根(こん)を詰める

根を詰めて勉強する。

競争が厳しく、失敗が許されない受験勉強。
中途半端なことでは乗り切れない。
勉強が好きとか、嫌いとか、良い先生に出合ったとか出合わなかったとかもどうでもよくなる。

もう、やるしかないのだから。

目の前にある問題集にすがる。
最初から最後まで一問一問丁寧に解く。
そして何度も反復する。

期限付きとは言え、怠惰な自分は返上だ。

そんな体験。

これが自分にとっての財産にならないはずはない。

根を詰めて勉強した経験。
目の前の大きなハードルを乗り越えたという経験。

この経験のある人とない人では後々の人生での「学習観」が全く異なってくる。

深み。重み。腹のすわり具合。

全く違ってくる。

大切なもの。
それは苦労ぜすには手に入らない。

受験と成長

受験からは逃げられない。

だから真剣に取り組む。

限られた時間を有効に使って、できるだけ効率よく学習を前に進めようとする。

だが、実際は思うように行かないことも多い。

調子が出てきたかな、と思うと何らかのアクシデントが襲ったりする。

風邪をひく。
想定外の行事が入る。
受験に関係ない教科の課題に時間をとられる。
などなど。

受験を通して見えてくるもの。
真剣に取り組んだからこそ見えてくるものもある。

自分が如何に愚かであるか、ということ。

自分は意外なところで能力があるかもしれない、ということ。

覚えたことは反復しないと、すぐに忘れてしまうということ。

できるようになったはずのことが、なかなかテストの結果となって実を結ばないということ。

得意科目が足を引っ張り、苦手科目に助けられることがある、ということ。

受験勉強って、自分が想像していた何倍も時間がかかりそうだ、ということ。

などなど。

自分は頭が悪い。

自分には能力がない。

何度も何度もこの現実に向き合うことになる。


でも、

そこから出発するしかない。

もう笑うしかないほどの現実が出発点だったりする。

こんな経験。

受験がなければ絶対にできない。

これほどまでに「自分の現実」と向き合う機会なんて滅多にあるものではない。

いや、頻繁にあったらたまらない。




だから、得るものが多い。
もう、多すぎるくらいに多い。

人は、

こういう困難を乗り越えた時にだけ成長できる。

教育は個別指導が基本

孔子やソクラテスの例を出すまでもなく、教育は対話が基本。

そして、個別指導が基本。

アメリカの大学。
老教授であろうとも、学生のレポートの束を自宅に持ち帰り、深夜までその添削にあたる。
駆け出しであろうと、ベテランであろうと先生は先生。指導スタイルに差はない。
学生一人一人のレポートを添削し、指導コメントを添えて返却するのは「普通のこと」。
老教授ならば何十年と続けてきた当たり前の仕事。特に熱心だとか、良心的だとかではなくて、仕事なのだから「普通のこと」。
アメリカの多くの大学の先生にとっては「普通のこと」。だってそれが仕事というもの。

日本のS大学。
ある先生は一人一人のレポートに目を通し添削する。
これをやらずに大学教育はあり得ないと信念に燃えて。
これを手抜きしたら仕事したことにならない、と自分に言い聞かせて。
ただS大学が、アメリカの大学と違うのは、このような先生が少数派だということ。
ベテランの先生ならば、なおさらのこと。
他の大学でも大差ない。

教育は個別が基本。

だから、私も塾生のプリントは一人一人塾長の私が〇付けをする。
そうでないと、塾生一人一人の塾生から伝わってくる感覚的なものが見えてこない。


子供は甘く考える

「物事を甘く考える」は子供達の特権。

余計な心配をせずに突っ込んで行けるところは、大人とは全く違う。

子供達が本を読まなくなって久しい。

壁にぶち当たって前に進めなくなった時に、読書の裾野が広い人は全くの袋小路に迷い込むことはないと思う。

読むことは考えることだから。

「創造」という抽象語

創造的思考力を養います。
創造的学習指導を致します。
創造的授業を研究しましょう。
創造的・・・・。

皆さん、創造的という言葉を安易に使いますよね。

創造的という言葉を使った瞬間に、全てが「正当化」されるような気がします。
その意味について自覚的に使うことはまれではないでしょうか。

創造とは、それまでになかった新しいものを作りだすこと。

そんなことが簡単にできるのでしょうか。

今まで誰も作ったことのないもの。
それを作り出す行為。

これって、簡単なはずがありませんよね。

作り出そうとする「姿勢」があれば良いのでしょうか。

「姿勢」や「気持ち」があれば評価されるのでしょうか。

いやいや、そんなことはないでしょう。

会議などでも、
創造的という言葉を安易に使って欲しくない。
そう、思います。

私なら「この場合、『創造的』って具体的に何を意味していますか」と聞くでしょう。

その場の空気感が読めないと思われるでしょうが。
プロフィール

齊藤塾塾長 齊藤茂

Author:齊藤塾塾長 齊藤茂
渋川高校卒業後、代々木ゼミナール(教務課)に3年半勤務。4年目の9月より浪人生活を送り、翌年4月に群馬大学教育学部に入学。卒業後、藤岡市、前橋市の大手進学塾にて前高、前女、高高、高女進学コース、附属中クラスなどを担当。平成9年に出身地の東吾妻町矢倉にて齊藤塾を開塾。以来トップ校受験生の指導にあたる。

齊藤塾合格実績・・・前高、前女、高高、高女、高専、渋高、渋女、高経附、佐久長聖中、中央中等、樹徳中、埼玉大、新潟大、群馬大、静岡大、高等工科他

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