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仕事とは


仕事とは「すでに出来上がっている社会システム」の小さな歯車の一つとなって、責任を果たすことを言う。そのためには期待されていることがこなせなければならない。期待されていることはできないが、これなら得意だなどと繰り返す人が社会システムの担い手として責任ある仕事ができるとは到底思えない。そう、仕事には責任が伴うのだ。個性と責任という二つの言葉、この二つの距離は遠いように見える。

「私はこんな人です」などといくらアピールしても、あくまでそれは参考程度だ。大切なのは君にはどんな仕事ができるかだ。そのことの大半は「君にしかできないこと」ではなく「他の人でもできること」なんだ。他の人でもできることのクオリティーを上げて、他の誰かではなく君自身がその仕事を勝ち取るしか君が生きる道はない。

誰にでもできることのクオリティーを上げること。仕事の速さと正確さを上げること。これって受験勉強と同じではないか。受験勉強で期待されることと仕事で期待されることとはかなりの部分でダブるのだ。受験勉強なんて将来役に立たないという人がいるが、それは間違いだ。

強い個性が求められる時代は来るか

日本の社会は均質。
目立つことを嫌う。
出る杭は打たれる。
他人と違うことはいじめられる要因になる。

戦国時代でも幕末でも混乱した世の中を救ったのは「変人」だったのかもしれない。

厳しい時代が訪れようとしている。

日本を救ってくれるかもしれない「強い個性」を日本社会自らが潰すようなことがあってはならない。


さて、

今日は実力テスト学年2位の報告を受けました。
多忙な1学期だからこそ、多忙を言い訳にしないこと。

目立たない存在

ある生物学者が「豊かさとは何か」と問われて、「多様性のことだ」と即座に答えたという。

違うということは豊かだということ。

勉強のことだけに絞っても、生徒一人一人はあまりにも違う。
つまり、豊か。

学習方法、学習スピード、間違いの傾向など千差万別。
一斉授業という形態だって、教える側の都合という面も大きい。あまりにも違う生徒達に同じ言葉で語っても理解の仕方は一人一人違う。だからと言って、今のところ学校においては一斉授業しか思い当たらない。

その点、学習塾は様々な挑戦ができるので面白い。特に、個人塾はフットワーク軽くさまざまな工夫ができる。齊藤塾がもう少し大きな塾だったら、私がやっている指導法など会議で却下されたろう。理由は「無理だから」あたりかな。

一人一人が違うことを「どうしてこんなに違うのよ」と不満に感じるか、「こんなにも違うって面白い」とポジティブに感じるのかによって生徒達の見方が大きく違ってくる。面白いと思える気持ちを持ち続けたいものだ。

とんでもない発想をする人が科学の突破口を開いてくれることがある。
その人は普段は変人と呼ばれていたりする。

「誰が」社会を変えるのかは分からない。
未来のことは誰にも分からない。

だから、

一人一人には生きている価値がある。価値判断のモノサシは一人一人別のものが与えられる。
私は大したことができなくても、何世代か後の人が社会を変える仕事をするかもしれない。

いや、目立たない存在でも社会全体を優しく包むという役割を今現在担っている。
星野富弘さんの詩画集にあったように。
泣いたり笑ったりした日々を優しく包んでくれた「普通の日」のように

無名の努力家達

スポーツでも常勝チームこそつらいものです。

勝って当たり前、と思われているからです。

見えないところでの努力。

これは、なかなか分かってもらえません。

だから、

外からは分からないところで努力していて、それが習慣化しているからこそ、本人さえもそれが努力だと意識しなくなる。

そんな人が最強なのは言うまでもありません。


無意識の努力家達。

そして、その大半は無名の人達。

そんな人達が社会を構成するとき、それは最強となる。

強い社会では、そんな無名の努力家達が要所で要石(かなめいし)のように踏ん張っている。


無名デザイナー

考えてみると、私達が購入している商品は、その一つ一つについて「誰かが」デザインしている。しかも、それをデザインしたのはその大半が「無名デザイナー」。世にその名前が知られているようなデザイナーってほんの一握り。ファッションデザイナーにしろ工業デザイナーにしろ、私達がその名前を挙げられるのはほんのわずかのはず。

いま手にしているこの商品も、誰かがデザインしたものだ。
その人の頭の中にあったものが形になったデザイン。

デザインしたのは無名の誰か。

メーカーの社員デザイナーかもしれない。小さなデザイン事務所の駆け出しデザイナーかもしれない。

そして、彼らの大半はその名前が世に出ることはない。

無名だが誇りをもって仕事をしている。自分のデザインした商品がどこかで使われているのを想像しながら。締め切りに追われ、通勤電車の中でも考え続けて完成させたデザインかもしれない。自慢のデザインを上司に一喝され、自宅に持ち帰って徹夜して描き直したデザインかもしれない。

私達は、そんなことに思いをはせることもなく使っている。

日本には中国や東南アジアで作られた商品が溢れている。
誰かがデザインしている。
誰かが作っている。

キャンペーンなどの時に景品をタダでもらう。
その景品も誰かが作っている。
どこかの誰かがデザインしている。

タダでもらった物。
それも誰かがデザインして、誰かが作っている。


子供の頃、母親の内職を手伝ったことがある。
子供服の刺繍用の下絵を写す仕事。
私が下絵を描いて、母が刺繍する。

「どんな子が着るんだろうねえ」などと会話しながら。

プロフィール

齊藤塾塾長 齊藤茂

Author:齊藤塾塾長 齊藤茂
渋川高校卒業後、代々木ゼミナール(教務課)に3年半勤務。4年目の9月より浪人生活を送り、翌年4月に群馬大学教育学部に入学。卒業後、藤岡市、前橋市の大手進学塾にて前高、前女、高高、高女進学コース、附属中クラスなどを担当。平成9年に出身地の東吾妻町矢倉にて齊藤塾を開塾。以来トップ校受験生の指導にあたる。

齊藤塾合格実績・・・前高、前女、高高、高女、高専、渋高、渋女、高経附、佐久長聖中、中央中等、樹徳中、埼玉大、新潟大、群馬大、静岡大、高等工科他

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