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本物との出会い

高校を卒業した年の5月に予備校の事務として就職した私は、その年の12月にすばらしい先生と出会うことになる。数学のY先生だ。数学雑誌の編集長を長年つとめた人だった。ちなみにセンター試験の解答で、他の受験雑誌では10行ほどかかる模範解答が、この雑誌での解き方ではせいぜい3行だ。行間を読めない人には勧められない雑誌だ。エンジニアやお医者さんなど理科系分野の社会人、大学生などで受験生でなくなってからも購読し続けているファンも多いようだ。
この雑誌の編集長を20年もやっていたY先生が何故か雑誌社を辞め、予備校の先生になって私の目の前に突然現れたのだ。原稿を書く仕事は「飽きた」ので教壇に立つ仕事に興味をもったというのだ。

 新しい先生が入ると、その授業の様子を見にゆき報告するのは私の仕事だった。どんな経歴の先生でも、最初は基礎コースの授業を担当させられる。1階のそば屋から上がってくる汁の臭いの立ちこめる廊下に漏れてくるY先生の授業の声は、他の先生のそれとは全く異なる響きをもっていた。まだ顔もしらないY先生の授業は周波数が他の先生とは全く異なっていた。一言で言えば「伝わってくる」のだ。その予備校には400人ほど先生がいたが、どう見てもいきなり5本の指に入った感じだった。

他の先生の質が低いということではなく、そもそも良い先生とはそのくらい数が少ないということだ。身近に良い先生があまりいないからといって不満を持つのは「ないものねだり」だ。予備校というところに行ってそのことが良く分かった。そもそも良い先生の絶対数が少ないのだから仕方ない。だから、目の前にいる自分の学校の先生を信じて学ぶのがベストだ。感謝して学ぶことだ。学校の先生の悪口を言う生徒が散見されるが、これは生徒自身にとってもマイナスだ。変えようのない現実に不満を持つこと自体が勉強にとってマイナスなのだ。予備校の先生は当時、学期ごとの契約だった。だから、人気のない先生はすぐにクビになった。それも手紙一本で。その競争の中で生き残っている先生が400人だったはずなのだが。

仕事がらY先生の授業をのぞく機会に恵まれた私。やはり先生の授業は際だっていた。Y先生の何が凄いか。一言で言えば、インタレスティングなのだ。冗談もたまには言うが先生の話は「本質の話」ばかり。予習を全くしてゆかなくても面白くて仕方がない数学の授業なんて他にあるのだろうか。予備校には授業中に踊りを踊ったり、酒を飲んでみせたり、90分の大半をスポーツの話をして人気をとる先生などさまざまだったが、Y先生は王道を行きながらしかも授業の内容自体が興味深かった。

数学ってこんなにも面白いものだったのか!! 衝撃だった。Y先生の授業を全て受けたかった。昼間は仕事があった私は夜の授業をとることにした。火曜日の午後6時半から一コマだけ私の受けられる授業があったので、職員割引で講座をとり、毎週欠かさず出席した。飲み会があっても火曜日の「飲み会」だけは遅刻して参加した。火曜日だけは残業をしないようにした。1週間で唯一の楽しみがY先生の数学の授業を受けることだった。

数学雑誌関係では、その幹部も同じ予備校に出講していた。Mという先生だ。長髪で背が高くてダンディー。高級車のジャガーに乗っていた。東大の文科を出て数学の受験雑誌の幹部をしていた。予備校教務陣の評価も生徒達の評価も高かったが、ある日突然来なくなった。ある職員と個人的に親しくなったからだという噂だった。

M先生が亡くなったのもその雑誌の訃報で知った。結核を患ったのがきっかけで文系の人なのに「良い数学の参考書が世にない」のを憂えて数学雑誌の創刊を決断したということをその訃報の告知文で知った。ジャガーのM先生も苦労人だった。

Y先生はといえば白いワイシャツを腕まくりして、いつも同じ格好で電車で通って来ていた。同じ東大出なのにずいぶんと違っていた。Y先生は東大の数学科を出ていたかと思う。Y先生の訃報は3年ほど前、やはり同じ雑誌で知った。雑誌創刊時にはペンネームを使ってほとんどのページを書いていたということもその訃報で知った。

群馬大では東大出のS先生の数学の授業だけが際だっていた。2回しか受講する機会がなかったがそれはしびれるものだった。

私は予備校に3年3ヶ月勤めたあと、同じ予備校で浪人した。できれば東京の大学に入学して、Y先生の授業だけはその予備校で受け続けようと考えた。群馬大に進学した私はやむなくその計画を断念した。

10年ほど前まではY先生執筆の参考書はどこでも手に入った。数年前にふと欲しくなって書店をのぞいて愕然とした。ない!古書店にもない。なんとか探しまくってアマゾンで10倍以上の値段のものを買い集めた。
私の宝だ。

「本物」の先生は存在する。突然私達の前に現れる。

ところで、この私は本物になり得たか。

いやまだまだこれからだ。1ミリでもよいから本物に近づこう。

予備校の先生達の話は思いついたところから書き足そうと思っている。
今日もお読み頂き、感謝。
プロフィール

齊藤塾塾長 齊藤茂

Author:齊藤塾塾長 齊藤茂
渋川高校卒業後、代々木ゼミナール(教務課)に3年半勤務。4年目の9月より浪人生活を送り、翌年4月に群馬大学教育学部に入学。卒業後、藤岡市、前橋市の大手進学塾にて前高、前女、高高、高女進学コース、附属中クラスなどを担当。平成9年に出身地の東吾妻町矢倉にて齊藤塾を開塾。以来トップ校受験生の指導にあたる。

2019年合格実績
前橋高校1名、前橋女子高校1名、高崎高校2名、高崎女子高校2名、群馬高専2名、新潟大歯学部1名、中央中等1名(その他・過年度分は下のホームページからどうぞ)

* お問い合わせは下記問い合わせバナーからどうぞ。
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