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「選択」しているだけ

ある本を読むとする。

その本を読んでいる時間は他のことはできない。
他の本を読むこともできない。
ある本を読むということは、その本を読まなければできたであろうことをやらずに読んでいることになる。その本を読まなければ読めたであろう他の本との出会いを捨てて読んでいる、ともいえる。

要するに「選択」しているだけなのだ。

このブログをお読みいただいているということは、他のことができたであろう時間をあえてこのブログを読む時間にあててくださっているということになる。感謝。

ある習い事を始める。その習い事をやらなければ別のことができたであろう時間をその習い事に振り向けていることになる。その自覚があろうとなかろうと「選択」をしていることになる。これは事実。

齊藤塾に入塾する。それは、入塾しなければ使えたであろう多くの時間を塾での学習に振り向けることになる。生活全体が一変する。だから覚悟が要る。他のことができる時間をあえて塾での学習に振り向ける。だから、つらい学習に結果が伴わねばやる意味がない。覚悟をもって「選択」してことの意味が伴わねば。日々考えていること。

これは足し算ではない。選択だ。何かを得るということは、ほかの何かを捨てている。あまり自覚がないだけ。1日が24時間であることになんら変わりはない。

子供は日々目に見えないところで成長している。そのようにできている。自然な成長を阻害せずに伸ばすことが私達の仕事になる。

今日もお問い合わせを頂きました。感謝いたします。

ご期待に応えられる仕事をしてゆきます。

学力低下と言うけれど

学力低下は本当か。

盛んに言われている学力低下。これは事実でしょうか。

残念ながら事実です。長年塾をやってきた私の実感でもあります。生徒達はそんなことを言われても困るでしょうが。道具はどんどん発達し、学習する意欲さえあれば何でも揃う環境であるのに、何故学力が低下するのか。私は、自信を持って答えられる答えを持っていません。

某予備校が長年に渡り、入学者に同一レベルの問題を解かせて統計を取っています。そして衝撃的な事実を発表しています。

「毎年偏差値が1ずつ下がっている」

本当なんでしょうか。言葉をそのまま信じれば20年で偏差値は20も下がる計算になります。それほどのことはないでしょう。この場合の「偏差値」という言葉は統計的な意味での偏差値ではないのかもしれませんね。まあ、分かりやすく言えば客観的学力という意味でしょうか。

この調査と私の感覚を合わせると、結論的なことが言えます。

それは、

当たり前のことができるだけで頭一つ出る。

教科書レベルのこと。ワークの「標準問題」レベルのことが一通りできるだけで上位に食い込めるということです。
今日、初めて私のブログをお読みの方もいらっしゃると思いますので、齊藤塾の塾生のことをちょっと書きます。
近年、齊藤塾の合格実績については自慢できるレベルかと思います。しかし、トップ校合格lの為の秘密があるのかと言えばそれは違います。秘密がないのが秘密です。言い換えれば、普通のことを徹底的に詰めること。「凡事徹底」でしょうか。しっかり考えれば解ける問題を、まさにしっかり考えてきちんと解くこと。この積み重ねで確実に偏差値は上昇します。偏差値で15も上がった生徒もいますが、普通3~5も上がれば世界が変わります。齊藤塾では偏差値を確実に上げるということを、実戦問題で鍛えることで実現しているだけなのです。
偏差値は他の受験生との比較で決まります。ということは、他の受験生が普通のことを普通にクリアーすることに失敗しているということを意味します。詰めが甘いというか。

詰めるべき部分を詰めるとどうなるか。
業者実施の模擬テストで志望校順位が出ます。齊藤塾の塾生はトップ校で一桁順位をよく出してくれます、今年もすでに。前女、渋高、渋女受験生が一桁順位を出してくれています。近年では高高、前高、高専でも出しています。それも複数人数。塾生達は頑張ってくれていますが、まだまだ私に言わせれば「詰めが甘い」。それでもすでに一桁順位。これは、どう理解したらよいのでしょうか。普通のことをしっかり詰めるだけて上位に行ける。他の受験生は意外と詰めが甘い。

何故詰めが甘くなるのか。何故、毎年学力が低下し続けているのか。本当の理由はわかりません。ただ、何となく感じるのは子供達の生活が不規則になっていて、落ち着いて勉強したり、読書したりする時間が確保できていないのかなあということです。だとしたら残念です。そして、深刻です。

私はゲームについては否定的な立場です。多忙な小学生については同情しています。

今日、一部の地域にチラシを折り込みました。私のブログの他のページもお読み頂ければ嬉しく思います。かなり過激なことも書いていますが、まあ本心です。一般的な教育関係者の方のご意見とも違うでしょう。また、保護者の皆さんの姿勢にも厳しい指摘をさせてもらっています。「変わった塾長」かもしれません。でも、私が他の塾長と同じなら私の存在価値はありません。今後も思索を続け、本心を書き続けます。

今日は、期末テスト後の生徒の「反省文」と保護者の「意見欄」について一言書こうかと思いましたが、後日にします。

齊藤塾の夏期講習は19日からです。塾生の募集人数はほんの少しだけです。私のキャパを超えないようにしていますので。

本気と強気

「いよいよ本人が本気で前橋高校を目指そうと言う気持ちになりまして。それならばこの塾だということで・・・」

毎年、入塾面接でこのようなことを言って下さる保護者がいる。

本気でトップ校(前高、前女、高高、高女、高専)を目指す気持ちになった時に最初に思い出していただける塾であることに感謝。
何よりも、自分との戦いに勝利してトップ校に合格してくれた教え子達に一番感謝せねば。

チラシに「〇〇高校3名合格」などと書くと、数字になってしまうので一人一人のドラマが見えなくなるのが残念だ。何度も志望校を変更しようかと揺れ動いた生徒。なかなか模試の結果が安定せず、浮き沈みを繰り返した生徒。入試直前に家族の不幸に見舞われた生徒、などなど。
今年の高専入試の前日には大雪が降った。前日、吾妻から12時間かけて前橋のホテルにたどりついた生徒もいた。
そんな一つ一つのドラマの積み重ねがあの合格実績の数字となっている。楽々受かった人など一人もいない。毎年のことだが、11月頃からはお母さんの悲鳴にも似たメールを受け取ることが多くなる。ご家族も一緒につらい受験を戦っている。

ドラマのない受験なんてない。ドラマのない人生なんてないのと同じ。

何の山場もないドラマに見る価値がないのと同じで、何の苦しみも試練もない受験勉強などやる価値はない。苦しいから受験勉強なのだ。大きな試練を乗り越えるからこそ強くなれるのだ。

日本の敗退が決まったワールドカップのコロンビア戦での一枚の写真が印象的だ。後半残り10分時点で3点目を取られた直後に座り込んでしまった本田選手。そのユニホームを引っ張って声をかけるキャプテンの長谷部選手。「まだ10分あるじゃないか」と。いつもなら本田選手の方が周りに声をかけるのだが。この4年間、このワールドカップに焦点を当ててきた本田選手。ブラジルワールドカップに人生をかけてきた本田選手。残り時間10分で3点目を取られて、もう終わったと悟って気持ちが切れてしまったのだろうか。
いつも強気の本田選手らしくない写真だ。本田選手も普通の人だった。あの強気強気の発言も姿勢も、つねに自分に言い聞かせて自分自身を支えてきたことで出来上がったものだったのだ。生まれ持った強気などではなかったのだ。自分で自分を支え続けることで日本代表や海外での活躍をしてきたのだ。肩を落とす、らしくない本田選手の写真を見てますます本田選手が好きになった人も多かったのではないだろうか。自分で自分を必死に支えて、必死に言い聞かせているからあの強気の本田選手が出来上がる。気持ちの勝利。もっと強くなった本田選手が期待できそうだ。

明日、一部の地域で齊藤塾のチラシを折り込みます。
本気になった人。強気に自分を支え続けたい人。自分でドラマを演じたい人、問い合わせをお待ちしています。

子供を叱っているときの立ち位置

例えば、親が子供を叱る時のこと。

この時の親の立ち位置について考えてみたい。

親は、少なくとも子供を叱っているその時だけは、子供を叱る資格があるという前提に立っている。本当にその資格があるかどうかは置いておくとして、そういう前提に立たないと叱れないから。自分の不完全さと対峙しながら、同時に子供の不完全さを直そうという姿勢は取れない。親としての責任ある言葉で、場合によっては迫力ある言葉で叱れなくなってしまう。だから叱る時は、ちゃんとしている親として責任もって厳しい言葉で子供の振る舞いの修正を迫る。



今日話題にしたいのは、この叱るという行為の間だけは、親は少なくとも「完全」な自分を体験できてしまうという厄介な問題について。
親である自分は今ちゃんとしていて、あるいはちゃんとした子供時代を過ごしてきた。だから、子供を叱る資格があるのだという前提での行為が体験できてしまう。

幻想でも思い込みでもよい。子供を叱っている時だけ体験できる自らの「完全性」。これってやばくないですか。自らの不完全性に満たされない思いを常に抱いていて、もう少し何とかしたいと思っている親がいる。そこに、自分よりも明らかに不完全レベルの高い自らの子供が現れる。そして、自分自身は親であるから、不完全な部分は叱って修正させるべき「立場」にいる。叱らなければならない立場ともいえる。

叱るべき立場にいるからこそ叱る。「お母さんだって、あんたにこんなことばっかり言いたくはないのよ!」などと時には声を荒げて。本当は叱りたくなんかないのだ。親として黙っていられないから言うべきことは言うのだ、などと。

叱るべき立場にいるから叱るのだが、結果としてこれは親自身の不完全性の苦しみを和らげる効果を持ってしまわないだろうか。

自分自身の不完全性に苦しんでいる人が、目の前に自分よりも不完全な人を見つけ、しかもその人を叱ることが自身の「仕事」だという(世間的な)お墨付きが与えられたとしたら。その「仕事」をこなす時には前提として自分自身は完全であるという体験ができてしまう。それも心置きなく。

子供を叱るという行為が、親自身の不完全性の苦しみを忘れさせてくれる行為となっていないことを願う。(このテーマはもっと深めてまた書きます。)


今日も1学期期末テストの結果を持ってきた生徒がいます。学年1位、学年2位、学年4位、5教科合計点480点越え。何とも気持ちの良い数字が並んでいます。それでも、夏期講習では徹底的に復習します。夏期講習で反復学習して築いた土台は、県内トップ校のどの学校を受験する上でも大きな力となります。

競争なんて無い

参考書や問題集。

学校では皆同じように渡される。

宿題で出されたり、提出が義務づけられた問題は解く。

大半の人はそれだけ。
解くように指示がなされた問題だけ解いて終わり。それも1回だけ。

大半の人はそれだけ。
言われたことをやって終わり。

書店で平積みになっている参考書や問題集。最初の数ページは誰でも解く。
大半の人はそれだけ。

参考書も問題集もプロが命を懸けて作っている。
一冊全てをマスターして、初めて力がつくようにプロが真剣に作っている。
君達にはなかなかそれが見えないだけ。学校や塾で買わされる地味な参考書、問題集。
書店で平積みになっている見慣れた参考書。
受験生ならば誰でも知っている有名な参考書、問題集。
評価が高いから売れている。信頼がおけて長年の支持を得ていて、そして売れるから平積みになっている。
限られた時間を有効に使える無駄のない問題の編集になっているから、学校の先生が勧める。
参考書や問題集の古典ともいえるものには、先輩受験生達の厳しい評価を乗り越えてきただけの力がある。
たった1200円の参考書にも著者や編集者の魂が込められている。

だから、信じよう。

その参考書で大丈夫。その問題集に頼ろう。プロが命を懸けて作った書物だから。

一番いけないのは迷うこと。

一番怖いのは、目移りしているうちに無駄な時間が過ぎること。

一匹の魚は、頭からしっぽまで食べることでバランスの良い栄養が摂れる。
参考書も同じ。

気に入った問題や塾や学校の先生に指定された問題だけを解いたのでは、魚の「美味しいところ」だけ食べたのと同じ。固いところや苦いところも食べることで人は健康になれる。
とっつきにくい問題でも逃げずに挑戦することで、柔軟で裾野の広い学力がつけられる。そういうように参考書は作られている。プロの著者が限られたスペースに大切なことのエッセンスだけを吟味して載せている。中高生の君達には、まだそれが見えないだけ。

だから信じよう。著者の魂の言葉を一つ一つかみしめよう。
そのためには、問題は全て解こう。「指定された」問題や気に入った問題だけ解いて残りは手つけずではダメだ。

全て解いたら。二度目を解こう。少し楽に解けるはずだ。二度目を解いたら三度目を解こう。結構楽しくなってくるはずだ。そうやって繰り返すことで、著者が伝えたかったことが見えてくる。一つ一つの問題の重要性が分かってくる。

だんだん、「信じてよかった」と思えるようになる。

問題集や参考書はこうやって使うものなのだ。
何サイクルもやった人はもうその教科のスペシャリストになっているはずだ。頭の中にその教科の地図のようなものを完成されているはずだ。だから、怖いものがない。テストの得点が安定してくる。

これを実行できる人は少ない。実行するには確実に時間がかかるからだ。忍耐も必要だからだ。入試までに反復するための見通しをたてる必要があるからだ。

だから、これを実行する時間と場所を確保するために自立型学習塾はある。齊藤塾が自立型を取っているのはそのためだ。夏期講習で長時間学習するのもそのためだ。

自分一人で一冊を完成させ、反復できる人は少ない。だから塾がある。

勉強って反復した人の一人勝ちなのだ。

そう、他人との競争なんてない。
あるのは、自分との戦いだけ。





期末テスト、時事問題

1学期期末テストで出題された、社会科時事問題の情報が入ってきました。ある関係者から得た情報ということで。

1. NHKのワールドカップ番組で椎名林檎が歌っている主題歌の曲名を答えよ。
2. 去年楽天イーグルスで活躍し、今年はヤンキースで活躍している投手の名前を漢字で書け。
3. ジャニーズの「キスマイ」の正式名称を答えよ。
4. 初音ミクのような音楽ソフトを何と言うか。
5.・・・

もう、良いでしょうかね。

私としては、特にコメントはありません。

さて、

子供達のスマホ利用時間帯を制限しようとする動きが広がっているようです。私は賛成です。スマホはおもちゃとしては面白すぎます。依存症になる危険性がありますね。

何故だかわからないのですが、同じ活字を読む場合でも書籍で読むのとスマホで読む場合とでは頭の働きが違うような気がしてなりません。根拠は曖昧です。なんとなく、ですから。一時、塾の教材でもPC画面で学習することが流行りましたね。教科書や参考書とノートでの学習と、PC画面での学習とではその頭の働きに違いがありそうです。PC画面での学習は飽きることが多いのかな。書物での学習に比べて疲れやすいのかな。これも、何の根拠もなしに書いていますのでご了承ください。

実は、齊藤塾でも様々なチャレンジをしてきました。そして、今はプリントとワークによる学習に「戻ってきた」感があります。基本はテキストとノートでの学習、ということです。昔ながらの学習方法の「効率」が良くなっただけで、特段の革命的な学習教材を導入しているわけでもないということですね。チャレンジしたがそれほどでもなかったということです。齊藤塾のやり方には合わなかったということです。
プリントのデーターベース管理にはPCを利用していますが、指導法は極めてクラシックです。

塾生達が皆、PC画面に向かっているような塾も多いようです。上手に利用なさっているのでしょう。


夏期講習のお知らせ。

例年通り、実戦問題中心に行いますが、今年はワークで頭の中を整理する時間も十分に取ります。ワークで整理してオーソドックスな問題は瞬間的に解けるようにしておいて、実戦問題に取り組むことになります。一人一人ワークと実戦の比率は変わってきますね。当然です。

夏休みでは、学校の進度を気にせずに思う存分復習に時間をかけられます。楽しみです。皆、夏休みの時間を有効に使っているのでしょうが、例年齊藤塾の塾生が休み明けテストで順位を上げているとことを見ると、齊藤塾での取り組みが間違っていなかったことが確認できます。反復学習って大切です。

初めて解いたときには苦しみ抜いた問題も、3回目になれば鼻歌混じりに解けるようになりますよね。




もうすぐ折り込むチラシです



齊藤塾の夏期講習案内チラシの片面です。二年分の合格実績を載せているだけですね。結果をご覧いただいて判断してもらうのが一番かと思いますので。

勿論、最近ちょっと話題になっている「合格者数の水増し」はありません。塾長の学歴詐称もありません。当たり前ですよね。人にものを教える仕事をしている人が、その一番の売りの部分で嘘があってはいけません。そうそれだけでその塾に通う価値などありません。

一人で教えている小さな塾なので、これがほぼ全員の合格実績です。例えば中3は、毎年10名前後しかいません。少人数のトップ校受験生に塾長自らが教える塾です。それも、塾での学習時間の大半は塾生自らが自分と戦う「自立型」です。私からヒントをもらって「自分の頭を使って」必死に答えを作り出す、ということの繰り返し。楽な日は1日たりともないでしょう。楽しいと感じている生徒がいるとすれば「勉強ができるようになって」楽しい、ということ。私が冗談を言うことはありません。励ますこともあまりありません。ちょっと異色な塾ですねえ。(実は信念を持ってこの指導法を選んでいます。このブログは同業者の方もお読みのようですから、参考までに。)結果を出すための自力をつけるための確実な方法を様々模索した結果、このやり方にたどり着いたのです。まだ完成形だとは思っていませんが。平成26年の中3生には一番結果が出せるやりかただという自信があります。

塾生は苦しんだ分だけできるようになりますよ。

スモールステップで力をつけてゆくのが近道なのですが、ある程度の負荷をかける必要もあるのです。そのへんのバランスがとても難しい。あれほど洗練されていたかと思えたプログラム学習がはやらなかった主な理由は「飽きる」から。スモールステップは無理なく力が付くのに「飽きる」。逆に負荷が多きすぎると、生徒の手が止まったまま動かなくなってしまう。教えるべき部分は教えてやらないと前には進めない。なかなか難しいのです。

塾って、お金をいただけるシステムを作るのは簡単です。簡単ではないのは、成績を上げるシステムを作ること。生徒や保護者、そして家庭も学校も行政も日々変化しています。そんな中で一番結果が出る指導法を柔軟に作り上げねばなりません。10年前のやり方で良いはずがありません。これも当たり前の話。

受験生にとっては、夏休みは決して長くはありません。部活が終わっても、高校見学や駅伝練習、学校の補習などとスケジュール満載です。その中でしっかり時間を作って実戦問題に取り組むことができた人だけが9月に飛躍することができます。9月、10月の実力テストで最低1回は説得力のある結果が出ていない人は、11月の三者面談の時に強気で責めるという方向性が見いだせなくなってしまいます。だから受験生は7月と8月が勝負です。そして、もう7月5日。

夏期講習って何だ

中学生の夏期講習についての話。

齊藤塾では復習中心の夏期講習を実施している。
自立型なので通常授業分と講習分を合わせて全てを復習に当てている。

だから、9月の実力テストの結果が確実に上がる。例えば一昨年の中3生の7月と9月の偏差値上昇の様子を見てみよう。前が7月の偏差値で後ろが9月の偏差値。生徒名はイニシャルも架空のものとする。県内業者テストの結果。
   
   7月偏差値  9月偏差値
1位 67   →   71   Aさん
2位 71   →   71   B君
3位 60   →   68   Cさん
4位 67   →   67   Dさん
5位 64   →   67   E君
6位 62   →   65   F君
7位 62   →   63   G君
8位 61   →   63   H君
9位 62   →   63   I君

どうだろう。飛躍的な伸びの生徒は多くはないが、確実に偏差値が上がっている。

「勉強とは復習のこと」
齊藤塾のホワイトボード最上部に書いてある。

反復学習を嫌がらずに、こつこつと実戦問題に取り組めば確実に偏差値は上がる。ただ、「楽をして」ではないことは明記しておきたい。中3生は、夏休みはほぼ毎日の通塾となる。学習時間も長い。昼食持ち込みで頑張ってもらうことになる。そして毎日毎日実戦問題に取り組み、ワークに取り組み、昨日の復習をして・・・・。その繰り返し。自分を信じて。9月の飛躍を夢見て。そして、何とか上記のような偏差値上昇となる。

あまり上がっていない生徒もいるではないか。そうかもしれない。でも、事実をそのまま書いた。偏差値横ばいの生徒。偏差値が1しか上がっていない生徒。さまざまだ。でも、偏差値が3以上上がれば、どうだろう、見える世界が変わってくるのではないか。偏差値を3上げる。5教科で30点位。つまり1教科6点位だ。それだけ上げる為に、毎日毎日通塾して自分の弱さと戦う。自分のふがいなさと戦う。自分の能力不足と戦う。

その姿こそが受験生。「ああ、私はなんでこんなこともできないんだ」と自分に問いかける夏にして欲しい。「今まで僕は何を学んできたんだ。情けない」そんな気持ちになったらしめたものだ。君の9月の飛躍は約束されたようなもの。そう、本当の自分自身の姿に目をそらすことなく向き合って欲しい。そして、逃げずに自分の弱点と向き合う。そんな夏にしてほしい。一生忘れられない夏になるはずだ。

苦しんで苦しんで、自分の弱さに向き合い続けて1教科6点上げよう。それが、齊藤塾の夏期講習。なんとも気の遠くなるような話。勉強とはそういうものだということが理解できる人は是非仲間に加わって欲しい。大歓迎する。「仲間」といっても各自無言で自分と向き合っているだけの塾ですが。この夏期講習での一人一人の頑張りが齊藤塾の合格実績につながってゆく。長い夏の毎日毎日の小さな積み重ねがなければトップ校合格は難しい。
ちなみに、上記の生徒達の年度の進学実績は、前高1名、高高1名、前女1名、高専1名、渋高5名、渋女3名。

「学年1位5名・・・」という自慢話にはうんざりしている人もいるかと思い、一昨年のデータにした。今日の話も十分自慢かもしれない。塾生自慢ができる私は幸せ者。塾長冥利につきる。

以上、塾生自慢ブログ、夏期講習PRブログでした。

今日は遠方からの問い合わせを頂いた。一昨日は近所の方からの問い合わせ。
感謝いたします。チラシを作成して、それを折り込む前に問い合わせを頂くとは、何とも有難いこと。

ハードルの高い塾だとよく言われる。そう、あえてハードルを高くしている。その高いハードルを勢いよく超えて来てくださる方、大歓迎。だから、つまみ食いのような人は一人もいない。お互いに真剣勝負。

孤独と絶望

私が何かを書こうとすると、ついこんなテーマになってしまう。

今日はニホンザルの家族に出会った。
ここのところ体力保持のために自転車で一回りしているのだが、その途中で出会ったのだ子ザルを含む4、5匹の群れ。家族なのだろうか。ニホンザルはもっと大きな群れで行動するか、オスのハグレザルしかいないと思っていた。民家の庭の何等かの果樹が目当てだったようだ。民家の屋根まで登って騒いでいた。子ザルは道に寝そべって遊んでいた。車が来ても面倒くさそうに移動するだけ。今度はカメラを持って行って写真を撮ろうと思う。前にカモシカを目撃した場所の近く。

まあ、このあたりは野生動物の楽園だ。

家族に興奮気味に話したところ、誰もサルごときに驚かないようだ。娘は小学校のプールで泳いでいるサルを目撃したと。息子もかなり至近距離で目撃しているらしい。とにかく小学校の近くには出てくるようだ。母親が言うには、数年前に我が家の庭まで来ていたという。どうも、サルに遭遇したのは、私は家族の中では遅い方らしい。

さて、孤独と絶望。

孤独や絶望は味わった方がよいと思う。勿論、味わいたくなくたって味わうことになるのだろうが。
私にこれを語る資格があるか否かはちょっと置いておくとして。

「どん底」って結構さっぱりした気分になるものだ。これ以下はないだろうと思うと、不思議と頭はすっきりとしてくる。余計な欲などは吹っ飛び、今日この日を生きている事実だけで幸せを感じられるようになる。ゼロになれば、出会う一つ一つのことはすべてプラスになる。

ああ、またプラス、有難い。これもプラス、有難い。感謝の連続。
こんな体験をしてもよいではないか。

具体的な私の体験については今日は語らない。

どん底過ぎて笑ってしまうほどの孤独と絶望ってあると思う。「よくこれほどまでに」と思うほど。ドラマだってここまではやらないよなあ、というレベルのもの。

だから、言いたい。

落ちるところまで落ちたら、あとは上がるしかない。

絶望は出発点。絶望がスタート。




今日は抽象的な話でした。

サルと抽象。

劣等感についてもあとで書きます。


今日は夏期講習のチラシが完成しました。若干名募集中です。
定員になり次第締め切ります。

前半型、後半型

長距離選手には前半型と後半型がある。

最近のマラソンなどを見ても、大半が前半型かと思う。つまり、最初から先頭集団の前の方で集団を引っ張りそのまま周りの選手がついてゆけなくなって一人、また一人と脱落してゆく。そして、35キロ付近で最後の2、3人でのデッドヒートを制してトップでゴールするとうい形。

もう、後半型では勝てない時代なのかと思っていた。

ところが、公務員ランナーの川内選手の登場でその認識が間違っていたことが分かった。川内選手はどちらかと言うと後半型。レースによっては前半は第2集団あたりで淡々と走り、力をためておいて後半に他の選手が苦しくなってきたところで一人、また一人と第1集団から落ちてきた選手を食って行く。そして、レース終盤で先頭の3人がデッドヒートを繰り広げているときにも黙々と、そしてその3人よりも速いペースで追い上げ、先頭集団に肉薄してくる。「おーっと、川内選手がもうそこまで来ています!」などというアナウンスが流れ、テレビを見ている私達が度胆を抜かれる。すっと第2集団あたりにいた選手が最後は優勝争うに加わる。これほどシビれる展開はない。後半型の人はどちらかと言うと地味な選手が多い。だからよけいに恰好良く見える。

私はこのような選手が好きだ。地味だが一歩一歩が確実。そして、後半になってもあまりペースが落ちない。

スピードマラソンの時代に現れた後半粘り型の地味な選手。他人と違うから余計に恰好よい。テニスでも、サーブアンドボレー全盛期にグランドストローク主体のアガシ選手が芝のウィンブルドン大会で優勝したことがあった。個性的な選手がそれまでの枠を突き破るのを目撃すると鳥肌が立つほど嬉しくなる。あるスタイルが全盛の時には、誰もがそれを真似る。だからこそ自分のスタイルを守り続けて結果を出した人は素敵だ。結果を出すまでには、きっと周りから様々な雑音が聞こえてきただろうに。

私も中学時代は長距離選手だった。力がついてきてからは前半型になったが、最初は完全なる後半型。第2集団の先頭あたりで黙々と下を向いて歩を重ねてゆく。一歩一歩確実に自分を信じて。すると、時々第1集団から落ちてきた選手を追い抜けるようになる。そしていつの間にか第1集団がばらけてきて、集団の後ろの方の選手と並べるようになる。息の荒くなった選手を横目にさらに前に出てゆく快感。

遠くに見えていた第1集団の背中が、なんとなく近づきつつあるように見え出したらしめたものだ。
自分を信じて黙々と前に進んでいるうちに、第1集団よりも速いペースになっていて、その距離が縮まって来て「おや、近づいているぞ」と気づいてときの快感。周りの選手が私に気づいた時の「あれ?」という表情。

後半型の人にしかわからない快感。

自分を信じて歩を進めることは結構病みつきになることなんです。

受験勉強はよくマラソンに例えられる。

プロフィール

齊藤塾塾長 齊藤茂

Author:齊藤塾塾長 齊藤茂
渋川高校卒業後、代々木ゼミナール(教務課)に3年半勤務。4年目の9月より浪人生活を送り、翌年4月に群馬大学教育学部に入学。卒業後、藤岡市、前橋市の大手進学塾にて前高、前女、高高、高女進学コース、附属中クラスなどを担当。平成9年に出身地の東吾妻町矢倉にて齊藤塾を開塾。以来トップ校受験生の指導にあたる。

【遠方の方も吾妻線を利用して、土日、祝日中心に通っている塾です。長時間の個別演習形式で鍛えて結果を出しています。お気軽にお問い合わせください。】

合格実績(2012年~2020年までの合計)前橋高校4名、前橋女子高校8名、高崎高校5名、高崎女子高校7名、群馬高専5名、渋川高校20名、渋川女子高校17名、高経附高校3名、前橋育英S4名(中学受験については初年度からの合計で中央中等8名、佐久長聖中8名それぞれ合格、大学受験については、群馬大、埼玉大、茨城大、信州大、新潟大、静岡大、早稲田大、慶応大、津田塾大、東京女子大、明治大、法政大、成城大、東洋大、獨協大等多数合格・詳細は下のホームページからどうぞ)

* お問い合わせは下記問い合わせバナーからどうぞ。
* 齊藤塾ホームページへは下のリンクからどうぞ。

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