多忙の中での勉強

今の時期は中間テストと期末テストの間のためだろうか、様々な行事に「利用」されているようだ。

文化祭、修学旅行、高原学校、などなど。5月の最初はゴールデンウィークだったかと思うのだが、やっと落ち着いて勉強できるかと思うと何やらいろいろな行事が目白押しだ。密度が濃い生活のように見えることろが落とし穴だ。行事の合間に勉強するのではなく、勉強がメインの生活ってどこかにないものだろうか。

一か月くらい勉強だけに真剣に向きあう期間、そんな期間があってもよいとは思いませんか?

これが質問として成立するくらい、生徒達は多忙だ。どうも、多忙な中でも勉強する時間を作ることができるかが試されているようだ。まあ、大人達の生活を見ればそれもうなずける。大人達だってゆっくり人生に悩んでなんかいられないほど多忙だ。多忙が極まって心の病にでもならないと「ゆっくり悩む」時間もとれないようだ。なんという皮肉。

生徒達には夏休みがあるだろう、とよく言われるが。夏休みほど多忙なものはない。

中3を例にとってみても、7月中は部活やその応援に明け暮れ、部活が終了したかと思うと、駅伝の練習が始まる。駅伝選手に選ばれそうもない生徒に補習を計画すると、なんと駅伝のマネージャーに抜擢されたりする。駅伝は夏休みの早朝だけだから、昼間は勉強に使えるかと思うと、ほぼ毎週のように高校見学が入る。高校見学の日はぼぼ一日それで潰れる。「潰れる」という表現は不適切かもしれないが、なんとか偏差値を上げようと対策を練っている私とすると、「指導日として期待できない日」となる。

お盆が過ぎて一週間もすると、早い学校では二学期になる。二学期初めには、炎天下の中で体育祭が行われる。そして、学期初めの実力テスト。学校の先生は「夏休みの成果が試される実力テストだ」などと言う。多忙に駆け抜けた夏休みを振り返っても、どの頑張りが成果に結びつくのかイメージできない生徒も多いだろう。中3生は最低でも、9月か10月の校内実力テストのどちらかで結果が出ていなければ、11月の三者面談では志望校を下げる話題が出てしまう。

夏休みにできなかった分を二学期に取り戻そうとしても、10月は文化祭の準備に追われる。駅伝が無関係の生徒でも、体育祭と文化祭には参加することになる。また、二学期で注意して欲しいのは、三連休の多さだ。祝日や振り替え休日、先生の研修日等で二学期は毎週のように三連休になる。連休と行事の合間に学校での勉強が進んでゆく。だから齊藤塾では三連休は通塾日にあてている。連休を指導日と考えれば十分な時間がとれるともいえる。連休中は学校の授業が進まない分、塾の指導が充実する。塾長ひとりの塾の強み。まあ、従業員のいる塾だったら労働争議が起きるかもしれないが。

生徒の多忙を文句を言っても仕方がない。決められた枠の中で結果を出すのが私の仕事。去年の二学期最初の実力テストでは各学校の学年1位~3位が合計9名出たのは自慢できると思う。我ながら良い仕事ができたと思う。自由通塾の強みで、生徒が通塾できる日に十分に対応した成果だと自負している。結果の9割以上は生徒自身の努力によることは言うまでもない。

多忙の中でも、時間を作って通塾してくれる生徒がいるから成果も出るというもの。変則的な通塾でも十分な学習時間を確保するコツがつかめたつもりだ。

私も生徒達がこれほど多忙でよいとは決して思っていない。
思春期にはもっと自分と向き合う時間をつくって欲しいと心から願っている。

多忙にすることそれ自体に意味があると考える大人がいるのでは、と疑ってもいる。
ただ、何をいってもしかたない。現実を受けとめて、塾は塾としての仕事を粛々と進める。
偏差値を上げること、通知表を上げること、志望校に合格させること。
それが塾の仕事だから、その結果を出して初めて社会貢献したことになる。

愚痴と自慢と達観の入り混じった今日のひとりごとでした。

体が溶けた蚕

蚕の体は溶けることがある。

気持ち悪い書き出しで申し訳ない。でも、本当のことなのだから仕方ない。
これは養蚕の経験のある方にとっては当たり前のことだろう。私の家は農家だったから、養蚕の手伝いをよくさせられた。だから、子供の頃は毎年普通に目撃していた。

溶けた蚕のことを「たれこ」という。中身が溶けてたれてくるからそう呼ぶようになったのだろうか。中身が黒くなって出てきてしまう。白い蚕が黒くなる。
塾ブログがオカルトになってきて申し訳ない。あまり細かい描写は如何かと思う。ただ、今日は最初に是非気持ち悪い思いをして欲しかったのだ。実際、気持ち悪いものだから。現実は現実として直視することも必要だ。

何故、こんな話をするのかというと。

どんな蚕が「たれこ」になるかを伝えたかったからだ。

蚕も沢山飼っていると途中で病気になるものも出てくる。それがひとつのタイプ。
もう一つのタイプが、今日のテーマ。
繭を作る段階になっているのに、繭を作れずに「たれこ」になるものがいるのだ。

白かった蚕の体が金色に透き通ってくると桑の葉を食べなくなる。繭を作る時期になったのだ。そうなった蚕は段ボールでできた小部屋の集まり(「まぶし」という)の上に乗せられる。乾いた場所に乗せられると、蚕は口から糸を吐いたりしながら、沢山ある小部屋の中から気に入った小部屋を選んで中に入り、そこで糸を張りめぐらせながら徐々に繭の楕円形の形を作ってゆく。内側からせっせと糸を張っている様子は、しばらくは外からも見える。吐いた糸の分だけ蚕自身は小さくなってゆく。そして、繭の壁が厚くなり中身の蚕は外からは徐々に見えなくなってくるが、まだシルエットがせっせと動いているのがわかる。そして、見えなくなってしばらくしてから中で蛹(さなぎ)になるようだ。これが、大半の自然な蚕の行動だ。

ところが、そうでないものがいるのだ。

小部屋に入って繭を作り始めるのだが、何が気に食わないのか途中まで作った繭に穴を開けて出てきてしまう。そして、別の小部屋に入って新しい繭を一から作り始める。そこで、繭を完成させることもある。最初、途中まで作った繭のために糸をだいぶ使ってしまっているので、他よりも小さな繭になる。それでも、繭を作るだけまだましだ。二番目の小部屋もなぜか気に食わないと見えて、また出てきてしまうものもいる。そんなことを繰り返しているうちに、体力を使い果たし、繭一つ分の糸を無駄に吐いてしまって、ほとんど体に糸が残っていない状態の蚕はどうなるか。

そう、「たれこ」になる。体力を使い果たすと蚕は死ぬ。死んで腐敗した蚕は中身が黒い水のようになる。皮膚も破れて中身がとろっと出てきてしまう。私達はこれを「溶けた」と表現した。

私達人間からは、どの小部屋もほとんど同じにしか見えない。同じ場所を行ったり来たりしながら、結局最初の場所に繭を作るものもいる。まあ、迷うことはあるだろう。蚕にだって個性はある。

繭を作るべき小部屋が決まらず何度も作り替えているうちに、糸がなくなり自らは「たれこ」になって「溶けて」しまう哀れな蚕。
周りの蚕はとっくに白く輝く繭を作って中で静かに眠っている。成虫となる夢を見ながら眠っている蛹たち。
その小部屋の端っこの方で黒く溶けた「たれこ」。

白く輝く繭と黒く溶けた「たれこ」。あまりにも対照的。
一匹の蚕の体にある糸の量は有限だ。
「たれこ」はどこで間違ったのか。「覚悟」ができなかったからなのか。

私が「たれこ」のことを時々思い出してしまうのは何故だろう。

いえいえ、あくまでも蚕のお話。
人間のお話ではありませんよ。勿論。


宿題考

宿題には「やってこない」という選択肢があるようだ。

塾仲間と話をしていると「宿題を出しても、生徒がなかなかやって来てくれないんだよ」という嘆きをよく聞く。塾のブログやホームページに、宿題を提出しない生徒に対しては厳しく対処する旨の記述をよく見かける。よくあるのは、宿題をやってこなかった生徒は教室に入れないというもの。あるいは、宿題をやったが家においてきたという言い訳をする生徒には家に電話させて家族に届けさせる、あるいは家まで取りに帰らせる。または、宿題を忘れた生徒は次の宿題が増えたりする。などなど。

一方、宿題をやってきた生徒は何らかのポイントがもらえるという塾もよく見かける。1年間全宿題提出の生徒は表彰される。塾内掲示で自分の棒グラフが伸びる。などなど。どうも、宿題を提出することで褒められる時代になったようだ。

宿題をやって来なかった生徒は授業後に残ってやらせる。宿題をやってからでないと帰宅できない、などの塾も多いようだ。これって、宿題をやってこないことを容認しているようなものだ。勿論、帰宅時刻が遅くなり、送迎担当の保護者は夜中に駐車場で長時間待たねばならないが、その苦痛を味わうのは保護者であって、生徒本人ではない。「今日は宿題の居残りがあるから、30分遅く迎えに来てね」でも良いし「宿題が終わったら電話するから、それから迎えに来てね」でもよいだろう。

宿題は一般的に授業内容の確認的要素が強い。だから、前回の授業の直後にやれば難なく解ける問題がほとんどだ。ところが、次回の通塾日に家を出る直前になんとか間に合わせる生徒も多いと聞く。まあ、そういうものでしょうね。前回通塾時の帰宅直後に塾の宿題をやれといっても、帰宅時刻は普通10時頃で、学校の宿題もあったりする。次の日は早朝から部活の朝練だろう。睡眠時間確保のため、まずは学校の宿題だけやって就寝するのが正しいだろう。次の日は次の日でやること満載だ。計画的に塾の宿題をする時間を確保できる生徒はそう多くはないはずだ。「いや、その時間を確保して自主的に勉強させ、学習の習慣をつけさせるところが弊塾のウリなんですよ」という塾も多いだろう。素晴らしいことだ。ただ、一般的には次回通塾時直前になんとか間に合わせる生徒も多いはずだ。内容的に記憶が曖昧になっている宿題と格闘することになる。それも家を出る直前の限られた時間で。

「時間がなかったので宿題ができませんでした」と堂々と言ってくる生徒もいるようだ。宿題って時間があるときにだけやればよくて、忙しい時には後回しにしてよいものだと捉えているようだ。

塾の宿題も含めた家庭学習が計画的に行えない生徒も多いようだ。そこで、最近は「画期的なシステム」を導入している塾もあると聞く。家庭学習の進捗状況を保護者へのメール等で確認するというもの。生徒が今どの問題をやっているかまでチェックできるシステムもあるようだ。進捗が悪いと担当の先生から励ましのメールが届く。なかなか進まないと徐々にメールの言葉は厳しくなっていったりして。そして、宿題が終わる間際には「もうちょっとで終わるようだね。頑張ったね。明日、先生は塾で待ってるからね、お休み」みたいな。

私が何を言いたいか、お分かりでしょう。

どうも、生徒には宿題をやらないという「選択肢」がある。
生徒が宿題をやらないという選択をした場合には、先生側はその先制攻撃に対して「対処(応戦)」しなくてはならない。

そもそもこの状況自体がおかしくないですか。

今日書いた内容、塾の宿題にまつわる話すべてに共通すること。それは、生徒の怠惰に対して大人が「対応」を迫られているということ。生徒のほうは「宿題やってこなかったよ」という先制パンチを大人に食わらせておいて「さあ、大人よ。君達はどう出るつもりだ。怒るのか、家に帰すのか、残してやらせるのか、さあさあどうする」という態度に出てきている。

これって変じゃあないですか。

では、どうするか。そもそも齊藤塾では宿題問題をどうしているのか。
それについては、追々触れます。


業務報告:中1、2生は単元テスト準備で戦っていた生徒が多かったかな。中3生は実力テスト実戦プリントで学習しました。5教科様々に入れ替えて学習できるシステムです。

期末テスト対策の計画

中間テストが終わったばかりですが、もう1学期の期末テストの心配をしなくてはなりません。あと1か月しかないのですから。

今日は学習計画の立て方について考えます。

次の二点だけ守れば勉強は計画通りに進みます。

それは、

1.量的には少なめの計画を立てること。
2.その計画は絶対に実行すること。

です。

人は量的に多めの計画を立ててしまいがちです。実現可能性の低い無理な計画をたてて、そして簡単に挫折します。
そればかりか「しょせん計画通りになんて行かないんだよね。そういうもんさ」などと自分を慰めたり、言い訳をしたりするものです。私の方法はそういう悪い習慣を断ち切るために有効です。

まず量的にはちょっと物足りないくらいにします。計画表に記入するときには、夢が広がりすぎて理想を追い求めすぎるものです。これが失敗のもとです。最低限の量を設定して、こんなこともできなかったら情けないというくらいいしておきます。次の「確実に実行する」ということを重視するからです。つまり、実行できたという「勝利」を確実にするためです。受験勉強でもこの点は大切です。受験では戦う相手(志望校)は選べます。その代りに、絶対に勝利することが求めららるのです。不相応な対戦相手を選んでしまって、完膚なきまでに打ちのめされるという戦い方は勝負ではありえません。
期末テストの計画も、「確実に勝利する」ということを最優先にします。

量的に少なめの計画とはいえ、何か所かチェックポイントを設けます。「何月何日にはこの問題集の何ページが終わっていなくてはならない」とか「何月何日にはこの単元の問題を2回の反復が終わっていなくてはならない」などというようなチェックポイントです。ここで大事なのは、このチェックポイント通過も絶対に守るということです。つまり、仮に問題集のある単元の2回目が今日までに終わっていなくてはならないとして、それが何等かの都合で10ページ分も遅れていたとしても「絶対に」実行するということです。徹夜してでも。これが「確実に勝利すること」という意味です。言い訳は許されません。風邪をひいて二日寝込んだとか、お爺さんが病気になり、見舞いに行ったとかそういう理由も「言い訳」とみなされます。それが、現実の厳しさです。どんな理由があろうとも、予定の日にはそのチェックポイントを確実に通過すること。間に合っていなければ徹夜すること。

こうやって「小さな勝利」を積み重ねることで、テスト対策の勉強がぐいっと前に進むのです。確実にすすむ。この確実に進んだという事実が重いのです。自信になるのです。「自分ってもしかしたらちゃんとできる人かもしれない」と思えるようになるのです。この小さな勝利の積み重ねで自信をつけてくると、ちょっとこれは病みつきになります。計画を立てては実行して勝利するということの繰り返しに酔っている自分を実感できます。確実に勝利するためにも計画は量的に少なめにすることが大切です。

量的に少なめの計画を「絶対に」実行すること。

こういうことができるようになると大人に一歩近づけます。
無理な計画を立てては、簡単に挫折し、言い訳をしているうちはまだまだ子供です。


業務報告:ある中学校では明日に数学の単元テストが実施されることが今日になって知らされ、急きょ単元テスト対策に切り替えました。実力テスト対策の予定で準備しておいたプリントは次回にまわし、今日は明日の為の単元テスト対策。学校の先生の授業が上手だったのでしょうか、生徒達が良く授業内容を消化しているからでしょうか、急な予定変更ではありましたが時間内にテスト対策ができました。何か所か私がチェックして解き方の確認をしましたが、頻出問題はすべて安心レベルに到達することができました。一人塾長の塾なので臨機応変に対応できます。メリットを最大限に生かしたいと思っています。明日、急に国語のテストが入った生徒もいましたね。3系統の問題を解いて帰ったので大丈夫でしょう。生徒一人一人がやっている内容はそれぞれですが、真剣に自らの課題に取り組んでいるその姿は学習というものに向かうべき本来の姿です。





甘えている人達など

私自らが受験生だったときや、塾講師となってから聞いた話です。面白い生徒達の振る舞いでいくつか記憶に残っている人のことを書きます。

個人が特定されてもいけませんので、私が学生時代に直接、間接に聞いた話も含まれるということにしておきましょう。

酒を飲むたびに、大学に行きたい、専門課程までとは言わないが教養過程だけでもいいから大学というところで勉強したい、と繰り返していた人。彼が大学に行ったという話は聞いていません。

私と同じ長男であることから、兄弟のために進学を断念し家業を手伝うことになった人。社会人を経てから大学に進学した私のことを知り、「そういう道もあるのか」とえも言われぬ表情をしたということです。そうです。いろいろな道があるのです。

高校時代は文系コースだったのに、浪人中に突然理系の勉強に目覚め、夏休みから物理を最初から勉強し、何とか受験に間に合わせてしまった人。文転という言葉はありますが、理転ですからね。

新聞配達をしながら親には経済的に頼らずに浪人していたある「新聞奨学生」。1年浪人しただけで、国立大学医学部に合格。

予備校で1浪したがどこにも受からず、2浪目は面倒見の良い塾でと決心。その塾の面接に親に買ってもらった車を自分で運転して来た生徒。免許を取るまえにやることがあるでしょうに。

車事件といえば。浪人中に親の車に彼女を乗せてドライブ中、事故を起こし車は大破。本人と彼女はまあ軽傷で済んだからよかったけれど。どこまで気持ちが緩んでいるのか。親も親ですが。

ある浪人生。受験した大学すべてに不合格。もう浪人もしたくないという。塾長が買ってきた「これから受けられる大学」という雑誌を塾スタッフ総出でチェックし、何とか受けられるところを見つける。ところが、当時受験料の振込銀行に指定があり、何と振込締切日がその日。しかも指定銀行の最寄支店も隣の県にしかない。「今すぐ高速道路で向かえば間に合うのでは」などとドタバタ。その後どうなったかは記憶にありません。

ある大学受験生。入試当日、試験場に向かうバスが何故かどんどん山の方に向かって行く。どうも変だと気づき、そのバスを降りて反対方向のバスに乗り換える。乗るべきバスを間違えていたらしい。それでも、何とかギリギリ試験開始時刻には間に合ったらしい。下見というのはしない主義なのだろうか。その程度の気持ちで受験しても大学に失礼だ。

私が直接教えてはいない大学受験生。私とは週に2、3回挨拶をする程度の生徒。休日に私のアパートに突然電話をかけてきて、今すぐ小論文の指導をしてほしいという。そうとう困って私に助けを求めてきたのだろう。なりふり構ってはいられないのだろうと思い、休日返上で指導に向かう。2時間程度の小論文個別指導。「だいたい、分かりました。有難うございました」と彼が突然言った。(え?分かったって何が。まだ2時間しか指導していないのだが。)「ところで、入試はいつなの」「はい、明日です」「・・・・・・」
彼、なんと地方の歯学部に合格したという。大学名は絶対に言えない。今頃イケメン歯科医などと呼ばれているのかなあ。

私の知らない某大学教授。酔った勢いで女子学生3人を乗せて酔っ払い運転。ほどなく湖に転落。何故か全員無事。びしょびしょにはなったが。さすが大学の先生は発想(?)が違う。

私の知らない某大学の学生。ウイスキーを一気飲みしたら心臓が止まる。友人みんなで心臓マッサージ。救急車が来る前に生き返る。さすが大学生は大胆。

私の知らない某大学でのこと。とある自然派教授の体育の授業。学生全員川を泳いて渡るという授業(?)を敢行。大学生といっても全員泳ぎが得意なわけではない。案の定途中で二人が溺れ出す。水泳で国体に出場経験のある学生が救助に向かう。文字通り死にもの狂いでしがみついてくる学生をなんとか救助。
自然派先生曰く、「全員上がったかあ。じゃあ帰るぞお」って。え?元国体選手がいなかったらどうなっていたのだろう。

おおらかな(?)時代でしたね。むかしむかしの話。ほとんどが聞いた話、ということにしておきましょう。


業務報告:中3生の校内実力テストでは今のところ提出した9名全員が各校で一桁順位です。ある中学校ではベスト3まで齊藤塾で独占です。こういうのは気持ち良いですね。やはり、努力の人は結果を出しますね。















群馬県から東大理Ⅲ女子

群馬県から、理系最難関の東大理Ⅲに合格した女子生徒はそう多くはないと思う。

前女、高女から過去に何名合格しているか私は知らない。

首都圏の名門高校に進学し、合格した例は知っているが。

去年のことだが、群馬県から東大理Ⅲに合格した女子がいる。

佐久長聖高校出身。
この中高一貫校で中学から寮生活を送り、浪人はしたが見事合格している。

佐久長聖高校という名前。箱根駅伝選手の出身高校としてあまりにも有名。
この高校、実は東大理Ⅲに今まで4名(うち3名は現役)の合格者を出している有名進学校なのだ。

中高一貫生コースの定員はわずかに105名だが、今年の進学実績も素晴らしい。
東大、京大、東工大各1名、名古屋大、筑波大各2名、さらに、国公立大学医学部医学科9名、私立大学医学部医学科15名、早慶上智19名(これはダブりがあるかもしれません。昨日の数字と単純比較はできません。)合格だ。

この学校の良いところは真面目で正直なところ。

入学時の合格最低点から出身地から費用面から何でも公開している。

特に好感が持てるのは中学時点から勉強を大切にしていること。

・・・・・・

本音を書きますね。そういうブログですからね。

どこの県とは言いませんが、中学生に狂ったように部活ばかりさせている県がありますよね。
禁止されたはずの「朝練」など、なし崩し的に復活させている県のことですよ。
土日は県外遠征などしている。勿論、やりたい人はどんどんやればよい。

でも、半強制的に部活をさせられても何も言えないのが現状。

本人の意思に無関係に勉強時間を奪って部活をさせている学校に比べたら、佐久長聖中は健全です。
部活は週3日だけ。それでもそこそこ強いそうです。

寮生は特に生活面、勉強面共に手厚く面倒を見てもらえます。
平日は塾に通っている暇がないほど。

齊藤塾から過去に6名、佐久長聖中学に進学しました。
(だからコマーシャルしている、と思われたら困りますが。)
現在でも土日を中心に通塾している生徒がいます。中高一貫生の場合は、学校がリードし大量の課題を出してくれるので、私はそのサポートに回った方が結果が出るので、そんなスタンスで仕事をしています。

部活はそこそこで、とにかく勉強をしたい人。
佐久長聖はおすすめです。

上記の女子生徒がもしも地元に残っていたら・・・・

ごめんなさい。「タラ、レバ」はやめましょうね。



早慶上智大合格者数

今春の早慶上智大「実合格者数」です。

一人の生徒が一つの大学で複数の学部、学科に合格しても一人とカウントした合格者数です。
各高校の実力を反映している数字かと思います。
MARCH、日東駒専などについては今回は話題にしません。

早慶上智の合格者数を合計した数を以下に示します。(太田高校は資料がないようです。)
数字は嘘をつかないと言われています。
一方統計にごまかされるな、とも言われています。
皆さんの評価はどうでしょうか。

高崎高校 87名
前橋高校 45名
前橋女子 30名
中央中等 28名
高崎女子 26名
樹徳高校 14名
桐生高校 13名
沼田高校  7名
農大二高  7名
太田女子  6名
新島学園  5名
渋川高校  4名
高崎北高  4名
健大高崎  4名
前橋南高  3名
富岡高校  3名
渋川女子  2名
前橋育英  2名
高経大附  1名

これが現実です。

実合格者数といっても、一人で複数の大学に合格した場合にはダブってしまいます。それでも、各高校の「実力」を反映した数字になっていると思います。言うまでもなく、高校によって学年定員が異なります。勿論、その点も考慮すべきです。スポーツ推薦も含まれるでしょう。それでも「わかりやすい」結果だと思いませんか。
余計なコメントはいらないかと思いますが。

高高と前高のこの差。
高高の方が私立志向が強いと言われてはいますが。それでもね。

中央中等の卒業生数はわずか124名です。前高、前女、高高、高女は320名程度ですから、換算してみてください。中央中等の実力は際立っています。でも高高の方が上かな。
高校入試での安全圏偏差値が62前後の高校(真ん中から下あたり)から早慶上智に行くのは簡単ではないことが分かりますよね。
沼田高校の健闘が目立ちますか。

高校入試時点では高倍率でも大学入試では物足りない結果の高校もありますよね。
私立も公立も。
あえて、高校名は挙げませんが。

ただ、上位校については高校入試が高倍率だった年の生徒は、やはり優秀だということが言えるのではないでしょうか。
私立では樹徳と新島が目立ちますかね。ちなみに新島学園の卒業生数は202名です。根強いファンが多いのもうなずけます。

世の中の人は結果で評価しますからね。

勿論、私達の業界も結果で評価されます。厳しいですよね。
これが現実。

勿論、早慶上智だけが大学ではありません。MERCHなどで結果を出している高校もあります。今日は触れませんが。

業務報告:今日も8時半に入室した生徒、夕方に入室した生徒、様々でした。日曜日は中高一貫校生の通塾が目立ちますね。五月雨式にやってくる単元テストの対策をやりました。通塾回数が確保できている生徒は十分な反復ができましたね。結果が楽しみです。

渋谷区立中央図書館

久々に「私の物語」の付け足しでもしましょうか。

大学進学の希望を持ちながら、予備校職員をしていた時代の話です。
当時も仕事の残業はそこそこ毎日ありました。午後5時までは目の前に次々と現れる小さな仕事を処理するのが精一杯で、課長から与えられている「締切のある仕事」には手がつかない状態でした。だから、午後5時以降、つまり問い合わせ電話を取らなくてよい時間帯に集中して「本来の自分の仕事」を進めるしかありませんでした。だから、ほぼ毎日1時間半から2時間の残業をせざるおえませんでした。

仕事が終わって住居としている宿直室に戻っても1日の疲れが出てしまって、1時間位は横になったままということも普通でした。夕飯は原宿の竹下通りのセブンイレブンで買う。竹下口を降りてそのままセブンイレブンに直行し、夕飯になりそうなものを買って宿直室に入るとすぐに倒れこむ。その繰り返し。

そんな毎日を2年ほど続けた私は「このままではダメだ。とても勉強などやる時間はない」と思い、生活を少し変えることにしました。

と言ってもほんの少しだけです。私が決めたこと。それは、午後8時までに帰宅できたら、食事を摂らずに勉強道具を持って図書館に直行する。それだけです。残業が長引き、午後8時以降に帰宅したときには、仕方ないので食事して寝るだけにする、と決めました。午後10時頃には就寝しないと、次の日の仕事に差し支えたのです。
このように決めてから何が変わったかというと、少しではありますが焦りが減りました。勉強しなくてはならないのに、何もやってない、やろうとしているのに状況が許さない、どうしようという先の見えない状態から、少しだけではあるが前に進んでいるという安堵感のようなものが自覚できたのです。

原宿竹下通りの近くの渋谷区立中央図書館。

たしか、閉館時刻は午後9時だったと思います。だから、午後7時ころに帰宅できれば2時間、午後8時に帰宅しても1時間は勉強ができたのです。歩いて5分くらいの所にありましたので。
勉強といっても参考書一冊と筆記用具だけ持って行き、昨日よりほんのちょっと前に進むだけのことだったのですが。精神的にはだいぶ落ち着きました。
それも、3日くらい勉強ができて調子が出てくると、決まったように仕事が忙しくなり帰宅は8時以降になってしまう。また、しばらくすると8時までに帰れる日ができて勉強復活、などということの繰り返しでしたが。

もしかしたら、私がこのブログでスモールステップを強調するのは、この時の経験が心に深く沁みこんでいるからかもしれません。気の遠くなるようなスモールステップに耐えること。どんなにスモールでも確実に前に進んでいます。少しだけ前に進むと気持ちも少しだけ前向きになれます。

私のブログをお読みくださっている方の中で、働きながら勉強を続けている方がいらしたら私は全面的に応援します。働きながら勉強することは絶望との闘いです。お酒を飲みながら妄想を膨らませることとは全く異なります。具体的に目標を持って勉強しゴールを引き寄せることはつらいことの連続です。勉強の調子が出てくると、仕事が忙しくなる。勉強が予定通り進んできて「よっしゃ!」と思った次の日には宴会が入る。そんなことの繰り返しの中でも淡々と勉強を続けることしかないのですから。勉強は勉強時間さえ確保できれば前に進むわけではありませんよね。勉強は勉強で自分の弱さとの闘いです。解らないことを解るようにする、できないことをできるようにすることは苦しみの連続です。でも、その挑戦の時間の十分に確保できないもどかしさ。

閉館時刻1時間前の図書館にこれから入ってゆく人など他にはいませんでしたが、そんなことを続けると精神的にはだいぶ落ち着いてきました。
進学の夢が実現できないということは、その後の人生すべてに見通しが立たないということです。背中がひんやりするような気持ち悪い絶望感との闘い。

渋谷区立中央図書館。

私の気持ち悪い絶望を小さな希望に変えてくれた図書館です。

私の勉強の場はその後、世田谷区の羽根木公園近くの図書館に移ってゆきます。
機会を見てまた書きます。

貧乏話がお嫌いな方は適当にスルーして頂きたいと思います。


報告:今日も一人中3生が学校の実力テスト結果を提出しました。校内順位3位。最高順位です。いつもは6位あたりにいましたので、大健闘ですね。上位生の熾烈な戦いに勝ったようです。でも、まだ第1回目です。気を引き締めて行きましょう。次回のテストは、部活、期末テスト、単元テストと並行して準備しなくてはなりません。勉強のバランス、ペース作りはプロである私がやりますが、自分と戦うのは塾生自身です。

偏差値の上げ方

偏差値を上げれば志望校に合格できます。

塾の仕事は塾生の偏差値を上げ、学校の通知表を上げ、志望校に合格させることです。特に受験生の偏差値をいかに上げるか、塾の指導者は毎日そればかり考えています。そればかり考え続けて二十数年も過ぎた人がいます。

それがこの私。

偏差値を上げるには自分の頭を使って考える時間を確保することが是非とも必要です。学習習慣のついた人が勝つのは当然です。習慣として学習時間を確保し、自分の頭を使って考えることができている人はそれだけで何歩もリードしています。

自分の頭を使って考えるときに大切なことがあります。

それは、自分にとって解るか解らないかギリギリの所を考えること。だから、少し苦しいのです。まあ、苦しいと面倒くさいの中間くらいのレベルですが。解らない状態、つまり宙ぶらりんの状態に耐える力が学習には求められるのです。その少し苦しい状態に耐えて、できたり解ったりした時の快感を得る喜びを沢山味わってくると、学習というものの「面白み」が少し分かってきます。

今の中高生は多忙です。多忙な中でそのような喜びを得られる時間を確保して欲しいのです。どうも、現代の若者には限られた時間で多くの処理をして、一定のスキルを身につけることが求められているようです。時代がそれを求めているということなんでしょうね。教科書もまた厚くなりました。一方で学力低下していますから、そのへんのチグハグ感は否めませんが、まあ対応するしかないでしょうね。

偏差値の上げ方でしたね。

時間の確保ができたら、基本事項が不安な人はまとめ的ワーク(塾用ワークの受験編など)である単元を選んで最低3回は反復します。一つの単元が片付いたら、次の単元へと移ります。片付いた単元から目次に印でもつけておけば励みになりますよね。次にこのワークを学習する時には前回の復習を軽くやってから、新しい単元に入ると学習効果は倍増します。これはやらない人が多いですね。復習ってラクで、やった人には必ず効果があるのにやる人が少ないのです。だからやった人の一人勝ち。

基本事項が確認できた人やもともとあまり不安のない人は実戦問題をやります。最近は中学校でも模試の過去問を印刷して配布してくれますよね。齊藤塾では過去問や実戦問題プリントに挑戦させて問題慣れをさせています。ワークでは解けた問題でも、実戦問題形式になると解けないという人は沢山います。実力テスト直前には実戦問題演習は絶対に必要です。
ワークや問題集の問題と実戦問題とは少し雰囲気が違うのですよね。だから、慣れておく必要があるのです。勿論、テスト前日に各教科1枚ずつやったくらいでは足りません。計画的に各教科バランスよく準備するのが理想です。自分でやっているとどうしても無計画になり、得意科目だけやったり、漢字練習だけだっり、計算問題中心になったりします。1問1答ばかりやる生徒も多いですよね。暗記科目の1問1答。ゲーム感覚でできるし、遊ばずに勉強したという時間を作るという安心感のようなものがあるのでしょうね。だから、どうしても本格的な実戦問題は敬遠してしまう生徒が多いような気がします。自立型の塾では実戦問題練習の時間を十分に確保できます。問題を解いて私が採点し、やり直す。次回もう一度解く。弱い部分は別のプリントでピンポイントの演習をする。次に同じ範囲の別問題をプリントで演習する。この繰り返しで、オーソドックスな問題に慣れることができますので、安定した得点を取れるようになってきます。

お読みいただきながら「何だそんなことか」とお思いの方が多いかと思います。私は次のことを何度も強調して来たかと思います。

偏差値を上げる一番ラクな道、それはラクな道などないということを知ること。それは早ければ早いほど良い。

齊藤塾では、1か月で全ての塾生の偏差値を5上げることなどできません。勿論、5上がる生徒はいますが、全員ではありません。短期間に偏差値を上げる生徒もいますが、それは結果であってそれを目指したわけではありません。即効性なんか最初から求めていません。実力をつけるには時間がかかります。上に書いたようなことを、今日もやり、明日もやり、明後日もやる。今月もやり、来月もやり、その次の月もやる。それしか偏差値を上げる方法はありません。起死回生の9回裏逆転ホームランを狙う人は三振します。齊藤塾ではシングルヒットを積み重ねて得点する高校野球方式を指導します。だって、それしかないじゃないですか。夢のような方法なんて最初からない。

今日の話題を「目新しいことがないなあ」といってスルーしてしまう人も多いかと思います。同じことしか言わないなあ、とか、特筆することはないなあ、とか。これが落とし穴なんです。分かることと実行することとは気の遠くなるほどの距離があります。

だから、ノウハウを公開することには何のリスクもないのです。ノウハウでも何でもないやと言ってスルーしてくれるから。業界人でも齊藤塾の実績ややり方に興味をもって教材名や指導法を質問してくれた人がいますが、今現在同じことをしている塾はないはずです。そもそもやろうとしない。ためしにやってみようかという人もいないと思います。

実戦問題プリントはこの10年間で集めに集めました。使えないものも沢山ありました。次から次へとゴミになりました。大金かけて導入しても使えないことが分かった瞬間に捨てました。使い続けることで塾生が被害を被りますからね。今使っているのはほんの一握りの「生き残った教材」なんです。塾生や保護者の方には言っていませんが。プリントだと反復学習が簡単にできます。私がチェックもしやすい。

本日、最1回中3塾内テスト(G社主催)の結果が返却されまた。塾生の頑張りのおかげで、よいスタートが切れたと思います。ちょっとほっとしています。以下、塾生の偏差値です。

1位 72   2位 69    3位 68    4位  67    5位  64  
6位 61   7位 60    8位 59    9位  58    10位  55

下位順位の生徒の中には、最近入塾した生徒も多くまだまだこれからです。
上位の生徒のうち5名は各自の志望校で一桁順位となっています。まだまだ、受験者が少ないとはいえ大健闘です。

実戦問題を解き、私が採点して生徒がもう一度解きなおす。弱い部分はピンポイントのプリントで基礎固めをする。次回もう一度解いて、同じ範囲の別問題を解き、私が採点してもう一度解く。これを繰り返した結果です。勿論一番頑張ったのは生徒達です。まだ、第1回目。これからもっと伸ばします。

手を使うと脳が働く

ここ数年、齊藤塾では様々な教材にチャレンジしてきた。
そして、私なりのある結論に達した。

PCの発達のおかげでPC画面だけでの学習も可能になった。映像教材の発達により、有名講師の授業を田舎でも受講できるようになった。それはそれで素晴らしいこと。有難いこと。

検索して調べたりすることについてはそのスピード感が昔のような速度に戻ることは、もう私も耐えられないだろう。

ただ、メインの学習部分については紙と鉛筆を使い、手で書いた方が頭に入るような気がする。
「手を使うことで頭が働く」
使い古された言い方になるが、どうもそんな気がしてきた。
これについて塾仲間に端から聞きまわったわけではない。
統計を取ったわけでもない。
私の狭い経験から肌で感じたこと、とでも言えばよいか。

塾の教材屋さんも相変わらず(と言ったら失礼かな)ワーク教材をメインに営業している。デジタルや映像もあるが急成長しているわけでもないようだ。PC教材については、様々な教材屋さんが億単位のお金をかけたり、個人の塾長さんが手作りで作ったりして面白い挑戦をしている。それは応援したいし、良いものには今後もチャレンジするつもりだ。ただ、10年近く様々な手法を試してみた感想としては、やはり「紙と鉛筆」だ。

齊藤塾がプリント教材を採用しているのはそれが主な理由だ。PC利用は問題のデーターベースからの抽出としての利用にとどめ、生徒が問題を解くのはプリント上で、私が指導するのも紙上の生徒の文字を見ながら、という形に落ち着いた。かなり、クラシックな形態に戻った感じだ。
プリントだと生徒の解答を丁寧に見ることができる。プリントだと、同じ問題や類題を瞬時に作成できる。その点ではPCに助けられている。ただ、生徒が問題を解くときは紙の上で鉛筆を使っての格闘だ。

人件費削減を目的にしてPCで指導しようとして失敗した塾長を多く見てきた。何故、人が教えねばならないのか。本当のところはこれから考察してゆきたい。というのは、PCを上手に利用して成果を出している塾長もいるからだ。
「PCは使いようだよ」と言われてしまえばそれまでだ。

人間は手を使うことで脳を発達させてきた、ということが少し実感としてわかる。
それは今後も変わらない。だから、キーボードをたたいたりスマホの画面を指でなぞるだけでは足りないのかもしれない。勿論、仮説だが。

小さな子供。
教えてもいないのに紙に絵を描いたり、貼り合わせて何かを作ったりしている。どうも、これは遺伝子に深く組み込まれているようだ。手を使うことで脳に気持ち良い信号が送られるのかもしれない。
そういえば老人ホームでも手芸などを盛んにやっている。経験的に手を使うことが脳に良い刺激になるということが分かっているのだろう。

だいぶ遠回りしたが、やはり「手を使う」という原点が大切だと分かった。
チャレンジしなければそれも分からなかったのだから、まあよしとしよう。

雑誌に群馬県内各高校の私立大学合格者の実数が載っていた。追々、考察しようと思っている。中堅校は最上位にいないとそこそこの大学には受かっていない。まあ当然だが。それと、私立の奮起を期待する、かな。

業務報告。
来週、総まとめテストが学校である生徒はプリントで学習。2教科だけなので、テスト前に何回か反復できるだろう。追加のテストが入らないことを期待する。学校で予定の英語テストがなかった生徒は、明日にスライドしたテストの対策をした。今日はワーク中心。学校も様々な都合があるようで、予定のテストをやらない、予定外のテストをする、などということは日常茶飯事。そのたびに慌てることはなくなった。淡々と対応するのみ。対応して結果を出すのが私の仕事。

結果と言えば、第1回中3学校実力テストの結果を数名の生徒が提出した。今のところ学校順位が前回より下がった生徒はいない。提出した全員が学校順位1位~5位までに入っている。春休みから準備した成果が出たと思う。頑張って結果を出した生徒達を称えてやりたい。
高校生はまだ中間テストが続く。頑張れ。今の学習は直接大学受験につながる。
プロフィール

齊藤塾塾長 齊藤茂

Author:齊藤塾塾長 齊藤茂
渋川高校卒業後、代々木ゼミナール(教務課)に3年半勤務。4年目の9月より浪人生活を送り、翌年4月に群馬大学教育学部に入学。卒業後、藤岡市、前橋市の大手進学塾にて前高、前女、高高、高女進学コース、附属中クラスなどを担当。平成9年に出身地の東吾妻町矢倉にて齊藤塾を開塾。以来トップ校受験生の指導にあたる。

齊藤塾合格実績・・・前高、前女、高高、高女、高専、渋高、渋女、高経附、佐久長聖中、中央中等、樹徳中、埼玉大、新潟大、群馬大、静岡大、高等工科他

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