、送迎の都合などで通塾は難しいようだ。
自由通塾の学習塾。


ちょっと疲れた。だから今日はキャメル。

私がとった点じゃない!

ある進学高校1年最初の中間テスト。
数学で95点を取った塾生がいた。
クラスで1番。

成績を見てはしゃぐ母親に彼女は言った。

「これは私が取った点じゃない」

「え? だってあなたが受けたテストでしょう?」
「これは齊藤先生が私に取らせた点。私が自分で取った点じゃない」

齊藤塾では高校入試が終わった直後から、中3生対象に無料の高校入学準備講座を開いている。特に数学はこの準備講座と春期講習でかなりの先取り学習ができる。高校生活は高1のゴールデンウィークまでが勝負。学校の授業が本格始動する前のスタートダッシュが肝心だ。だから、齊藤塾では高校入試直後から高1の1学期の学習内容に切り替えて先取り学習を行っている。入試が終わり、中学校も卒業して十分に時間がとれるし、塾のペースで指導できる貴重な時間なのだ。

だから、この塾生に対しても同じようにガンガン指導した。やや数学を苦手にしてはいた塾生だったが。高1最初の単元では因数分解が山場。ここに十分に時間をかければ数学を苦手としている彼女にも高得点を取らせる自信があった。そして、毎年そのようにして来ていた。だから、最初の中間テストでは皆当たりまえのように高得点を取った。それだけ十分に時間をかけているのだから当然だ。高校の授業よりもゆっくりとスモールステップで、反復を繰り返した。

そのために手作りプリントを何度もつくりかえ、かなりの自信作になってきていた。量は問題集数冊分になっていた。

そしてそれだけの練習をこなし。彼女も予定通りに結果を出した。クラスで1番。

ところが、結果が出ているのに彼女は全く満足していなかった。真面目な塾生だから、私の言う通りにプリントに取り組み、反復し、少しずつではあるが自分のものにしていった。だれもが落とす因数分解の問題でも確実に得点した。それなのに。

これには私も大いに反省した。

真面目な塾生は私の指導の通りについてきてくれて頑張る。つらくても、長時間の学習にも耐え、言われた通りに問題が解けるようになる。だから、得点できる。

でも、それだけではダメなのだ。

自分で取った得点なのにその実感がない。塾に取らせてもらった得点だと思っているうちは嬉しさもあまりない。言われた通りやっただけの学習では、いかに高得点でも不満が残るのだ。自分で悩み、考え、工夫してこそ勉強は楽しい。スモールステップで「教えすぎ、リードしすぎる」とその喜びを奪いかねない。

塾長の言いなりにやって取った95点よりも、自分なりに工夫して積み上げた90点の方が嬉しい。そして、自信になる。長い目で見ればその方が力がつく。言うまでもなく、勉強は自分から進んでやらなければ力がつかないのだ。

それ以来、私の指導法は変わった。一人一人学習方法は異なる。向き不向きもある。だから、細かいことに口出しはしない。大まかに目標設定はする。受験という大仕事に立ち向かうのだから無計画ではダメだ。しかし、細かい部分については生徒に任せ、到達だけをしっかりと見守る。苦しんでいる塾生にはヒントのレベルを調整しながら、なんとか「自分の力で」到達させる。あくまで、自分の足で頂上に登り詰めたという「実感」が伴うような指導。学ぶ喜びを奪わない指導。自分てすごいかも、という感動を味わわせるサポートをする指導。

言うまでもなく、これは簡単なことではない。ただ、どこまでいっても塾生自身が主体。私は立ち位置を微妙に変えながらの指導を心掛ける。

一般的な塾ではグイグイと引っ張り上げる塾長が主流かと思う。
私は異色だろう。たぶん。

でも塾生の結果には自信がある。


1学期の通知表。
今日も2名の塾生が完璧な通知表を持ってきてくれた。

これで、主要教科全て5(あるいはA)評定の塾生は8名となった。
この数は齊藤塾新記録。今までの7名という記録を抜いた。

記録はまだ伸びるかもしれない。

自立型学習塾。まだまだ認知の途上にある指導法だ。
誤解されかねないやり方だ。だが、結果が出る以上このやり方を変えるつもりはない。




プロフィール

齊藤塾塾長 齊藤茂

Author:齊藤塾塾長 齊藤茂
渋川高校卒業後、代々木ゼミナール(教務課)に3年半勤務。4年目の9月より浪人生活を送り、翌年4月に群馬大学教育学部に入学。卒業後、藤岡市、前橋市の大手進学塾にて前高、前女、高高、高女進学コース、附属中クラスなどを担当。平成9年に出身地の東吾妻町矢倉にて齊藤塾を開塾。以来トップ校受験生の指導にあたる。

齊藤塾合格実績・・・前高、前女、高高、高女、高専、渋高、渋女、高経附、佐久長聖中、中央中等、樹徳中、埼玉大、新潟大、群馬大、静岡大、高等工科他

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