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親孝行はいらない

「人は3歳までに親孝行が終わっている」

私はこの言葉に救われた。

ずいぶん前に聞いた言葉だ。
いったい誰の言葉なのだろう。ラジオで誰かが発した言葉。その時以来、一度も聞いていない。聞いたのは大学生の頃だったろうか。人は3歳までに、その無邪気な笑顔で十分に親を喜ばせる。それで一生分の親孝行が完了しているのだという。

22歳で大学に入学した私。当然、人生の様々な課題に向き合う年齢が他の人よりも遅くなった。親も年をとってゆく。親には早く「息子もこれで一安心だ」という気持ちにさせてやりたいとは思っていた。親の頭を軽くさせてやりたいという気持ちがなかったわけでもない。でも、20代の私なんて何もできなかったし、何の見通しも立っていなかった。親に対して少しで良いから、なんらかの見通しを示せれば良かったろうがそんなこともできていなかった。

不安のかたまり。

適当に妥協して、親を一旦安心させようかなどと弱気になった時に、私はこの言葉に助けられた。
賢人の書物にでも書いてあった言葉なのか。一人の大先輩が苦悩の中から結晶させた言葉なのか。多くの人の共通認識でないことだけは確かだろう。

この言葉に出会ってしまった私は、世間的にはそれまで以上に遠回りをすることになったのだが、その分全く後悔のない生き方をしてきた。親に気を使って不本意な選択をしてこなかったから。自分のことを自分で決める人生を歩んできたから。

親の言葉は心の奥底に突き刺さり、どうにもこうにも抜けなくなる。
親の言葉は他人の言葉の100倍の重みで両肩にのしかかる。

だから、このブログを読んている父母の方にお願いしたい。どうか、軽い気持ちで人生選択の重要な話題を振らないで欲しい。受験、就職、結婚などの話題だ。子供の心はデリケート。親の言葉は重すぎる。

息子がこの言葉に出会ってしまったために、私の親は予定よりも長く苦労することになる。ずいぶんと予定が狂ったろうと思う。私が中学生の時には比較的成績が良かったので、息子が高校に行きたいと言い出すのではないかと「不安」だったという。私が渋高に通ったために、息子が大学に行きたいと言い出すのではないかと「不安」だったという。(私の親は昭和生まれです。念のため。頭の中がクラシックなだけです。)親の願いは息子が上の学校に行くことではなく、早く仕事に就いて楽をさせてくれることだった。いつになったら自分達に楽をさせてくれるのだ、と親が思い続けているのが痛いほど分かっていた私。それでも私は自分のやりたいようにやってきた。
一度だけ聞いたこの言葉に支えられて。

息子が、親の期待に振り回されて不本意な生き方を選んだとしたら、それは親にとっても悲しいことだったはずだ。
子供が人生の重要な選択において自分で決断し、自分の生きたいように生きる。その姿を見守れることが親にとっては一番の幸せだ。親にその姿を見せることが一番の親孝行だ。親の期待道りの道を歩むことが親孝行ではない。20代の私は親の我慢を感じとりながらも自らのやりたいことをやり続けた。相変わらず何の見通しも立たなかったが。自分だけを信じて。

そして、一度だけ聞いたこの言葉に支えられて。

1学期期末テストが近い

期末テストが近い。

あと二週間。早めに準備した人が勝つのは当然だ。

「勝つ」とは自分に勝つという意味だ。
部活春季大会、高原学校、修学旅行、英検、漢検とイベントの目白押し。今の時期はどうも落ち着く暇がない。時々やってくる単元テストもある。齊藤塾でも、今日通塾した生徒の大半は単元テストの対策に追われた。今日になって明日のテストを言い渡された生徒もいる。あるいは、明日から修学旅行で、帰ってきた翌日が単元テスト日になるという生徒もいる。何と多忙なことか。多忙な中でも要領よく試験準備した生徒が「勝つ」ことになる。

期末テスト当日までの学習計画を立てて、計画通りの学習ができればそれが理想かもしれない。ただ、多くの生徒が計画倒れになるようだ。計画倒れを繰り返すといい加減な気持ちで計画を立てるようになってしまう。

計画したことは必ず実行すること。そのためには実行できる計画を立てること。やや緩めの計画をお勧めする。

期末テスト準備で一番考えてはいけないこと。

それは、休日にまとめてやろうと考えること。休日にはなかなか勉強のエンジンがかからずに予定の半分も終わらないことが多い。期末テスト準備に限って言えば「今日から少しずつ」やること。それが勝つための正しい姿勢だ。
決して「この分野は苦手だから休日にじっくり時間をかけてやろう」などとは考えないこと。そう考えた時点で負けだ。休日にやるべきことが次第に増えて行ってしまうから。「休日にまとめて」が今日という日をラクに過ごすための口実になっている。これでは計画ではなく単なる先送りだ。

学習順序としては、苦手なものから手をつけて正面突破でやっつけられる人は強い人。誰でもそれができる訳ではないと思う。得意分野から徐々に崩していって、膨大なテスト範囲を徐々に減らすことで頭を軽くしてゆく、という方法でも良いと思う。相手が少し小さくなるだけで戦う勇気も湧いてくるというものだ。

「君もやればできるじゃないか」で元気は出るか

「君もやればできるじゃないか」

子供達を指導する人から時々発せられる言葉。

指導者としては元気づけているつもりなんだろう。

なかなか動かなかった子供がやっと動いて、小さな成果を出したときに、これをきっかけにして勉強にエンジンがかかって欲しいとの気持ちから発せられる言葉なのだろう。子供は良いものを持っていながら、自ら動くことがないために、本人さえもその能力に気づいていないことがある。指導者はその子の能力が見えているから、動かない子供に対して常にイライラしている。能力があるのに発揮しない子供を見て、常に残念に思っている。だから、何かのきっかけで動いて小さな成果を出した子供を見れば、これがチャンスだ、本人に自らの能力を自覚させる必要がある、と感じて「君もやればできる」を発してしまう。やっと期待通りの動きができた、と。やっと、自分の潜在能力に気づいてくれたか、と。これをきっかけに子供が変わってくれたら、と。

「やればできる」という言葉の裏側を考えてみたい。

子供の立場に立って考えてみれば理解しやすいだろう。
子供には、指導者(勿論、父母の場合もあるが)が普段からなかなか動こうとしない自分に対して今までずっと持ち続けていたイライラ感が透けて見えている。子供はそちらの方を感じとる。そして、まさにこれをチャンスとして自分をコントロールしようとしている指導者(父母)のその下心を見抜く。いやいや、それもこれも本人の為だと言いたいでしょうが、そこが難しい。

コントロールしようとした時点で思うようには行かない。コントロールは完全に上から目線でなされる。このような関係では例えコントロールがうまくいったとしても、子供は指導者の顔色ばかり伺うようになる。自分の行動が指導者の期待に反していないかどうか、ということばかりを考えるようになる。指導者の期待に判断基準を置いて行動するようになる。行動の司令塔が相手にある状態だ。とても「自立」からは程遠い。コントロールしようとすればするほど子供は自立的ではなくなる。例え毎日接していたとしても指導者は別人格。気まぐれで行動することもある。常に指導者の行動に振り回されることになる。「自分で」考え行動するワクワク感、ドキドキ感を奪ってしまう。

「褒める」も同じ。褒めるということは、褒める人が上で褒められる人が下という上下関係。やはり、褒めてくれる人の顔色ばかり伺うようになる。褒められなくなる恐怖との闘いになる。これも自立からは程遠い。

自分の頭で考えるから勉強は面白い。自分の頭で考えて行動するからワクワクする。失敗しても楽しい。自分のバカさ加減に呆れ果てても、自分でなんとかしようとする。大失敗して落ち込んで泣きはらしたとしても、その後ですっきりした顔になって立ち上がれる。

「やればできるじゃないか」という言葉の裏にある本心。それは「何故今までやらなかったのだ。オレはずっと待っていたのだよ。何故だ、何故だ。何故今までオレをこんなにイライラさせたのだ」だ。
そして、やっと動けた子供に対して、今まで動けなかったのは単なる怠慢だと決めつけ、動けなかった(或いは、動かなかった)辛さについて見ようとしない姿勢がうかがえる。子供と寄り添おうという姿勢のなさ。
「こんなに簡単に動けるのに、何故今までやらなかったのだ」と問い詰める姿勢。動けない子供に寄り添って同じ方向を向いて進もうとはしない姿勢。
この姿勢は子供にどう伝わるか。そう、「大人はボクのことを全然わかっちゃいない」だ。

子供の能力に早くに気づいてそれに期待していた大人が、子供からは自分のことを全く分かってくれない人に見えている。「君もやればできるじゃないか」は子供には「大人ってやっばり全然ボクのことが見えていないんだ」の確認に使われる。「放っておいたら君は自分一人ではできない人なんだから」というメッセージが伝わる。子供を信じていないということが一番よく伝わってしまう。そして子供は、自分はやっぱり大人からは信用してもらえない能力のない人なのかもしれない、と自信を失う。人生の先輩から「君は信じて任せることのできない人だ」というメッセージを受け取ってしまう子供。

今までの長い長いあいだ何故やらなかったのか。単なる怠慢なのか。機が熟していなかったからなのか。結果を恐れるあまり動けなかったのか。それは分からない。今まで動かなかったことではなく、今自分から動いたという事実を見守って欲しいのだ。頑張って動けた子供を温かく見守る。あるいは一緒になって喜ぶ。
動いたという事実に対して上から目線での「お墨付き」は与えないで欲しい。子供本人が「自分から」動いて自信をつけ始めている時に、指導者が追いかけていってあとから評価の上書きをしてしまったら、本人が一人でやった成果の輝きが薄れてしまう。喜びを横から奪ってしまう。本人が自信をつけるチャンスを奪ってしまう。

小さい子供が一人で何かやろうとしてできそうになっているのに、うっかり大人が手を出して手伝ってしまうことがある。その子はまたもとに戻って、自分一人だけでやり直して確認する。それと同じ。
ひとりでやるから自信がつく。それを見守る。求められたときに手伝う。

少年兵、その3

(昨日の続きです。)

出撃するはずだったその日。

天皇陛下のお話があるということで、一同ラジオに聞き入った。
「耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び・・・」 
玉音放送だった。

少年は故郷に帰った。
群馬県吾妻郡岩島村矢倉。
少年は農家の5男だったが家を継いだ。
20代後半で結婚し、生まれた長男がこの私。

玉音放送があと1日遅かったら、父は太平洋に沈んでいただろう。
死ぬのは怖い。
でも、1日の違いで父が死んでいたら私は生まれることさえなかった。
命とは不思議なものだ。

父は兄二人を戦争で亡くしている。

子供の頃、父の戦争話が始まると、私達兄弟は決まって「えー!また戦争の話なのー!」と言っては遮った。戦争の話は子供にとっては少しも面白くなかった。父の戦争話をちゃんと聞けるようになったのは、30歳を過ぎてからだった。息子がちゃんと聞いてくれるようになって、やっと父も戦争の話ができるようになったようだ。間もなく父は亡くなったので、一度しか聞いてない話もある。今回、その話をつなぎ合わせて読んでいただいた。個人的な話にお付き合い頂き、感謝。

国語教科書からも戦争をテーマとした話は消えつつあるようだ。
選ばれる教材も戦争を直接描くものは避けられている。

その中でも、『一つの花』(今西祐行、小4国語、光村図書)、『川とノリオ』(いぬいとみこ、小6国語、教育出版)の二作品を読むとき、心が締め付けられる。涙で読み進められないことさえあった。

どちらも創作だ。

だが、時に創作は真実以上の真実を語っていることがある。




少年兵、その2

(昨日の続きです。)

上官は言った。
「『我こそは』という度胸ある者は手を上げろ!」

誰も手を上げなかった。
「度胸のない奴らだ!それなら、皆目をつむれ。いいか。もう一度聞こう。明日の出撃に我こそは参加したいという者は、目をつむったまま手を上げろ」

目をつむっている少年の耳に、バーン、バーンという音が聞こえてきた。薄目を開けて見てみた。少し目を開けた者が殴られる音だった。慌てて目をつむり直した。

一人も名乗り出る者はいなかった。
結局、指名されることになった。

整列している兵士の前から選ばれた者の名前が順に呼ばれた。
ひとり、また、ひとり。命の選別。
少年の前の者が名前を呼ばれた。少年は覚悟した。
だがなぜか、少年の名前は呼ばれなかった。
「今日は」呼ばれなかった、というだけのことなのだが。
生きながらえる日が一日、二日違うというだけの話。

その日選ばれた者にはご馳走が振る舞われた。
誰一人口をつける者はいなかった。
唇が真っ蒼だった。

彼等の船も出撃し、はやりその夜のうちに通信が途絶えた。

少年が選ばれたのは最後だった。
残った全員が出撃ということになった。
もとより、生きて故郷に帰れるとは思っていなかったのだから、少年は淡々としていた。
出撃前に故郷に向かって礼をしろと言われた。
群馬の方角などわからないので、富士山に挨拶した。
一人の上官が聞いてきた。
「キサマの故郷はどこだ」
「はい、群馬であります」
「バカ者。群馬はそっちじゃあなあい。こちらに礼をしろ」
「はい、有難うございます」

ところが、少年は生きて群馬に帰れることになる。

(また、書きます。)



ある少年兵のはなし

日本の敗色が濃厚となった昭和20年春、ひとりの少年が海軍に志願した。
吾妻郡岩島村(現在の東吾妻町岩島地区)の少年。

少年は今の中学2年生と同じ学年。

「志願」という形なら入隊できたのだ。

訓練では驚くことばかりだった。
朝はラッパの合図とともに起床し、着替えて遅れずに整列しなければ殴られる。
ところが帽子の数が兵士の数より少ない。

自分の帽子を前に置いて、水道で顔を洗って頭を上げるともう自分の帽子はなかった。
帽子をかぶらずに整列すれば殴られる。
思わず、隣で顔を洗っている人の帽子を奪って走り出した。

泳げない者は船から海に投げ落とされた。
泳ぐしかなかった。

軍服を掛けておくフックは太い釘。
ある日、並んでいる釘の一本が奥まで打ち込まれていることに気づいた。
たまにそういうことがあった。
もう軍服を掛ける人がいないということか。
何を意味しているか分かった。

空襲。
兵士達皆で防空壕に入った。
溝の上に板を渡しただけの防空壕。
機銃掃射が夕立のように降り注ぐ。
「なかなか終わらないなあ」
「そうだなあ、空襲警報が鳴りっぱなしだ」
「それにしても、アメリカの戦闘機はしつこいなあ」
「・・・・・・・・・・・」
返事がない。
隣の兵士の頭がガクンと下がり、そのまま倒れこんだ。
少年のわずか30㎝隣の兵士が頭を撃ち抜かれていた。
兵士達は皆黙った。

昭和20年も8月になると、出港した軍艦はその夜のうちに通信が途絶えた。
皆それを知っていた。
上官は苛立っていた。
「キサマ達の中から『我こそは』という度胸ある者から出撃させてやる。明日にでも出撃したい者は今すぐに手を上げろ」

さて、何人の者が手を上げたか。

(明日に続きます。)





学力低下の原因

全国学力テストの成績トップが秋田県で、上位に北陸地方の県が続いていることが有名になった。

学習塾などが決して多いとは言えない比較的田舎の県の成績が良いということをどのように分析したら良いものか。

学力と相関関係がどうもありそうな要因が、学者たちによって示され始めた。
その要因とは、

離婚率、持ち家率、不登校率。

勿論、まだまだ仮説の段階だ。原因と結果が複雑に絡み合っているかもしれない問題を、簡単に論ずる危険は承知している。とはいえ、興味深い仮説ではないだろうか。

まだ仮説の段階のこの三つの要因を私の持論に引き寄せて強引に結論づけると、学力低下を食い止めるには「昔ながらの普通の生活」が求められているようだということ。
幼少期から落ち着いた環境で育てられた子供は素直に学習内容を吸収できるのではないかということ。
強引かつ年寄りじみた発想での結論かもしれない。それは承知なのだが、不思議と自信の持てる結論になっている。

学力テストで計れるものは限られていることも承知。
ただ、似たようなもので偏差値がある。偏差値は嘘をつかないというのは業界人たる私の持論でもある。
だから、私も結果についてはいつも素直に受け止めている。

原点に帰れ、昔に戻れと言っても何の説得力ももたない。

ただ、「生活を見直す」ことは無駄ではないと思う。
子供は待ったなしで大きくなる。それほど時間的に余裕はないはずだ。

あたりまえの落ち着いた生活があって、子供達も落ち着いて学習に打ち込めるということなのかもしれない。
多忙でスケジュールをこなすのに精いっぱいの子供、が当たり前の学習項目に落ち着いて対峙することができるのだろうかと危惧している。


難問の構造と習慣

基本問題を二つ組み合わせると難問になる。
三つ組み合わせると超難問になる。

難問の解説を理解できる生徒は二つの基本問題をあらかじめ理解できている人だ。
超難問を理解できる生徒は三つの基本問題を理解できている人だ。

図形の証明問題。

補助線を一本引いて解く問題はそこそこ難しい。
二本引いて解く問題はかなり難しい。

要素が複数になっただけで、問題の難易度は格段に上がるものだ。

高崎高校の前期試験。
よく練られた良問だと思う。出題者の意欲の表れともいえるだろう。
複数の要素を組み合わせて作られた難問だ。
各教科の知識だけでなく、それらを「柔軟に組み合わせる」力が試されている。総合問題が厄介なのは、出題内容の予想が出来ないこと。教科学習だけではなく、日ごろから新聞なども読む習慣をつけ時事問題に関心を持つ癖をつけておく必要がある。

日ごろニュースなどを見るときに、「もしこの話題で出題されたら自分はどのような解答をしようか」とすぐにイメージする癖をつけるだけでも良いトレーニングになる。その習慣の積み重ねが大きな力になる。

小論文、作文形式の問題についても同じ。

何かの話題が出たときに、このテーマで文章を書くとしたらどういう論点で書こうかとちょっとイメージするだけでもよい。そういう癖をつけること。それが公立高校の作文や中央中等の適性検査試験の対策にもなる。

地理が苦手な生徒は次のことを試して欲しい。

見えるところに地図を置いておく。
ニュースでとりあげられた地名をすぐに地図で探してみる。それだけで、地図に親しむことができる。また、そこが大切な場所のような感覚にもなる。日本でも世界でもその場所で人が生きているのだ。想像力を掻き立てられる。

どんな教科についても同じだが、一旦立ち止まって自分の頭で整理してみる。その話題を「大切に扱ってみる」といってもよいだろうか。
それだけで、見え方が違ってくる。

補助線を一本引くだけで図形の見え方が異なってくるように、立ち止まってその話題を大切にする視点を持つだけで、ものの見え方が変わってくる。
その習慣が高高の前期試験や中央中等の適性検査試験で、他の人よりも頭一つ出る解答が書ける下地になる。優秀な生徒が競う試験でも、きらっと光り採点者の目に留まる解答が書ける土台作りになる。



塾業界のタブー?

学校は友達に会いにゆくところ。それと、部活をするところ。
一方、塾は勉強をするところ。

このように言い切っている塾長も多い。

私は違うと思う。
私は、タブーに触れたと業界人たちから言われることが時々ある。

生徒達の毎日の生活を考えれば、塾よりも学校で過ごす時間の方が圧倒的に長い。勿論、勉強している時間も学校の方が長い。学校の授業を生かさずして受験に勝てないのは自明だ。

塾と学校とは車の両輪だ。塾は学校の勉強を確実に身につけるために存在している。塾が生徒の勉強についてすべてを引き受けられると考えたとしたら、それはおごりだ。私も塾での指導は的確で効率が良いと自負している。それでも、学校の授業を無視しては成り立たない。

勉強できるようになるコツはいたってシンプルだ。
自分の頭を使って考えることと、教わったことをその日のうちに自分のものにしてゆくこと。
この繰り返しと積み重ね。
塾がこれを妨げるようなことがあってはならない。
生徒は一つの体で学校の勉強と部活、さらに塾の勉強をこなしているのだ。

生徒の生活をトータルでマネジメントしている人がいないのが気がかりだ。
それは誰の仕事なのだろう。親か本人か。いや、関わっている大人達がお互いに遠慮しあうべきなのか。

まあ、実際は生徒自身がどこかで手を抜けるところを抜いているだけのことなのだろう。すべてを完璧にできるなどとは最初から誰も期待していないのかもしれない。それが分かっているから生徒達も「要領よく」振る舞っているのかもしれない。今から世渡りを学んでいるのか。

そう、ここで宿題ついての問題が関係してくる。もともと多めの学習量を与えておく。つまり、全部はできないことをもともと想定しているような気がしてならないのだ。宿題にしろ、普段の学習にしろ、どうもそのあたりが曖昧ではないだろうか。
父母の皆さんもそんなことないだろうか。学校の勉強のほかに学習塾と習い事とスポーツクラブに通わせておいて、まあどれかがそのうちに生きてくるだろう、という感覚でなければよいのだが。
私達のようなプロは結果を出すことに必死になる。生徒にやらせなければ結果は出ない。どうしても生徒の負担は大きくなる。

もともと子供に忙しい生活をさせておいて、大人も子供もお互いがその事実認識を共有しているから、宿題をやらないという選択肢が容認されているのかもしれない。

またタブーに触れているかな?

私が言いたいことは一つだけ。どこで生徒自身に覚悟をさせるか、ということ。自分自身に向き合う時間をしっかりとってやること。一人一人には得意不得意の濃淡がある。それにじっくり向き合わせること。中1以上の学習ではそこが大切になる。小学校までとは違って、抽象的な思考が試されるからだ。勉強のつらさのレベルが違ってくる。

先取り学習をあまりしてしまうと、学校の授業に臨むワクワク感が薄れてしまう。授業中の先生の発問に真剣に向き合えなくなる危険性がある。ネタのばれた手品を見ているような緩んだ態度で学校の授業に参加する危険性があるのだ。塾が先取りすることで、生徒が学校の授業をなめてかかるようなことがあってはならない。そんなことがあったら、学校にとっても、塾にとっても、もちろん本人にとっても失うものが大きすぎるからだ。とくに中学生は「こんな勉強は楽勝だ」と思った瞬間に授業をなめてかかるきらいがある。楽勝、楽勝といって授業にいい加減に参加しているうちにいつのまにか分からなくなっている。そんな子供っぽい態度をとって欲しくない。誰の為にもならないのだから。

塾で先取りしておくことで、不安なく学校の授業に臨める。それはそれで認める。多くの塾が先取りの指導をしている理由はそれだろう。勉強に自信のない生徒が、授業中に恥をかくのではないかと心配しながら授業に望む恐怖ははなりしれない。そのような生徒が塾で先取りしておいてから授業に参加することで、不安が解消され授業中に活躍できるようになったとしたらそれは素晴らしいことだ。塾としても良い仕事をしたことになるだろう。そんなことは分かったうえで書いている。

学校の授業は、先生の発問を受けて生徒達が考えるというスタイルが多いと聞いている。
先生と生徒の真剣勝負。どのように展開するかは始まってみなければわからない「生きている」授業。今日は何が起きるだろうかとワクワクドキドキしながら臨む授業。想定外の生徒の活躍で予想だにしなかった学びが発生する。生徒も先生も予想もしていなかった収穫のある授業。そのような授業のチャンスを塾がつぶしてはいけない。

塾仲間の勉強会で、大先輩のY塾長の発した言葉が今でも忘れられない。もう、数年前のことだが。
ある塾長が、自塾の小6生にその地区の中1英語教科書を先取り学習させていると自慢げに語ったときのことだ。
「そんなことをやったら、中1になってからやることがなくなっちゃうじゃあないか。学校の授業がつまらなくなるじゃあないか」
こんなことを言う塾長を私は他に知らない。

もう6月。

Y塾長の1周忌が近い。



解き方を教えるのか、勉強の仕方を教えるのか

上手な解き方を教えてやれば、生徒はできるようになるだろうか。ならない。

一斉授業をしていた頃、私は上手な解き方や解りやすい説明方法を追い求めていた。指導力で学校の先生に負けていたのでは塾講師は生きて行けない。だから、塾に来なければ聞けない話をしようと毎日考えていた。お金を払ってわざわざ夜に通塾して来なければ受けられない指導をしようと自分を追い詰めていた。

ところがある時、それは間違いだと気づいた。

上手な解き方を教えてやっても、それだけでは生徒ができるようにはならないことが分かった。もっと正確に言うと、上手な解き方を教えてやっても、生徒ができるようになるとは限らない「時代」になったことに気づいた。なぜ、できるようになるとは限らないのか。簡単に言うと、生徒の方が特にそれを欲していないということ。つまり、上手な解き方を特に求めていない、ということ。何故求めていないのか分かったのか。まあ、それは生徒の表情、うなずき具合、手の動きなどから「感じとった」としか言いようがないのだが。

生徒はお金を払って通塾しているのに、上手な解き方を聞いて帰ろうとは思っていないような気がしてきたのだ。何故だ。塾には上手な解き方を教えてもらいに来ているのではないのか。

勿論、生徒によって通塾動機は様々だろう。だが、どうも以前と動機が変わってきたような気がしてきた。私が感じたことを一言でいえば、上手な解き方の有難みが薄れた、とでも言おうか。上手な解き方そのものがありふれてきたのか、生徒がその有難みが分かるレベルにまで到達していないのか。そのあたりはよく分からないのだが。

そこで、指導の中身で生徒をうならせるのではない別の方法を模索し始めた。

「勉強の仕方」を教える塾。

勉強の仕方を教えてやれば、生徒は自分で勉強できる。いちいち私が細かいところまで気を使って指導しなくても、生徒は私から教わって学習方法で勉強することで自ら学ぶようになるだろう。方法を私が教え、実行するのは生徒達自身。まさに自立型指導の幕開けだ。

ところが、どうもこれもしっくり行かなかった。勉強の仕方について生徒はなるほどと聞いてはいたが、そっくり真似する生徒も多くはなかった。よく、名物塾長のいる塾の生徒は問題のノートの取り方、ワークの使い方、問題の取り組みが皆同じだったりするが、生徒も私自身もそういうやり方にすぐに違和感を感じてしまったようだ。

勉強の仕方を教える塾でもダメか。

では、いったい塾では何を教えたら良いのか。

そこで私がたどりついたのが今の方法。
勿論、到達点ではないかもしれない。来年は今年のやり方を更に発展させるつもりだが。

今の方法とは。

「結果だけにこだわる塾」。それだけ。

テストで点数を取らせる。偏差値を上げる。通知表の成績を上げる。志望校に合格させる。
そのためには何でもやる。それ以外の細かいことは気にしない。

生徒が努力型なら比較的教える部分を増やし、反復で自信をつけさせる。生徒が天才肌なら余計なことは言わない。結果が出ている限り「気持ちよく」自分のやり方でやらせる。生徒の個性に合わせて私自身の経験と勘に頼ってその都度指導方法を判断する。

齊藤塾の自立型システムと呼んでいるが、まあシステム化できないシステムとでも言おうか。だから、このやり方は私が最初で最後。私が感じたままの自然な流れを指導に反映させているから。私の理想は職人的指導。だからこれで良いと思っている。

職人さんの勘はどこから来るのか。それは気の遠くなるような経験、試行錯誤の積み重ねから得られた自信から見えてくるもの。理屈を超えたところにある真実。言葉でなんか説明できるところにはない「自然に体が動いてしまう」ような感覚だ。

サッカーで「泥臭いゴール」という表現がある。私は大好きだ。体のどこに当てて入れたか分からないようなゴール。勢いだけでねじ込んだゴール。気持ちで押し込んだゴール。そう、結果にこだわる塾は「泥臭く」気持ちで合格を勝ち取りたい。

さて、今日のテーマ。解き方を教えてもしっくり行かないし、勉強の仕方を教えても今一つ何か違う感じが残る。それは結局何故なのかという問題。その理由は。そう、泥臭いゴールならぬ「泥臭い合格」でよいから結果が欲しいという追い詰められた感覚の有無。どうやっても良いから結果だけはどうしても欲しいという人の「怖い目つき」。

それがあれば、「上手な解き方」にも「勉強の仕方」にも飢えた野生動物のように食らいついてくるに違いない。「豊かな時代にそれを求めるのは難しいでしょう」という人に聞きたい。今現在、本当に豊かですか。中学生が大人になる5年後、本当に豊かですか。







プロフィール

齊藤塾塾長 齊藤茂

Author:齊藤塾塾長 齊藤茂
渋川高校卒業後、代々木ゼミナール(教務課)に3年半勤務。4年目の9月より浪人生活を送り、翌年4月に群馬大学教育学部に入学。卒業後、藤岡市、前橋市の大手進学塾にて前高、前女、高高、高女進学コース、附属中クラスなどを担当。平成9年に出身地の東吾妻町矢倉にて齊藤塾を開塾。以来トップ校受験生の指導にあたる。

2019年合格実績
前橋高校1名、前橋女子高校1名、高崎高校2名、高崎女子高校2名、群馬高専2名、新潟大歯学部1名、中央中等1名(その他・過年度分は下のホームページからどうぞ)

* お問い合わせは下記問い合わせバナーからどうぞ。
* 齊藤塾ホームページへは下のリンクからどうぞ。

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