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親孝行はいらない

「人は3歳までに親孝行が終わっている」

私はこの言葉に救われた。

ずいぶん前に聞いた言葉だ。
いったい誰の言葉なのだろう。ラジオで誰かが発した言葉。その時以来、一度も聞いていない。聞いたのは大学生の頃だったろうか。人は3歳までに、その無邪気な笑顔で十分に親を喜ばせる。それで一生分の親孝行が完了しているのだという。

22歳で大学に入学した私。当然、人生の様々な課題に向き合う年齢が他の人よりも遅くなった。親も年をとってゆく。親には早く「息子もこれで一安心だ」という気持ちにさせてやりたいとは思っていた。親の頭を軽くさせてやりたいという気持ちがなかったわけでもない。でも、20代の私なんて何もできなかったし、何の見通しも立っていなかった。親に対して少しで良いから、なんらかの見通しを示せれば良かったろうがそんなこともできていなかった。

不安のかたまり。

適当に妥協して、親を一旦安心させようかなどと弱気になった時に、私はこの言葉に助けられた。
賢人の書物にでも書いてあった言葉なのか。一人の大先輩が苦悩の中から結晶させた言葉なのか。多くの人の共通認識でないことだけは確かだろう。

この言葉に出会ってしまった私は、世間的にはそれまで以上に遠回りをすることになったのだが、その分全く後悔のない生き方をしてきた。親に気を使って不本意な選択をしてこなかったから。自分のことを自分で決める人生を歩んできたから。

親の言葉は心の奥底に突き刺さり、どうにもこうにも抜けなくなる。
親の言葉は他人の言葉の100倍の重みで両肩にのしかかる。

だから、このブログを読んている父母の方にお願いしたい。どうか、軽い気持ちで人生選択の重要な話題を振らないで欲しい。受験、就職、結婚などの話題だ。子供の心はデリケート。親の言葉は重すぎる。

息子がこの言葉に出会ってしまったために、私の親は予定よりも長く苦労することになる。ずいぶんと予定が狂ったろうと思う。私が中学生の時には比較的成績が良かったので、息子が高校に行きたいと言い出すのではないかと「不安」だったという。私が渋高に通ったために、息子が大学に行きたいと言い出すのではないかと「不安」だったという。(私の親は昭和生まれです。念のため。頭の中がクラシックなだけです。)親の願いは息子が上の学校に行くことではなく、早く仕事に就いて楽をさせてくれることだった。いつになったら自分達に楽をさせてくれるのだ、と親が思い続けているのが痛いほど分かっていた私。それでも私は自分のやりたいようにやってきた。
一度だけ聞いたこの言葉に支えられて。

息子が、親の期待に振り回されて不本意な生き方を選んだとしたら、それは親にとっても悲しいことだったはずだ。
子供が人生の重要な選択において自分で決断し、自分の生きたいように生きる。その姿を見守れることが親にとっては一番の幸せだ。親にその姿を見せることが一番の親孝行だ。親の期待道りの道を歩むことが親孝行ではない。20代の私は親の我慢を感じとりながらも自らのやりたいことをやり続けた。相変わらず何の見通しも立たなかったが。自分だけを信じて。

そして、一度だけ聞いたこの言葉に支えられて。
プロフィール

齊藤塾塾長 齊藤茂

Author:齊藤塾塾長 齊藤茂
渋川高校卒業後、代々木ゼミナール(教務課)に3年半勤務。4年目の9月より浪人生活を送り、翌年4月に群馬大学教育学部に入学。卒業後、藤岡市、前橋市の大手進学塾にて前高、前女、高高、高女進学コース、附属中クラスなどを担当。平成9年に出身地の東吾妻町矢倉にて齊藤塾を開塾。以来トップ校受験生の指導にあたる。

合格実績(2012年~2020年までの合計)前橋高校4名、前橋女子高校8名、高崎高校5名、高崎女子高校7名、群馬高専5名、渋川高校20名、渋川女子高校17名、高経附高校3名、前橋育英S4名(中学受験については初年度からの合計で中央中等8名、佐久長聖中8名それぞれ合格、大学受験については、群馬大、埼玉大、茨城大、信州大、新潟大、静岡大、早稲田大、慶応大、津田塾大、東京女子大、明治大、法政大、成城大、東洋大、獨協大等多数合格・詳細は下のホームページからどうぞ)

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