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少年兵、その3

(昨日の続きです。)

出撃するはずだったその日。

天皇陛下のお話があるということで、一同ラジオに聞き入った。
「耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び・・・」 
玉音放送だった。

少年は故郷に帰った。
群馬県吾妻郡岩島村矢倉。
少年は農家の5男だったが家を継いだ。
20代後半で結婚し、生まれた長男がこの私。

玉音放送があと1日遅かったら、父は太平洋に沈んでいただろう。
死ぬのは怖い。
でも、1日の違いで父が死んでいたら私は生まれることさえなかった。
命とは不思議なものだ。

父は兄二人を戦争で亡くしている。

子供の頃、父の戦争話が始まると、私達兄弟は決まって「えー!また戦争の話なのー!」と言っては遮った。戦争の話は子供にとっては少しも面白くなかった。父の戦争話をちゃんと聞けるようになったのは、30歳を過ぎてからだった。息子がちゃんと聞いてくれるようになって、やっと父も戦争の話ができるようになったようだ。間もなく父は亡くなったので、一度しか聞いてない話もある。今回、その話をつなぎ合わせて読んでいただいた。個人的な話にお付き合い頂き、感謝。

国語教科書からも戦争をテーマとした話は消えつつあるようだ。
選ばれる教材も戦争を直接描くものは避けられている。

その中でも、『一つの花』(今西祐行、小4国語、光村図書)、『川とノリオ』(いぬいとみこ、小6国語、教育出版)の二作品を読むとき、心が締め付けられる。涙で読み進められないことさえあった。

どちらも創作だ。

だが、時に創作は真実以上の真実を語っていることがある。




プロフィール

齊藤塾塾長 齊藤茂

Author:齊藤塾塾長 齊藤茂
渋川高校卒業後、代々木ゼミナール(教務課)に3年半勤務。4年目の9月より浪人生活を送り、翌年4月に群馬大学教育学部に入学。卒業後、藤岡市、前橋市の大手進学塾にて前高、前女、高高、高女進学コース、附属中クラスなどを担当。平成9年に出身地の東吾妻町矢倉にて齊藤塾を開塾。以来トップ校受験生の指導にあたる。

2019年合格実績
前橋高校1名、前橋女子高校1名、高崎高校2名、高崎女子高校2名、群馬高専2名、新潟大歯学部1名、中央中等1名(その他・過年度分は下のホームページからどうぞ)

* お問い合わせは下記問い合わせバナーからどうぞ。
* 齊藤塾ホームページへは下のリンクからどうぞ。

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