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伸びられる日は伸びる

今日も「忍ばせ」ます。

光村図書小5の国語教科書『銀河』に高見順さんの『われは草なり』という詩が掲載されている。何故この詩がここにあるのかは分からない。

われは草なり伸びんとす
伸びられる日は伸びんとす
伸びられぬ日は伸びぬなり・・

文語、七五調、繰り返しを特徴とする詩として紹介されているようだが。
高見順さんは晩年、病を患い常に死と隣り合わせの生活の中でこの達観した詩を作ったようだ。『銀河』をすぐに手に取れる方、是非開いて読んで頂きたい。塾の先生、小5以上の保護者の方は生徒やお子さんの本棚にあるかもしれないので。

後半はさらに力強く、与えられただけの、身の丈にあった生を生きる喜びが表現される。

私は死ぬのが恐くなった時にこの詩を読み返す。
今のこの生を生きていることの喜びに満たされる。
この詩は力強くそれを「楽しさ」と表現し歌っている。

日本に詩人って何人いるのだろう。だいぶ前に聞いた話では、歌詞専門の人(作詞家)を除くと4~5人だそうだ。今はもっと少ないかもしれない。

このような詩に力をもらって救われる人がいる。少なくともここに一人。

会田綱雄さんという詩人が『伝説』という詩を書いている。
湖から這い上がってくる蟹を縄にくくりつけ、市場で米と塩に換えるという生活を繰り返して子供達を育てている貧しい夫婦の話。彼等の「ちちはは」も同じことを繰り返し彼等を育てた。彼等はやがてやせ細った自らの体を「かるく かるく 湖にすてに」行く。それを蟹達は食いつくす。それは「ねがい」だと続く。永遠に続く生と死の繰り返しの中にいる自らを自覚した時に、静かな気持ちになれる。

是非お読みください。図書館でしか読めないかもしれませんが。

今日はここまで。

(今日はある新入塾生の初日だった。また、お問い合わせも頂いた。感謝。)

所属欲求

合格発表関係もあと少しとなったためでしょうか、アクセス数も減少気味のようです。
この期を見計らって温めておいた話題を忍ばせておきます。

マズローという人が人間の欲求を5段階に分けているようです。それなりに説得力があるのかな。

私は人間の「所属欲求」はもっと上位に置いてもよいかと思います。人間は一人では生きられないことは誰もが認める所でしょうが、現実味をもって捉えている人はどのくらいいるのでしょうか。

人は生まれた直後から家族の愛情に包まれて成長して行きます。この無条件に降り注がれる愛情に包まれることで、子供は不安にかられることがなくなるのでしょうね。安心できるところに所属している実感が持てて初めて勇気を持って外の厳しさに挑めます。母親が重要な役割を担っているのは当然ですが、今日は深入りしません。


私の反省を一つ。
厳しい塾へと路線変更した当初、「やる気ないなら塾を辞めろ。」を乱発したことがありました。やる気ある塾生への悪影響を考えての言葉でしたが、今では大いに反省しています。所属解除宣告がどれくらい人を傷つけるものか当時の私は分かっていませんでした。厳しい言葉はその厳しさレベルが高ければ高いほど、言葉を発した者の真剣さを表していると受け取ってもらえるものと勝手に信じていたようです。しかし、実際は生徒を傷つけただけで終わっていた。勉強でも部活でも厳し指導は必要です。ただ、突き放して所属集団から排除するような脅しは効果が薄いだけでなく、心に深刻な傷を負わせることになりかねません。

厳しい時代になってきて、会社でも「やる気ないのなら辞めてもいいんだよ。君の代わりなんていくらでもいるんだ。」などと言われている人も多いと聞きます。所属解除の脅しは社員のやる気を喚起するどころか、心を深く傷つけて簡単には立ち直れないほど落ち込ませていることに思いをはせて頂きたいと思います。

人は「所属」から外されると生きて行けないのです。だから、所属解除宣告は死活問題なのです。そして、その脅しを浴びた人は「なにくそ」と勇気を振り絞るどころか、生きて行けない不安におののくのです。

様々な年代で単身世帯が急増しています。時代の流れで仕方ないことなのでしょうが、単身といってもいつでも所属を確認できる程度の「おひとり様」が心の安定には良いのでしょうね。

今日は幼稚園の卒園式というものに参列して来ました。演出も素敵で、園児達が先生方や友達に育ててもらって成長してきているのだと実感でき、感動して帰ってきました。子供は社会の中でしか育たない。当たりまえのことを再確認させて頂きました。人は人に見守ってもらって育つ。

そういえば、ある私立高校の校長先生が「中学生は仲間に育ててもらっている」とおっしゃっていました。仲間がいて人は人になれるのですね。

だから、一番残酷ないじめは「仲間はずれ」です。

では、仲間に入れてもらってさえいれば幸せなのかというとそうではない。
「しがらみ」という問題が出てきます。
西洋でしがらみ社会から脱するために民主主義が発明された、と聞いたことがあります。本当なのでしょうか。

論点がぼけ始めたので、今日はこのへんで。お読み頂き、感謝します。






田舎から中学受験

今日はいじめ問題の続きを書こうかどうしようか迷ったのですが、もう少し考察が深まってからにしようと決めました。

というわけで、今日は中学受験の話。

この地で塾を開業したときには、まさか中学受験の指導をすることになろうとは夢にも思っていませんでした。それが今では毎年中学受験生がいます。初めて中学受験生を受け入れてからまだ10年経っていませんが、中央中等4名、佐久長聖中6名、秀明中2名、樹徳、共愛、かえつ有明各1名進学してくれました。ストリートビューでご覧頂きたいのですが、この土地で塾をやっていて中学受験生が毎年いるのですよ。時代は変わりましたね。と、私がしみじみ語っていてはいけないのですが。大学まで見据えた進学を考えた時には、私学が選択肢の最上位に来るという人は確実に増えています。どの土地の塾であれ、その期待には応えて行かねばなりません。

そこで問題になるのは教材のこと。首都圏の有名私立中受験と大きく異なるのはその受験対策の内容です。齊藤塾ではプリントとワークの併用で指導しているのですが、教材屋さん作成の教材内容が年々基本中心に変化しているのです。私にとっては歓迎です。難問の指導をするにもまず基本が出来ていない子には無理であることは言うまでもありません。まずは教科書レベルのことを完璧にし、通知表でA評価を並べることです。小学校の通知表は生徒の学力を正しく評価していると思います。だから、小学校といえども成績は大事。担任の先生は良くご覧になっています。

基本が出来た子から、生徒の力に合わせた基本プリントにするか、標準プリントにするかの判断をして行きます。私の場合は決して無理はさせません。少しずつ少しずつレベルを上げて行きます。中学受験する子はほとんど学校ではクラスで1番か2番の力がありますが、それでも慎重に指導して行きます。生まれて初めて習ったことを受験生レベルにして行くのは、優秀な子といえどもストレスの掛かる作業になります。自信をなくさせないように慎重を期します。

(このブログは他塾の先生もお読みのようです。私の指導方法を公開することに躊躇はありませせん。真似したい方は是非真似て頂いて、情報交換したいものです。まあ、あまりにもオーソドックスなので特徴らしきものはありませんが。)

教材屋さんのワークやプリントが基本重視になってきているのは、各塾の先生方からの要望を受けてのことでしょうね。まずは基本、テクニックは基本が出来てから。基本も塾で教える、という時代になってきたようです。

中学受験ではどうしても一言文句を言っておきたいことがあります。それは理科、社会の暗記物について。「難問」と称して、中学入学後に学ぶであろうことを入試に出すのはどうかと思います。優秀な子供でも習っていないことは知りません。知らないことを入試に出しておいて「うちの入試はここまで要求している」とばかりにレベルの高さをアピールしているように見えるのです。小学校の教科書の範囲を逸脱しなくても難問はいくらでも作れるはずです。それがプロです。中学校で「これから習う」範囲を出題しておいてこれは難問です、というのは安易な作問だと言われてもしかたありません。これは中学入試の「伝統」なのかもしれません。でも、そのために中学受受験生は運動会の練習の後でも何でも丸暗記の山と格闘することになります。

こんなことは中学に入ってからいくらでも教わる。小6の今やるべきことの時間を犠牲にして覚えるべきことなのだろうか、という疑問を感じながらいつも指導しています。勿論、首都圏有名中学を受験する子はそのくらいやってもよいのかもしれません。でも、大半の中学受験生にとって意味のあることなのでしょうか。

最後に中学受験成功者が陥る問題に触れておきます。
中学受験の成功が「成功体験」として中学入学後の伸びを阻害することがある、という問題。
中学受験はあくまで中学受験。そのやり方が中学「入学後」も通用するわけではない、ということが一部の生徒にはなかなか分からない。そのへんがまだまだ子供なんですよね。指導する上で注意したい点です。

小学生は言ってみればまだ「幼虫」です。全国イモムシ競争大会で優勝してもそんな「成功体験」はイモムシ時代にしか通用しません。イモムシはやがてサナギになり蝶にならねばならないのに、成功体験が足を引っ張って「キャタピラー速度だけは誰にも負けないぞ。だってボク優勝したんだもんね。」といつまでもイモムシでいる子がみられるようです。周りの子がそろそろ蝶になろうをしている時期になっても。


今日もお読み頂き、感謝いたします。

前高、高高後期は8割で合格。

東大、前高、前女、高高、高女、中央中等などの検索ワードでこのブログに来られた方は、いきなり昨日の記事のような貧乏、苦学、変人話に付き合わされて戸惑われたかと思います。お詫びしておきます。時々私の身の上話に付き合わされるかもしれません。不快な方は適当にスルーして頂きたいと思います。

苦学話=自慢話、自慢話=不快な話  というのは公式のようです。

皆さんは小学校卒業以降、声を出して泣いたことが何回ありますか。
親族との別れのとき? 夏の大会で負けたとき?

私はたったの1回です。
22歳の2月。これまた東京時代のことです。この話、今日は書きません。これも上記の公式通りですから。

さて、今日の自慢話は「合格ラインは予想通りだった」です。

前高はじめトップ校の合格ラインは8割と以前申しました。はやり、その通りでした。

実際はそれ以下でも受かっていますが、そういう人は入学後そうとう努力をして欲しいと思います。入学前の課題でアップアップしている人は通学、部活、生徒会等であまり張り切り過ぎないことを期待します。「前高生をやっているだけで幸せ」という人には何も言いません。合格した人の中でも自分の順位が分からないという人も多いでしょうね。把握するのは簡単です。塾内テストの偏差値です。低い偏差値で大逆転合格した人はその努力は認めますが、自らの実力に自覚的であって欲しいと願います。入学前に既に戦いは始まっていますよ。

新中3生が目指すべきは、塾内テストで常に8割以上を取れるようにすること。それがトップ校が合格の条件です。前にも書きましたが、390点で偏差値65です。400点以上を常に取れればかなり期待できるのです。それには私がいうところの「普通」に日々の学習を消化してゆくこと。決して「後回し」にしないことです。

このブログ、塾生には毎日読ませようかな。内容についての試験したりして。そんな会社ってありますよね。

教育熱心なご家庭ほど、習い事が多い傾向があるようです。どんなに多忙でも、中学校でその日に習ったことをその日に確実に自分のものにしておくこと。これが前高(勿論他も同じ)合格への道です。私の話はいつもクラシックな響きをもつかもしれません。現代の塾人の話としては如何かと感じられる方も多いかと思います。私だって、何もしないでここに到達したわけではないのです。ここ数年、パソコンソフト、映像授業、PDA(小さなタブレット)等に挑戦した結果たどりついた結論です。

受験生が一番欲しいのは前高などトップ校への合格のはずです。保護者の方も同じですよね。合格への最短距離は日々の授業の消化です。塾人としては一見自分の首を絞める発言のように聞こえるかもしれません。しかし、私が欲しいのは「塾生の合格」です。人から何を言われても構いません。自立型は自習しているのとどこが違うのか。プリントを配って終わりなのか。通塾回数が多すぎないか。学校の勉強以上のことをやってくれないのか。様々な誤解と偏見。こんなことが恐くて自立型の塾などやれません。これほど回数が多いのにこの月謝でよいのか、といわれたことも数知れず。その逆のこともあったでしょうね。なかなか結果に結びつかない時には、本人の努力や保護者の送迎の努力が無駄になっているように感じて不満も倍増のようです。回数が多いのに結果が出なければ当然そうなるでしょうね。それだけリスクを負うやり方ですよ。でも、最後に私が欲しいのは「塾生の合格」です。

途中いろいろありましたが(これは毎年)最後には皆受かりました。前高、前女、高高、高女、高専コース在籍の4人全員がこれらの高校に合格しました。私が欲しかった「結果」。塾生とその保護者が欲しかった「結果」です。また自慢になって来ましたね。ごめんなさい。合格発表は14日、今日はまだ18日です。もう少しこの幸せ感に浸らせて欲しいと思います。誤解を恐れずに突き進んで、結果を出したのだから評価してくださいよ。それも2年連続。一人で教えていて。

自慢話が終わったので次は情報です。
明日は塾組合の研修会に参加してきます。電子黒板やプロジェクターを利用した授業の研修です。自立型にどのように利用できるのか分かりませんが、いろいろな利用方法を教えてもらって来ます。来月はi-Pad利用授業の研修会にも参加します。タブレットはアメリカほどの普及が進むのかどうかまだ見えませんが、一部の自治体ではそうとう積極的に進めているようです。私立校では当然ですよね。これも自立型の塾でどのように活用できるのか全く未知数ですが、研究したいと思っています。「やはり使えない」という結論になるかもしれませんが、それはそれで一歩前進ですし。

次は業務連絡(笑)です。齊藤塾のやり方に近い自立型学習塾の先生がいらしたら是非ご連絡ください。一人一人プリントのやりとりで指導している自立型学習塾です。基本は学校の進度の合わせています。講習は復習中心です。先取り学習は一部の余裕のある生徒だけに実施しています。学校の進度に合わせてプリントのやりとりで教える自立型学習塾で偏差値68から72のトップ校の合格させる、という塾です。(くどいかな、ゴメンナサイ。)
業務連絡終わり!

今日はここまで。

塾人になったわけ

「どうして塾の先生になったの?」

塾生から何度この質問を受けたことだろう。「先生って何歳?」の次に多い質問だ。
一言で答えられるわけないじゃないか。そんな難しい質問。
その答えを見つけるために、今まで塾人を続けてきたのかもしれない。

群馬大の教育学部を卒業しても公立学校の教師にならない。しかも塾の講師になる。当時はあまり例がない選択をした私を理解してくれる人はほとんどいなかった。いや、今塾人として付き合ってくれている友人の中にも「馬鹿な選択だった」と言ってくれる人さえいる。

教師にならないと伝えた時、母親は泣き、父親はキョトンとした。東京で4年も生活した後で群馬大の教育学部に入学した私。だいぶ遠回りしたとはいえ、その4年後には教師になるであろう息子の将来に、母親は何の疑いも持たなかったに違いない。当時話題にすることさえ無意味な「当然の」道だったのだから。父親は大学が4年で卒業するものということすら知らない人だった。(まあ、その事実を知ったとき、さすがの私も愕然としたが。)

地方大学の教育学部は教員養成のためにある。そんな当たり前のことに私は疑問を感じていたのかもしれない。そういえば、大学3年生のゼミ授業の時に、何故この学科を選んだかという話題になった。ある友人が「教員になれれば良いと思ったので」と答えた。その答えを聞いた瞬間、どうしようもない憤りを感じたことを今でも鮮明に覚えている。(「教師にさえなれれば良いのか。オマエは。」)勿論、口には出さなかった。それが平均的な答えであることくらい、私だって知っていたから。でも、友人の答えは私にとっては許せないものだった。彼の言う「教師にさえ」という言葉は、将来が保証されている安定した仕事という意味に聞こえ、決して体当たりで子供達と向き合う熱い仕事という意味には聞こえなかったからだろうか。勿論、今なら分かる。一見不純な動機で教師になっても、そんなことでは続けられない仕事であることくらい。逆に理想に燃えていたからといって、それだけではやってゆけないことくらい。私だった大人になってからだいぶ時間が経っている。安定した仕事を持ち、家族を養う。それのどこが悪いのか。少しも悪くはないし、おかしな事でもない。それが大学3年生の私にはどうにも納得できないこととなっていたようだ。「まあいいじゃないか」というレベルを遙かに超えていたのだ。

そんなこと言うのなら、地方の教育学部は何のために存在して欲しいと思っているのだ、とは聞かないで欲しい。これも私には難し過ぎる質問なのだから。

親の金で大学生活を送っていたら、親の言いなりになっていたことは間違いない。でも、私はそうではなかった。他人よりも4年(あるいはそれ以上)親孝行のスタートが遅れるかもしれないという「負い目」はあったものの、経済的には全く親に頼っていないという「強み」があった。「負い目」と「強み」の混沌たる混在。その強みの方を生かして、大学卒業後は自由にさせてもらうことにしてしまったのだ。何の見通しもたっていなかったが。

人を褒めるときには本人に直接ではなく、間接的に伝わるようにするのが良い、と言われている。当時の塾長が塾生に語った「齊藤君は名を捨てて実を取ったのだ。」という言葉が私まで伝わって来たとき、ジーンときた。当時、理解してくれている人が皆無だった私は、その言葉でイチコロになってしまったようだ。

いとこに東大医学部(理Ⅲというところ)を出た人がいる。その事実は時々話題に出して利用させてもらっている。彼の父親(つまり、私の伯父)だけが「塾の先生もいいんじゃないかなあ。」と私の父に言ってくれていたようだ。その言葉を聞いた父は長い「キョトン」の時期を脱して父なりの理解の仮設していったらしい。

どうして学校の教師にならなかったのか。どうして塾の先生になったのか。
どうも4年間の東京での生活が影響しているようだ。3年半は予備校の事務。残りの半年は予備校生。予備校と世田谷梅ヶ丘の図書館通いでの追い詰められた生活。

大学3年時、教員採用試験のくだらなさを力説していた私に、何かを言って来る友人はほとんどいなかった。一人だけ私のことを可哀想に思ったのだろうか。「確かに採用試験はくだらない。でも、そもそも試験なんてそんなものだ。腹を立てるようなものではない。いっときは既成の制度の言いなりになっているようなフリをしてやって、中に入ってから改革でもなんでもすればよい。」と言ってくれた友人がいた。一人だけ。

日本に一人くらい私のような考えの人間がいたってよいと思う。有り難いことに好きな仕事をしてなんとかここまで生き延びて来ている。人生が3度くらいあれば、そのうち1回は教師になっていたかもしれない。だから、変人度も大したことはないと自分では思っている。

最後まで読んで頂き感謝します。ここまで語ったことは初めてです。「分かるなあ、あなたの気持ち。」と言われても傷つき、「よく分からないなあ。変わった人だねえ。」と言われても傷つき、「へえー、苦労したんだねえ。」と言われても傷つきます。厄介です。ただ、読んで忘れて頂きたいと思います。勝手でごめんなさい。

続きはまた書きます。今日はここまで。

国語は論理

「私の物語」の続きを期待されている方も多いようです。徐々に書いて行きますね。これこそ私にしか語れない内容ですから。

今日は国語の話。
本当は「習い事考」まで行きたいのですが、これまたデリケートな問題なのでゆっくり考えてからにします。

「日本人なら日本語は出来るから英語を習わせなくちゃ。」
「国語は漢字くらいを押さえておけばよい。でも算数は教わらないと出来るようにならない。」

とお考えの若いお父さん、お母さんがいらしたとすれば、「それは大間違いですよ。」と声を大にして言いたい。
皆さんのイメージされている国語力ってもしかすると親子で会話ができたり、町で買い物ができたり、TVのドラマが楽しめたり、ちょとした雑誌が読めたり、ということではありませんか?

それって普段の「用が足りる」日本語力ですよね。

日本に生まれて普通に生活していれば小6あたりになれば、ほとんどの用が足りる日本語は使えるようになりますよ。
では、「用が足りる」日本語が使えるはずの中1生の多くが何故国語の実力テストで得点出来ないのですか。

理由は簡単です。「用が足りる」程度の日本語力では、実力テストが期待している「論理的思考」が出来ないからです。

中央中等受験などの適性検査対策(作文)を指導していていつも思うのですが、小6と中1では大人度がだいぶ違うのですよね。小6生に作文を書かせると、ほとんど同じ結論が並びます。「ぼくも作者のように、友達の気持ちが分かる人になりたいと思います。」のような作文が大半を占めるのです。簡単に言うと「大人が期待している内容」だと子供達が感じていることを「期待通りに」書くのです。だから、誰が書いても似たような「正しい」作文になるのです。従って、読んでいてつまらないし読む意味がない。本人の考えも伝わらない。中央中等を受験するような優秀な児童なら「期待通り」の作文を書くことなどたやすいのです。

でも、それでは頭一つ出ることが出来ない。4~5倍の競争に勝てない。私はこのような作文を「お利口さんの」作文と呼んでいます。何故ダメか。だって、大人が期待していることを書こうそした時点で、それは本人の考えではないからです。そんなことくらい中央中等の先生は軽く見破り、他の大量の「期待通り作文」の山の上に積んでおしまいだからです。秋の旅行の作文くらいしか書いたことのない子が、自分の考えを限られた字数にまとめ上げて、人を説得する作文を書けるまでに指導することは本当に骨が折れます。大人の思考に一歩足を踏み入れる前の段階の子にとっても戦いなのかもしれません。(あ!齊藤塾から中央中等に4名合格しています。ちょっとアピールです。)


それまでに、作文で何度も賞をもらった子が書いてきた「お利口」作文を私が突き返すと、例外なく子供はキョトンとします。そして次に戸惑い苦しみます。どうに書いたら「正解」になるのか、と。これが小6生の平均的な子の発想なんですね。小さい頃から身近な大人の期待を察知して成長してきたことが、悪いなどとは一言も言っていませんよ。そうではなくて、「お利口」作文から脱皮して、自分の考えをまとめられる少し大人の作文を書けるようになりましょう、と言っているのです。そして、それこそが中央中等などで期待している生徒像なのですよ。

頭一つ出る作文を書くには少し大人になって欲しいのですよ。「キョトン」状態からぐいぐい自分の考えをまとめ上げる作文が書けるようになるまでには少しの戦いがありますね。子供も苦しいと思いますよ。だって、それまで学校の先生には褒められてきた書き方が、塾では全く評価してもらえないのですからね。言いたいことを一つに絞って説得的に書き上げる文章なんて書いたことがないのですから。

それが、塾で20本くらい書いた頃から見違えるような文章が書けるようになってくるのです。私がうなってしまうような文章が。わずかの間に子供は成長するのですよね。最初は、課題文をなぞったあとで自分も作者のようになりたいなどとぶっつけ本番で書いていた人が、余白に何行も下書きをして構想を練ってから作文を書くような「大人」に成長するのですよ。徐々に論理を組み立てられるようになってくるのですよ。

文章を読む時には段落ごとにまとめてゆき、最後に主題を書き上げますよね。これは小学校でもやります。これと逆のことをするのが説得的文章の書き方です。つまり、主題を先に考えて段落ごとの内容を構想し、それぞれを肉付けしていって一つの文章に仕上げて行く。それが主題を伝えるための最も有効な手段だと分からせるまでには少し時間がかかりますよね。

お店で用が足りる程度の日本語力で「日本語はできるから」などと思っていては、中1からの「大人の論理的思考」への「段差」が登れないのですよ。

国語は論理力を鍛えるものです。

実は英語についても同様のことが言えます。「歌って踊って」の英語から大人の英語(やはりアメリカの中1レベル)への橋渡しをする教育は日本には「存在しない」と言っている学者がいるようです。なかなか厳しいですよね。某県のイマージョン教育も岐路に立たされているようですし。皆が憧れる(?)帰国子女。女子アナや一部タレントのような成功(?)例ばかりではないのですよ。日本語でも英語でも論理的思考ができなくなっている人の将来を案じます。

まずは母国語で論理力を十分に磨くこと。それには、中学生からの読書「量」が重要になります。ところが、そこにドーンと立ちはだかるものがあります。それは・・・・。(ゴメンナサイ。今は書けません。でもあなたが想像しているもので多分当たっています。)いずれゆっくり考察します。このブログでは本音を書くことになっていますので。



標高1150㍍からの通塾

今日も標高400㍍から発信します。

齊藤塾の塾生で標高1150㍍から通塾している生徒が複数います。
塾生の通塾距離もさることながら、通塾標高差ランクでは日本でも最上位を狙える自信があります。
そんな統計はないでしょうね。残念です。

700㍍以上の標高差を送迎して下さる保護者さんには頭が下がります。
その期待に応えられているか、日々自問しながら仕事をしています。


突然ですが、工場や銭湯の煙突って何故あんなに高いかご存じですか。
煙を高い所から吐き出すため?

うーん・・・。

煙突ってその下と上との気圧の差で煙を上に引いているのです。
高ければ高いほど気圧の差が大きくなりますよね。

低気圧が近づくと体調が悪くなる人っていますよね。
去年トップ校に合格した塾生がそうでした。
大人でも相当数いるようです。気圧と体調、気分との関係についての研究はどのくらい進んでいるのでしょうか。

標高で700㍍の差があれば、その気圧差は人体に影響あるのでしょうか。



このところ、震災3年目、東大合格発表、高校後期入試合格発表と重いテーマが続いたので、今日は軽めの予告編にしておきましょう。

いずれ、どうしても取り上げねばならないテーマとしては、「ほめ方」の問題があります。

私が駆け出し塾講師だったころも、よく塾長に言われました。「どんな子にも一つ位は良いところがある。そこを褒めるんだ。そうすれば、その子は元気になり喜んで塾に来るようになるし、講師の言うことも聞くようにもなる。」ってね。授業参観後の校長先生のお話しにもそのような内容が多いと聞いたことがあります。「欠点を指摘されてばかりいてはやる気がおきなくなる。何かが上手に出来た時を見逃さないこと、それが子供を褒めるチャンスなんだ。そのチャンスを捉えて褒めれば子供は変わるんだ。」と。

本当にそうなんでしょうか?

確かに、子供は叱られるのは嫌いで褒められるのは好きでしょうね。でも「何でも良いから長所を見つけて褒めてやれ。そうすれば子供は変わる。」などというある「意図」を持って褒めたとしても、子供はそんな「意図」は簡単に見抜いてしまうと思いますけどね。そして、大人の意図とは裏腹に「安易で単純な」大人を軽蔑するようになり、褒めることの有効性が急速に失われてしまうのではないでしょうか。

おっと、今日は予告編でした。いずれ、ゆっくり考察します。

「褒める」と「認める」は全く異なる行為だと思いますよ。

そういえば、震災で親族を亡くされた高校生が言っていました。「同情はして欲しくない。共感して欲しい。」

似て非なる概念ってありますよね。

もう一つ。

「反抗期」という言葉を安易に使いすぎていないか、という見地からの問題提起。
子供が親の意のままにならなくなってくると「おお、うちの子もいよいよ反抗期がやってきたゾ。しばらくは戦いになるなあ。」などと軽くおっしゃる父母達が多すぎないか、という話。「反抗期」は大人の側が勝手に名付けたものではないのか、という発想から見えてくる問題の考察。

このあたりの問題は教育に携わる人が避けては通れないものだと考えます。

ゆっくり、深く考察して行きたいと思っています。

さて、

今日は昨日公立高校に合格した塾生が高1数学の予習授業に来ました。彼等にささやかな合格祝いを無造作に渡すその一瞬の何と幸せなこと。合格した生徒のお父さんも挨拶に来てくれました。

合格高校をアピールする看板を書いたり、HPにアップしたり。1年で一番幸せ感を味わえる時期です。努力を積み重ねてしっかり結果を出した塾生達に感謝です。

最後に私が考えた名言(?)を。

「努力とは継続のこと。」

普通すぎますか。
でも、私らしい一言でしょ。

今日はここまで。



失敗した君へ。

公立高校入試に失敗した君へ。

今日沢山泣いた君だけに分かることがあるのです。
それは、次の歌に込められたメッセージです。

その歌とは、『雨のちハレルヤ』(ゆず)です。
NHK朝ドラの主題歌。昨年大晦日の「紅白」でも歌っていましたね。

(勿論一部しか載せられませんが。是非DLして全曲をお聴きください。)

♪ ・・・どんな君でも
         愛している
     顔を上げてごらん光が照らす
           涙の川も海へと還(かえ)る
       誰の心も、雨のちハレルヤ

         ・・・・・・
     君がいるかけがえのない日々
                 それが奇跡

         ・・・・・・・
      何があってもそばにいるよ
          君と待っていたい 昇る朝日を
      さらば、手を振ろう 悲しみ達に
          時は流れて笑顔になれるよ ♪


何もつけ足すことはないのですが・・・・

今日、残念な結果になったからといって、君の今までの努力が否定されたわけではありません。
人生なんて失敗だらけです。君より長く生きている私など、失敗の残骸の上に芽吹いた植物のようですよ。
生きていれば上手く行くこともあれば行かないこともある。

第二志望の高校に胸を張って入学しましょう!

その高校の先生方は、全てを分かったうえで君を受け入れてくれるはずです。
その新たな出会いが、君にとってかけがえのないものになるかもしれません。
このチャンスを生かすかどうかは君次第。
「あの時失敗したからこそ今の自分があるのだ」と後になって言えるような人生にしようよ。
それは、明日からの君の姿勢にかかっています。

「どんな君でも愛している」と言ってくれる人が君にはいますよね。
「顔を上げれば光が照らし」ます。いっぱい泣いたらその涙を「海へと還し」ましょう。
どんな激しい雨だったとしても「雨のちハレルヤ」です。
雨の後は必ず晴れます。

いっぱい泣いたら、顔を上げて日の光を浴びましょう。
君と一緒に「昇る朝日を待ってくれる」人がいるはずです。


この歌は三拍子。三拍子の歌は力強くて優しい。

つらい思いをした人は力強く優しくなれます。

入試結果です。齊藤塾

全員合格!高校入試結果

本日、後期入試の合格発表があり、齊藤塾塾生全員の進学先が決まりました。
今年も全員合格です。以下塾生全員の進学先です。

塾生達の努力を称えます!

前橋高校1名・・・2年連続合格

高崎高校1名・・・3年連続合格

前橋女子1名・・・2年連続合格

群馬高専1名・・・2年連続合格

渋川女子1名・・・ほぼ毎年合格

高経大附1名

前橋商業1名

農大二高1名


トップ校に連続合格できました。

このブログで繰り返し強調していることが間違っていないと再確認できました。
県内トップ校に合格するには「普通のこと」を毎日地道に積み重ねることです。

中学校で習ったことを徹底的に演習すること、今日やるべきことを後回しにしないこと、孤独に自分と向き合うこと、そして考え抜いても分からないことは塾長のアドバイスを受けること。

私も自信を深めました。

今の指導方法にさらに磨きをかけます。
標高400㍍の「塾長一人で教える小さな塾」です。そのことをメリットと捉え、それを最大限に生かし、フットワーク良く、その日にその生徒が一番やるべき事を徹底的に演習させるという指導法を極めて行きます。デリケートなやり方ですが、ぶれずに続けます。


塾生達、おめでとう!  そして、有り難う!

今日は盛大にお祝いしてもらってください。今日は君達がヒーロー、ヒロインです。

明日からは、高校の予習授業の続きが待っていますよ。

(今夜は別の方向性で記事を書く予定です。)



「ノルマ達成」高崎高校

高高の東大現役合格者数

2012年 1名
2013年 5名
2014年 10名(前期)

2012年の「惨敗」を「東大ショック」と名付け、授業、補習、宿題の量等については一から見直すという作業を校長先生のリードのもとに改革を行った結果、高高はこんな短期間に復活してきました。東大合格者数が増えても、医学部合格者数が増えないと医療関係者から文句が出る。お医者さんのご子息は前高の方がどうしても多いので医学部受験生総数がそもそも違う。先生方も大変ですよね。

最近は高高生でも「どうせ自分なんか」という謙虚(?)な生徒が多いそうで、潜在能力があっても難関校に挑戦したがらない傾向があるとか。保護者も「無理はさせたくない」という人も多いようです。そんな条件の下で先生方が高高を復活させたことは称賛に値します。医学部合格者数の集計等まだ終わっていない段階です。前高では東大受験者候補が大量に医学部受験に流れているかもしれません。勝手で安易な評価は両校の生徒、先生方のご努力を無視することになり、彼等を傷付けることにもつながるでしょう。気をつけたいものです。

高高の校長先生が気にしておられた、OB達から課せられている暗黙の「ノルマ」は達成しつつあるかもしれません。

それにしても、高高も「面倒見」が良くなったものだ思います。東大または東北大の訪問会、企業訪問、早朝、土曜、長期休業時の補習、添削指導、合宿など至れり尽くせりです。まあ、他校もこのいくつかはやっているでしょうが。特に「難関大学志望者対象の補習授業」の充実が今回の飛躍につながったことは間違いありません。

OB達も頻繁に高高を訪問して後輩達の面倒をみる。中堅校ではあまり見られない姿ですよね。やはり、前高や高高にはOB達がいつも母校のことを気にしている、という風土があるようです。昨日は渋高を褒めましたが、渋高でOB達が頻繁に訪問して面倒をみるという風土はあるのかなあ。ちなみに私は卒業後2度しか渋高の敷地に足を踏み入れていません。それも事務的な用事でした。

模試業者から「高高は最後のひと伸びが足りない」と指摘されれば、「探求型の学習」のために新聞等を利用して生徒同士で輪読し刺激しあう場を設けたとか。後からじわじわ効いてくるであろう学習法を取り入れた地道な努力が今回結実したのでしょう。65分授業で1.5倍から2倍の授業スピードで進むことで受験期の十分な過去問練習につなげている。先生方のご努力と、それに食らいついて行く生徒の粘り強さに敬服するしかありません。

人は結果を見てから、理由を探して来ます。今日の私の話もその類だと言われても仕方ありません。去年秋の塾対象高高説明会の時点では、高高改革については私も半信半疑状態だったことを告白せねばなりません。結果が出れば持ち上げ、出なければボロクソという安易な評価だけはしないよう気をつけたいものです。オリンピックでもそんなことありましたよね。

公立学校の先生方がこれほどのご努力をされている。
民間の私達が負けるわけには行きません。高高の「企業努力」は大いに刺激になりました。感謝します。

あ!勿論一番頑張ったのは生徒さん達です。当然ですね。

今日はここまで。
プロフィール

齊藤塾塾長 齊藤茂

Author:齊藤塾塾長 齊藤茂
渋川高校卒業後、代々木ゼミナール(教務課)に3年半勤務。4年目の9月より浪人生活を送り、翌年4月に群馬大学教育学部に入学。卒業後、藤岡市、前橋市の大手進学塾にて前高、前女、高高、高女進学コース、附属中クラスなどを担当。平成9年に出身地の東吾妻町矢倉にて齊藤塾を開塾。以来トップ校受験生の指導にあたる。

齊藤塾合格実績・・・前高、前女、高高、高女、高専、渋高、渋女、高経附、佐久長聖中、中央中等、樹徳中、埼玉大、新潟大、群馬大、静岡大、高等工科他

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