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ピーマン嫌いをなおすには

ピーマンが嫌いな子がいたとする。
全く食べようとしない。嫌だ嫌だを繰り返すばかり。

これを容認してはダメ。
じゃあどうするか。

ひとかけらだけ食べさせる。

ほんのひとかけらでよい。
味なんか分からなくくらいのひとかけらでもよい。

それさえも食べないと言い張ったらどうするか。
一切食事を与えなければ良い。

泣いてもわめいても毅然とした態度をとる。
それが正しい大人だ。

ひとかけらも食べないというのは、単なるワガママでしかない。
好みの問題を超えているのだ。
ワガママを許してはいけない。
何故か。
それがワガママだからだ。

でも実際は、ひとかけらでも食べようとしない、という子はあまりいない。
体に良いとかなんとか言って、大人が食べて見せれば顔を歪めながらでも食べるものだ。

特定の野菜には、その野菜にしか含まれない栄養素がある。
だから、食べねばならない。
しかし、大量に食べる必要はないのだ。
特定のミネラルは少量で十分だったりする。

ゼロではダメだ。

ゼロかゼロではないか。
それは大問題なのだ。

英語に any  という単語がある。
これは、数学でいう原点0の付近、つまりゼロかゼロではないかのせめぎ合いのことを言うが、なかなか日本語では説明しにくい。だから、否定文と疑問文ではsomeはanyに変化する、などという変な説明で間に合わせる人が多い。この単語の本質からはかなりずれていると思うが。

嫌いなものでもゼロにはしない。

勉強でも同じだ。


今に関心

子供達は「今」に興味があります。

「過去」の話とはワクワク感レベルが違うから。

教科書や参考書の教材はどんなに優れていてもそれは「過去」の情報。

現在進行形でアクティブに動いている物事には「生命」が宿っています。

子供達はそのことに敏感です。

現在のアクティブな物事から受ける刺激は、過去のそれとは比べ物にならないのでしょう。

大人達はもうそのことを忘れてしまっている。

文字情報では新聞。

私達日本人は日本語の新聞をまずしっかりと読めること。

アクティブな話題の宝庫ですから。

分からない部分が多くてもよい。

まずは、習慣として。

振る舞いとして。

個性


個性は作り上げるものではありません。
意図しなくても、にじみ出るものです。

自分探しの長旅の末に、たどり着いたところで「これこそ自分だ!」に出会える。
それは幻想です。

「これこそが私の探し求めていた「自分」なのだ。ああ、やっと出会えたね」

こんなことはあり得ません。

何年探し求めても、そんな出会いは訪れないのです。

理由は簡単。

「外に」探し求めているから。

個性は、

最初から備わっている。

いつも、自分と共にある。
引き剥がすことなど不可能なもの。
認めようが、否定しようが、そんなことお構いなしに最初から私自身に貼りついているもの。
いや、私自身そのもの。

そんな気がします。

だから、「自己実現」という抽象的な言葉に惑わされたくないものですね。

自己なんて、最初から「実現」していますので。


さて、

本日通塾初日の塾生も長時間学習を頑張りました。

また1名、入塾が決まりました。

新しい顔が加わって齊藤塾も新学期のスタートとなります。


*各学年とも定員に達し次第締め切ります。

流行

人は、流行に流される。皆と同じだと安心だからだ。人間とはそういう動物。

だったら、思いっきり自分の好きなことを集中的に勉強して偏差値の高い大学に行こうよ。
差別化とはそういうこと。
競争相手達が戦わずして去っているのだから、君の好きなことの競争相手も少ない。

群馬でもオシャレな高校は人気が高い。

人気が高いから当然倍率も高くなる。
倍率の高い高校に合格するには、死にもの狂いで勉強しなければならない。
オシャレに受験勉強した人は失敗して、死にもの狂いに勉強した人はオシャレな高校に受かり、オシャレな高校生活を送れる。まあ、そんなものだ。

不思議なことに、他人のやっていることと反対のことをやるオシャレというものは存在しないようだ。
「同じような」オシャレに人は殺到する。

だから、チャンス到来!

自分の道を見定めて、まっすぐに突き進む君にはほとんど競争相手はいない。

臨界点は・・

臨界点。

反復学習の醍醐味はこの一点に尽きます。
来る日も来る日も小さなことを積み重ねる。来る日も来る日も同じことを反復する。時には迷い、時には挫折しそうになりながら。

すると、あるときにスッと「見える」ときが来るのです。突然できる時が現れるのです。一度その快感を味わってしまったら少しくらいの苦労なんて苦労になりません。味を占めたらあの幸せ感を忘れららなくなるのです。

「では、どのくらい反復すれば良いのですか」

愚問です。修行者ならぶん殴られています。
臨界点は明日かもしれない。1年後かもしれない。気の遠くなるほどむこうかもしれない。

結果を保証してもらわないと頑張れないような人は弱い人です。



ただ、受験勉強について言えば臨界点は比較的近いのです。
「夢に出てくるくらい」考え続けている人には希望があります。
プロフィール

齊藤塾塾長 齊藤茂

Author:齊藤塾塾長 齊藤茂
渋川高校卒業後、代々木ゼミナール(教務課)に3年半勤務。4年目の9月より浪人生活を送り、翌年4月に群馬大学教育学部に入学。卒業後、藤岡市、前橋市の大手進学塾にて前高、前女、高高、高女進学コース、附属中クラスなどを担当。平成9年に出身地の東吾妻町矢倉にて齊藤塾を開塾。以来トップ校受験生の指導にあたる。

齊藤塾合格実績・・・前高、前女、高高、高女、高専、渋高、渋女、高経附、佐久長聖中、中央中等、樹徳中、埼玉大、新潟大、群馬大、静岡大、高等工科他

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