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自立心を育てる


自立心はどうやったら身につくのか。

自立心とは、

自立せねば前に進めないときに「自ら」作り上げるものだ。

体の「内側から」「自分だけの力で」作り上げ、育てるものだ。


日本の教育は模索し続けてきた。


「自ら考える力を養う教育」・・・・・
「生きる力を養う教育」・・・・・
「PISA型教育」・・・

いろいろ言われている。
が、私達は本当に腹がすわっているのだろうか。

自立せねば生きてゆけない環境で子供たちを鍛える覚悟。

その覚悟が今大人たちには求められていると思う。

自分で自分を鍛えられる人だけが世界で活躍できる

「たれこ」

蚕の体は溶けることがある。

気持ち悪い書き出しで申し訳ない。でも、本当のことなのだから仕方ない。
これは養蚕の経験のある方にとっては当たり前のことだろう。私の家は農家だったから、養蚕の手伝いをよくさせられた。だから、子供の頃は毎年普通に目撃していた。

溶けた蚕のことを「たれこ」という。中身が溶けてたれてくるからそう呼ぶようになったのだろうか。中身が黒くなって出てきてしまう。白い蚕が黒くなる。
塾ブログがオカルトになってきて申し訳ない。あまり細かい描写は如何かと思う。ただ、今日は最初に是非気持ち悪い思いをして欲しかったのだ。実際、気持ち悪いものだから。現実は現実として直視することも必要だ。

何故、こんな話をするのかというと。

どんな蚕が「たれこ」になるかを伝えたかったからだ。

蚕も沢山飼っていると途中で病気になるものも出てくる。それがひとつのタイプ。
もう一つのタイプが、今日のテーマ。
繭を作る段階になっているのに、繭を作れずに「たれこ」になるものがいるのだ。

白かった蚕の体が金色に透き通ってくると桑の葉を食べなくなる。繭を作る時期になったのだ。そうなった蚕は段ボールでできた小部屋の集まり(「まぶし」という)の上に乗せられる。乾いた場所に乗せられると、蚕は口から糸を吐いたりしながら、沢山ある小部屋の中から気に入った小部屋を選んで中に入り、そこで糸を張りめぐらせながら徐々に繭の楕円形の形を作ってゆく。内側からせっせと糸を張っている様子は、しばらくは外からも見える。吐いた糸の分だけ蚕自身は小さくなってゆく。そして、繭の壁が厚くなり中身の蚕は外からは徐々に見えなくなってくるが、まだシルエットがせっせと動いているのがわかる。そして、見えなくなってしばらくしてから中で蛹(さなぎ)になるようだ。これが、大半の自然な蚕の行動だ。

ところが、そうでないものがいるのだ。

小部屋に入って繭を作り始めるのだが、何が気に食わないのか途中まで作った繭に穴を開けて出てきてしまう。そして、別の小部屋に入って新しい繭を一から作り始める。そこで、繭を完成させることもある。最初、途中まで作った繭のために糸をだいぶ使ってしまっているので、他よりも小さな繭になる。それでも、繭を作るだけまだましだ。二番目の小部屋もなぜか気に食わないと見えて、また出てきてしまうものもいる。そんなことを繰り返しているうちに、体力を使い果たし、繭一つ分の糸を無駄に吐いてしまって、ほとんど体に糸が残っていない状態の蚕はどうなるか。

そう、「たれこ」になる。体力を使い果たすと蚕は死ぬ。死んで腐敗した蚕は中身が黒い水のようになる。皮膚も破れて中身がとろっと出てきてしまう。私達はこれを「溶けた」と表現した。

私達人間からは、どの小部屋もほとんど同じにしか見えない。同じ場所を行ったり来たりしながら、結局最初の場所に繭を作るものもいる。まあ、迷うことはあるだろう。蚕にだって個性はある。

繭を作るべき小部屋が決まらず何度も作り替えているうちに、糸がなくなり自らは「たれこ」になって「溶けて」しまう哀れな蚕。
周りの蚕はとっくに白く輝く繭を作って中で静かに眠っている。成虫となる夢を見ながら眠っている蛹たち。
その小部屋の端っこの方で黒く溶けた「たれこ」。

白く輝く繭と黒く溶けた「たれこ」。あまりにも対照的。
一匹の蚕の体にある糸の量は有限だ。
「たれこ」はどこで間違ったのか。「覚悟」ができなかったからなのか。

私が「たれこ」のことを時々思い出してしまうのは何故だろう。

いえいえ、あくまでも蚕のお話。
人間のお話ではありませんよ。勿論。


(再掲です。)

褒め言葉

褒め言葉をシャワーのように浴びせかければ人は変わる。
褒めて褒めて褒めちぎれ。
どんな人にも最低ひとつくらい良いところがある。それを見つけ出して褒めよ。

そんな言葉が教育界には溢れている気がする。

確かに、全く自信喪失状態になった子には有効かもしれない。ちょうど、病気の治療に薬が必要なように。でも、薬は病気の時にだけ有効なのであって、常用してはいけない。薬と麻薬とは境界線が曖昧だから危険なもの。まだ、多用することで効能は限りなくゼロに近づく。

「それだけ病んでいる子が多いのだよ」
そう言われてしまえば、もう言い返す言葉はない。実際、病んでいる子は多いのかもしれないが。

言い訳探し

勉強の仕方が分からない、という人に勉強の仕方を教えてやっても、勉強を始めることはない。

その理由は簡単。

勉強の仕方が分からないから勉強を始められない、のではないから。

むしろ逆。

勉強しない「言い訳として」勉強の仕方というものを利用しているだけだから。

本当は勉強なんかやりたくないのだ。

だから、言い訳探しにエネルギーを使う。

無駄なエネルギーを。

弱いだけなのだ。
ずるいだけなのだ。
自分をだまし続けているだけなのだ。

そして、いつまでも甘えているだけなのだ。
心の底から子供。


本気になった人は、言い訳探しに無駄なエネルギーなど使わない。

もう動いている。
サッサと飛び込んで来る。

嫌いなことでも、やらねばならないことはサッサとやる。
大人へとつながる行動とはそういうものだ。


長期の自宅学習を強いられている今こそ態度を変えるチャンスだ。

強さの源

芸能界で活躍している人の大半は、つらい生い立ちを乗り越えて強くなった人です。

勿論、矢沢永吉さんも。



「誰かの身勝手だの、景気の流れだの、自分じゃないものの決めた通りに流されるんじゃ、不安になるのは当たり前だからね。依存から離れるってのは簡単なことではない。だけど、肝心なのは自分の足で立つことなんだ。70歳過ぎて草刈りして市役所から日当もらって、それでオレを育ててくれたおばあちゃんのように」『アー・ユー・ハッピー?』より(矢沢永吉著)

さきほどまで、NHKで矢沢永吉さんの特集やってましたね。

終戦4年後の広島に生まれ、おばあちゃんに育てられた幼少期の体験。
矢沢永吉さんの強みはこの幼少期に培われたのかもしれませんね。

どん底体験の強み、なのでしょうか。


今日は私立高校合格の報告がありました。

農二学特・・・3名合格!

気持ちよい結果からスタートですね。
明日は育英。
信じて、良い報告を待ちます。
プロフィール

齊藤塾塾長 齊藤茂

Author:齊藤塾塾長 齊藤茂
渋川高校卒業後、代々木ゼミナール(教務課)に3年半勤務。4年目の9月より浪人生活を送り、翌年4月に群馬大学教育学部に入学。卒業後、藤岡市、前橋市の大手進学塾にて前高、前女、高高、高女進学コース、附属中クラスなどを担当。平成9年に出身地の東吾妻町矢倉にて齊藤塾を開塾。以来トップ校受験生の指導にあたる。

【遠方の方も吾妻線を利用して、土日、祝日中心に通っている塾です。長時間の個別演習形式で鍛えて結果を出しています。お気軽にお問い合わせください。】

合格実績(2012年~2020年までの合計)前橋高校4名、前橋女子高校8名、高崎高校5名、高崎女子高校7名、群馬高専5名、渋川高校20名、渋川女子高校17名、高経附高校3名、前橋育英S4名(中学受験については初年度からの合計で中央中等8名、佐久長聖中8名それぞれ合格、大学受験については、群馬大、埼玉大、茨城大、信州大、新潟大、静岡大、早稲田大、慶応大、津田塾大、東京女子大、明治大、法政大、成城大、東洋大、獨協大等多数合格・詳細は下のホームページからどうぞ)

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