学習者の心得

学習者の心得をいくつか確認しておきましょう。

まずは、

苦しい位の負荷をかけること。

脳ミソは筋肉と同じ。だから、使わないと衰える。

鍛えるには負荷をかける。
一度壊して、再生するときに以前よりも強くなる。
負荷をかけて壊さねばならない。

だから、苦しい。
スポーツのトレーニングも学習も苦しい。


次に、

やるべきことは今日スタートすること。

やらないことは一生できるようにはならない。

「気が熟したらやろう。でもそれは今ではない」

こういう態度が一番見苦しい。
アドバイスする気にもならない。
むしろ、一生やらないと宣言して欲しいくらいだ。

やるというのは、今すぐやることを意味する。


そして、

必要は発明の母。

脳でも筋肉でも日々使っている部分だけがスタンバイしている。
そのように体はできている。
毎日使うこと。
脳も筋肉も。
使えばならないような生活をすること。
そうすれば体の方が応えてくれる。
毎日数学の問題を解くこと。
英語を日々読み、耳で聞くこと。
毎日「会う」こと。相手が人でも学習でも愛着が湧くし、自然と慣れても来る。
「必要」を作り出すこと。

これらを日々心がけて、目の前の「やるべきこと」を黙々と「継続」することで、トップランナーの背中も見えて来るというもの。
川内選手のボストンマラソンのように。



努力は全て泥臭い

努力とは見えないところで行うもの。

全ての努力は泥臭い。

他人になどとても見せられたものではない。

恥ずかし過ぎて。

推敲途中の原稿を見せてくれる作家などいない。

完成した「作品」だけを見て欲しいという。

途中で壁にぶち当たって、のたうち回っている姿など見せられたものではないから。

絶望し、完成を断念する寸前まで落ち込んだ姿など知られたくないから。

絶望なしに大きな仕事を成し遂げる人などいない。

受験生の演習問題の反復も同じ。

1回目なんて、ボロボロに間違っている解答だらけ。

恥ずかしくて他人になど見せられるはずもない。

学習が完成したその姿、つまり合格という「作品」だけを見て欲しい。

自分自身で泥臭い努力を実行したことのないには、それが分からない。

他人のオシャレな「完成品」だけしか見えていないから。

自分で努力したことのある人は、

「完成品」の陰でどのくらい泥臭い努力と挫折が繰り返されていたかに思いを馳せることができる。

作品からそれらをイメージすることができる。

だから、感動の深みが違う。

オシャレな努力など存在しない。

全ての努力は泥臭い。



久々にピーマンの話を

ピーマンが嫌いな子がいたとする。
全く食べようとしない。嫌だ嫌だを繰り返すばかり。

これを容認してはダメ。

じゃあどうするか。

ひとかけらだけ食べさせる。

ほんのひとかけらでよい。
味なんか分からなくくらいのひとかけらでもよい。

それさえも食べないと言い張ったらどうするか。
一切食事を与えなければ良い。

泣いてもわめいても毅然とした態度をとる。
それが正しい大人だ。

ひとかけらも食べないというのは、単なるワガママでしかない。
好みの問題を超えているのだ。
ワガママを許してはいけない。
何故か。
それがワガママだからだ。

でも実際は、ひとかけらでも食べようとしない、という子はあまりいない。
体に良いとかなんとか言って、大人が食べて見せれば顔を歪めながらでも食べるものだ。

特定の野菜には、その野菜にしか含まれない栄養素がある。
だから、食べねばならない。
しかし、大量に食べる必要はないのだ。
特定のミネラルは少量で十分だったりする。

ゼロではダメだ。

ゼロかゼロではないか。
それは大問題なのだ。

英語に any  という単語がある。
これは、数学でいう原点0の付近、つまりゼロかゼロではないかのせめぎ合いのことを言うが、なかなか日本語では説明しにくい。だから、否定文と疑問文ではsomeはanyに変化する、などという変な説明で間に合わせる人が多い。この単語の本質からはかなりずれていると思うが。

嫌いなものでもゼロにはしない。

勉強でも同じだ。

例外を楽しむ

学習を続けていて必ずぶち当たるのが「例外」というもの。

「本来はこうにするのに、この場合だけは例外的にこちら」

何だよ、これ。腹が立つなあ?

そんな気持ちになるのも無理はありません。
ストレスが溜まりますよね。

でもね。

実は、

勉強ってこれとの戦いなんですね。

スッキリゆかないことばかりなんです。

今までの守備範囲の枠組みでは簡単にはとらえきれない。
どうにも馴染めないものを、自分の言葉に翻訳し直して辛うじて理解してみる。
自分を支えてきたはずの構造物を一度壊してみないと掴めない。

ストレスフルで宙ぶらりんで気持ち悪い状態。

この状態に耐える。
そして、できればこれをエンジョイしてしまう。

学習にはこういう姿勢が求められるのです。

一方で今までの枠組みにしがみつこうとする自分がいる。

そんな自分から勇気を出して飛び出してみる。

「例外」との戦いを通じて、ワンランクアップした自分と出会えるのです。

「弱点ノート」の勧め

苦手分野。

逃げようとすればするほど、それはいつまでも付きまとって来る。
常に頭の片隅にチラチラと見える。
そして、見え隠れしながら鈍痛を発し続ける。

逃げ続けている限り、この不快感は続く。

この気持ち悪さから脱する道はただ一つ。

逃げるのをやめること。

逃げる足を止め、振り返ってその苦手に真正面から対峙すること。
もう逃げないと覚悟し、苦手分野をにらみつけること。
ドンと構えて、仁王立ちすること。

もう逃げない。
誤魔化さない。
スルーしない。

そう決めてしまう。

次に「弱点ノート」を作る。

何となくできない。
何だか分からないが間違ってばかりいる。
どこから手を付けたら弱点が克服できるかが見えない。

そんなボンヤリした状態から脱して、話を「具体的」な仕事に持ち込む。

つまり、何ができないのか。
明確にピックアップしてゆく。

「弱点ノート」に書き出してゆく。

ひとつひとつ具体的に。

その弱点を一つ一つ確実に潰してゆく。

始めてみて気づくはず。

自分自身の弱点捜しって、結構楽しい。
書き出しては潰し、潰してはまた書き出す。
具体的に。
ひとつひとつ。

漠然から具体へ。

地に足がついた学習の継続。

本物の自信への第一歩。

プロフィール

齊藤塾塾長 齊藤茂

Author:齊藤塾塾長 齊藤茂
渋川高校卒業後、代々木ゼミナール(教務課)に3年半勤務。4年目の9月より浪人生活を送り、翌年4月に群馬大学教育学部に入学。卒業後、藤岡市、前橋市の大手進学塾にて前高、前女、高高、高女進学コース、附属中クラスなどを担当。平成9年に出身地の東吾妻町矢倉にて齊藤塾を開塾。以来トップ校受験生の指導にあたる。

齊藤塾合格実績・・・前高、前女、高高、高女、高専、渋高、渋女、高経附、佐久長聖中、中央中等、樹徳中、埼玉大、新潟大、群馬大、静岡大、高等工科他

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