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学習と掃除は似ている

掃除と学習の共通点。

掃除は同じところを毎日やる。

同じ部屋の同じ窓を拭いているのに、昨日拭き足りなかった部分を今日見つける。
そしてそこを拭く。
全体、昨日よりもきれいになる。
昨日は見えなかった部分が今日は見える。
それは何故か。

昨日、そこ以外をきれいにしたから。
昨日ほかの部分をきれいにしておいたから、今日はそれ以外の部分の汚れが浮き上がって見える。
昨日の土台があるから、今日のさらに美しくなった窓がある。

学習もこれに似ている。

だから、毎日やる。
復習で何度でも上塗りをしてみる。

必ず新しい発見がある。
更なる深みが見えてくる。

それは、昨日までの学習の姿勢が甘かったからではない。
昨日までの学習の土台があって初めてそれが見えたのだ。


さて、中3生は第2回校内実力テストの結果提出が始まっています。

学年1位、3位、6位、7位などなど。
一気に順位を上げた生徒も。

今後が楽しみです。
夏期講習後はさらに上がります。
毎年上がっていますので、今年も「必ず」上がります。

無理やり好きになれ!

苦手科目については、ぞんざいに扱っている人が多い。

ぞんざいに扱うから、その科目からあなたもぞんざいに扱われてしまう。

好かれたければ、好きになること。

好きになる理由がないと好きになれない。
これでは普通のことです。

そうではなくて、

「まずは」好きになろうとすること。
好きになる努力をしてみること。

やってみると、このことって、意外とできるものですよ。

そうすると、向こうからも好かれる。

相手を変えることは基本的に不可能ですが、自分が変わることはできます。
自分の行動は自分の意志で決められるから。

自分が変わることで、相手の自分に対する見方が変わる。
自分が変わるから、相手も変わる。

「自分が変わる」と決めたら、まずは一歩だけ前に進めてみること。

宿題再考

宿題には「やってこない」という選択肢があるようだ。

塾仲間と話をしていると「宿題を出しても、生徒がなかなかやって来てくれないんだよ」という嘆きをよく聞く。塾のブログやホームページに、宿題を提出しない生徒に対しては厳しく対処する旨の記述をよく見かける。よくあるのは、宿題をやってこなかった生徒は教室に入れないというもの。あるいは、宿題をやったが家においてきたという言い訳をする生徒には家に電話させて家族に届けさせる、あるいは家まで取りに帰らせる。または、宿題を忘れた生徒は次の宿題が増えたりする。などなど。

一方、宿題をやってきた生徒は何らかのポイントがもらえるという塾もよく見かける。1年間全宿題提出の生徒は表彰される。塾内掲示で自分の棒グラフが伸びる。などなど。どうも、宿題を提出することで褒められる時代になったようだ。

宿題をやって来なかった生徒は授業後に残ってやらせる。宿題をやってからでないと帰宅できない、などの塾も多いようだ。これって、宿題をやってこないことを容認しているようなものだ。勿論、帰宅時刻が遅くなり、送迎担当の保護者は夜中に駐車場で長時間待たねばならないが、その苦痛を味わうのは保護者であって、生徒本人ではない。「今日は宿題の居残りがあるから、30分遅く迎えに来てね」でも良いし「宿題が終わったら電話するから、それから迎えに来てね」でもよいだろう。

宿題は一般的に授業内容の確認的要素が強い。だから、前回の授業の直後にやれば難なく解ける問題がほとんどだ。ところが、次回の通塾日に家を出る直前になんとか間に合わせる生徒も多いと聞く。まあ、そういうものでしょうね。前回通塾時の帰宅直後に塾の宿題をやれといっても、帰宅時刻は普通10時頃で、学校の宿題もあったりする。次の日は早朝から部活の朝練だろう。睡眠時間確保のため、まずは学校の宿題だけやって就寝するのが正しいだろう。次の日は次の日でやること満載だ。計画的に塾の宿題をする時間を確保できる生徒はそう多くはないはずだ。「いや、その時間を確保して自主的に勉強させ、学習の習慣をつけさせるところが弊塾のウリなんですよ」という塾も多いだろう。素晴らしいことだ。ただ、一般的には次回通塾時直前になんとか間に合わせる生徒も多いはずだ。内容的に記憶が曖昧になっている宿題と格闘することになる。それも家を出る直前の限られた時間で。

「時間がなかったので宿題ができませんでした」と堂々と言ってくる生徒もいるようだ。宿題って時間があるときにだけやればよくて、忙しい時には後回しにしてよいものだと捉えているようだ。

塾の宿題も含めた家庭学習が計画的に行えない生徒も多いようだ。そこで、最近は「画期的なシステム」を導入している塾もあると聞く。家庭学習の進捗状況を保護者へのメール等で確認するというもの。生徒が今どの問題をやっているかまでチェックできるシステムもあるようだ。進捗が悪いと担当の先生から励ましのメールが届く。なかなか進まないと徐々にメールの言葉は厳しくなっていったりして。そして、宿題が終わる間際には「もうちょっとで終わるようだね。頑張ったね。明日、先生は塾で待ってるからね、お休み」みたいな。

私が何を言いたいか、お分かりでしょう。

どうも、生徒には宿題をやらないという「選択肢」がある。
生徒が宿題をやらないという選択をした場合には、先生側はその先制攻撃に対して「対処(応戦)」しなくてはならない。

そもそもこの状況自体がおかしくないですか。

今日書いた内容、塾の宿題にまつわる話すべてに共通すること。それは、生徒の怠惰に対して大人が「対応」を迫られているということ。生徒のほうは「宿題やってこなかったよ」という先制パンチを大人に食わらせておいて「さあ、大人よ。君達はどう出るつもりだ。怒るのか、家に帰すのか、残してやらせるのか、さあさあどうする」という態度に出てきている。

これって変じゃあないですか。

「基礎問題集」


「基礎問題集」をなめてかかってはいけません。

基礎と名の付く問題集こそ、練りに練った編集がなされているからです。
厳選に厳選を重ねて、どうしても外せない、単元の根幹部分のエッセンスのみが、結晶のように示されているのです。

得意科目についても、時々基礎問題集で確認することで、学習の軸となる部分が再確認され、その実力がさらに強化されます。

基礎基本こそ、何度でも確認すべきことなのです。

「私は基礎は分かっているのだが、応用問題が解けない」

とはよく言われることです。

間違いです。

応用問題が解けない人は、例外なく基礎が分かっていないのです。「私は基礎が分かっている」と本人が勝手に思い込んでいるだけです。あるいは、基礎というものをあまりにも甘くみているのです。

基礎は易しいので、軽く通り過ぎるもの。
そう考える人は、応用問題が解けるようにはなりません。

基礎こそ何度でも何度でも繰り返し確認すべきものです。
単元の土台となるものだからです。
その単元の本質に関わるものだからです。
そもそも、その基礎の理解を本物にするために練習問題があるのです。

何度覚えても忘れてしまう

「何度覚えても忘れちゃうんです」


奇しくも同じ言葉を発した高齢の方が2名。

1名は80代で最難関資格の一つ「宅建」を取得した女性が発した言葉。
何度も何度も覚えるけれども忘れてしまう。だから、マーカーの色を変えて覚えなおすのだとか。

もう一人は、高名な英文学者が発した言葉。
現在、某大学の名誉教授。
英単語ってどうしてこんなに覚えられないのだろう。何度覚えても忘れてしまう。
だから、何度でも覚えなおす。

高齢になられてからも努力を続けているお二人から、奇しくも同じ言葉が聞かれた。
それも、自慢話でもなければ、要領の良い学習法でもない。
後に続く者へのアドバイスでもない。

自分はどうしてこれほどまで覚えられない人なのか。

だから、

私達凡人が覚えられないのはあまりにも当たり前。

この大先輩の二人以上に努力してから自己嫌悪に陥るなら陥るべき。

私達凡人は、

まずは、努力が足りない。
反復が足りない。
しかも、全然足りない。
プロフィール

齊藤塾塾長 齊藤茂

Author:齊藤塾塾長 齊藤茂
渋川高校卒業後、代々木ゼミナール(教務課)に3年半勤務。4年目の9月より浪人生活を送り、翌年4月に群馬大学教育学部に入学。卒業後、藤岡市、前橋市の大手進学塾にて前高、前女、高高、高女進学コース、附属中クラスなどを担当。平成9年に出身地の東吾妻町矢倉にて齊藤塾を開塾。以来トップ校受験生の指導にあたる。

齊藤塾合格実績・・・前高、前女、高高、高女、高専、渋高、渋女、高経附、佐久長聖中、中央中等、樹徳中、埼玉大、新潟大、群馬大、静岡大、高等工科他

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