貧困と学習

貧困を理由に進学を諦める。

そんな子供が増えていると聞きます。
とても残念で悲しいことです。

私は、貧困のために進学を諦めるという選択はしたくなかった。
何とかして進学する道はないかと模索し続けた。

同じような境遇の人は、当時の私の視野の中には一人もいなかった。
寂しいことだったが、仕方ない。
自分一人で「工夫」するしかなかった。

今思えば、突拍子ないことも随分試した。
結果的には大いなる遠回りをしただけだった。
時間がないのに。
これらが「良い思い出」になるには、まだ暫く時間が必要のようだ。

貧困の中での学習。

親自身がその生活に苦しんでいる。子供とすれば早く社会に出て経済的に助けてあげたい。その気持ちを振り払って進学を目指す。その苦しさ辛さは、経験した人でなければ分からない。勿論、正解はない。自らの決断で高卒、あるいは中卒で社会に出るという選択をする。そして、自らを鍛え上げ社会に貢献している人は少なくない。心から敬服する。

貧困だというだけで、すべてが限られる。

限られた時間、限られたお金、限られている選択肢。
夢を持てと言われても悲しいだけかもしれない。

しかし、限られていればいるほど、頭を使うしかないとも言える。
見本はない。
頭をクリエイティブに使って自分だけの生き方を模索する。
ギリギリのところまで追い詰められたら頭を使うしかないのだ。

まあ、緩んだ学生時代を送っている同世代の人よりも得るものは多い。

「これらの経験は、ずっと後になって効いてくる」

これは私の実感。
自分では、やったこともないのに、これと同じアドバイスをする教育者がたまにいる。
その言葉の軽さに震えが止まらない。

卑屈にならずに、クリエイティブになること。
これが大切。まあ、簡単なことではないが。

若い頃の貧乏自慢では誰にも負けない自信のある、私からのメッセージでした。



さて、雪になりそうですね。
11月の大雪?

いよいよ期末テストに突入です。

適度な貧困

学習環境と子供の貧困の話。

貧困に「適度」などというものがあるのかないのか。
そもそも数字で表せないものも大きいだろうし。
人によって感じ方も対処の仕方も異なるはずだし。

それでも、勇気を出してあえて言う。

適度の貧困くらいが丁度良い。

そもそも、緩んだ生活や浮かれた生活の中で、緊張感をもって学習することなど不可能。
一歩も引かずに前に進むしかない時に、「まあいいか」という緩みが芽生えてしまっては、達成できるものもできなくなる。
踏ん張りもきかない。踏ん張りのきかない人は受験では勝てない。

質素な生活を心がけている人は、物も時間も無駄にしない。緩みや甘えがないから。
浮かれることもないし。

バブルの頃の多くの日本人のような浮かれた人達にはもう会いたくない。

とは言うものの。

やはり、ここで深刻な問題がある。

その「適度」が難しいということ。

格差社会が急速に進行中だ。貧困層には「深刻な貧困」しか存在しなくなるかもしれない。「適度」などという呑気なスタンスが許されない状況になるようだ。資本主義とは何とも厄介なものよ。

さて、今日も皆自分自身と戦った。
祝日だったようだ。

貧困と「本気度」

貧困家庭が増えていると聞きます。

格差は開く一方だとも。

子供は生まれてくる家庭も国も選べません。
生れ落ちた社会で健気に頑張っているのです。

GWには何万人もの人々が海外でリフレッシュしてきます。
休日のショッピングモールは家族連れで賑わっているようです。

でもね、

そんな世界とは無縁なところで、健気に耐えている子供達がいることも忘れないで欲しいのです。
寂しい思いを抱きつつも、決して恨むことなく耐えている子供達もいるのです。

そんな子供達が、あるいはその子孫達が世界を救うことがある。

歴史を変えた人達の多くは悩み多き少年時代を過ごしています。

本気度。

辛さに耐える中で「本気度」が養われているのでしょう。




私も若いころは三重苦に喘いでいました。
さて「本気度」の方は養われたか。

多忙なこどもたち

現代の子供達は多忙を極めています。

幼児期から、習い事等でスケジュールが満杯の子も少なくないようです。
学校は勿論のこと、スポーツクラブなどの習いごとも(勿論塾も)、当然大人が関わっています。
しかも、その成果の「見える化」のために、コンクールや試合、発表会等に向けての「追い込み」さえもあるのでしょう。

子供達には「子供達だけの」世界が必要です。

子供は放っておけば、発達段階に応じた遊びをします。
現代はそのチャンスが失われかねない状況かと思うのです。
空き地に行けば、誰かが遊んでいてその時に集まったメンバーで、即座にその日の遊びが決定する。
合議だったり、リーダー格が強引に決めたり、と。子供達の社会の中で自然にルールができ、あるいは軋轢を乗り越えて強くなったりと、様々な「もまれ方」をするのが子供達なのだと思います。

ずっと昔から、人はそうやって育ってきた。
多分、そうです。

それが、今は失われている。

一方で多忙な子供達。
一方で同世代の子供達にもまれるチャンス持てない子供達。
一方で大人からの虐待に怯える子供達。

良い学校に進学するためには、早めの準備が必要です。
それは当然です。
私もそういう仕事をしているのですから。
英語もパズルも早い方が良いのでしょう。多分。

ただ、それが絶対に失いたくない何かを捨てて得ているものだとしたら・・・・。

文科省が自信をもって推し進めた「生きる力」の指導要領。
その指導で育った人たちは、もうとっくに親世代になっているはずです。

格差社会



格差社会日本。

ますます深刻度を増しているようです。
日本はOECD諸国の中でも突出して教育費のかかる国。

経済的な見通しがたたなければ、子供を持つことが許されない国なのでしょうか。

「そんなの当たり前でしょ」

という声が聞こえてきそうですが。

貧しくて「子供を塾にも通わせられない」家庭のために、補助金を出す自治体が増えています。
いつのまにか「塾には通うのが当たり前」になったようです。

この問題を論じる資格が私にあるのか。
それはそうなんですが。

お金をかけずに勉強する方法はあります。
勿論、あります。

一方で「教育にはお金がかかる。しかも無駄金が」も真実だと思っています。

プロフィール

齊藤塾塾長 齊藤茂

Author:齊藤塾塾長 齊藤茂
渋川高校卒業後、代々木ゼミナール(教務課)に3年半勤務。4年目の9月より浪人生活を送り、翌年4月に群馬大学教育学部に入学。卒業後、藤岡市、前橋市の大手進学塾にて前高、前女、高高、高女進学コース、附属中クラスなどを担当。平成9年に出身地の東吾妻町矢倉にて齊藤塾を開塾。以来トップ校受験生の指導にあたる。

齊藤塾合格実績・・・前高、前女、高高、高女、高専、渋高、渋女、高経附、佐久長聖中、中央中等、樹徳中、埼玉大、新潟大、群馬大、静岡大、高等工科他

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