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我慢と習慣

「我慢」

今や死語か。

良い参考書も問題集も溢れている。あとはやるかやらないかの問題。
そして、私が継続の方法まで教えてやっている。

その中身ではなくて「継続」それ自体を目的とすること。
そうすれば、徐々に継続することが習慣となり、やらないと気持ち悪い状態になってくる。
習慣とはそういうもの。最初は確かにつらい。実際は「つらい」と「面倒くさい」の中間くらいの面倒くささ。
これを乗り切るのに「気合い」や「根性」はいらない。

でも、大半の人がやらない。だから、やった人の一人勝ち。

最初の数日が勝負。その数日間に必ず何かの障害がやってくる。風邪をひく。特別な用事ができる。パスしたくないイベントがやってくる。などなど。「とりあえず今日はまあいいか」と例外を一つ作ったが最後、継続は中断する。気合いも根性も要らないのだが、このような時にも淡々と継続できる人は本当に強い人だ。

本当に「怖い」人ってこういう人のことを言う。淡々としている人。勉強を習慣化している人。やらないと気持ち悪い人。

腹が立つまで反復せよ

今日も反復回数の話
問題集を1回しかやらないのは一番損なやりかたです。

しかし、

塾に通っていない生徒の大半は、問題集の1回目も終わらずにテストに臨んでいます。
だから、最近は「ワーク提出」なる厄介なものまで始まってしまいました。
強制的にやらせるようになったのです。

普段、1回目がなかなか終わらない生徒は、たまに1回終わらせただけで、無意味な達成感に浸ります。
本当は1回目なんて、挨拶程度なのに。

2回目で、いくらか楽しくなる。

3回目で、手が自然に動くようになる。

4回目以降になると「こんな問題、誰だって解けるじゃん」って腹が立ってくる。

勉強ってこのようにやるものなんです。

知らない人がいるから、今ここに書いています。

でも、

優秀な生徒は、、このことを何故か「最初から」知っているのです。

勉強は、何度も反復して自分のものになる。1回やっただけではほとんど身につかない。
1回だけしかやらないのは、一番損なやりかた。

そういう事実を優秀な生徒は「最初から」知っている。だから、優秀なんですね。
だから、優秀な生徒は努力を積み重ねるのになんのためらいもないのですね。

1回やっただけで、学習が身につかないからといって「ああ、なんてオレはバカなんだ」などと嘆く人は、勉強とは反復のことを言うという事実を知らないのです。

自立型学習塾は、反復学習によってなるほど結果が出る、ということを体感してもらう場です。

「ちゃんと教科書に書いてある」はホントです。

教科書を端から端までくまなく何度も何度も読み返す生徒は少ない。

私の中学時代、数学の先生が毎回の授業時間の最初にミニテストをしてくださった。毎回、5問~10問程度。簡単な計算が主で5分もかからずに解けるテストだった。ほんの確認程度のもの。数学の得意な友人は勿論毎回満点だった。が、あるとき1問だけ間違えて憤慨しているではないか。教わった記憶のない問題がその日のミニテストに出て、満点が取れなかったというのだ。彼の連続満点記録を阻止したその問題とは「与えられた式の定数項を求めよ」というもの。数学の項のうちで文字の含まれていないものを定数項と言う。与えられた式の中から数字だけの項を答えれば良いだけの問題だった。5とか答えれば正解。彼はそれが解けなかった。知らなかったというのだ。「ちゃんと教科書に書いてあるよ」と私は教えてやった。

昔、群馬県の入試問題に「与えられた三角形と相似な関係にある三角形はいくつあるか」という問題が出題されたことがある。これは多くの受験生が間違った問題となった。何故正答率が低かったのか。それは、与えられた三角形と合同な三角形が図形の中に含まれていたからなのだ。
合同は相似に含まれるのか否か。
実は、合同な三角形も相似な三角形に含まれる。相似比1:1だ。これもちゃんと教科書に書いてある。普段そんな問題を解いていないだけだ。でも、教科書には書いてある。教科書には難問は載っていないし解法のテクニックもない。本当のエッセンスだけだ。その教科書にちゃんと載っていることなのだ。

掃除

掃除と学習の共通点。

掃除は同じところを毎日やる。

同じ部屋の同じ窓を拭いているのに、昨日拭き足りなかった部分を今日見つける。
そしてそこを拭く。
全体、昨日よりもきれいになる。
昨日は見えなかった部分が今日は見える。
それは何故か。

昨日、そこ以外をきれいにしたから。
昨日ほかの部分をきれいにしておいたから、今日はそれ以外の部分の汚れが浮き上がって見える。
昨日の土台があるから、今日のさらに美しくなった窓がある。

学習もこれに似ている。

だから、毎日やる。
復習で何度でも上塗りをしてみる。

必ず新しい発見がある。
更なる深みが見えてくる。

それは、昨日までの学習の姿勢が甘かったからではない。
昨日までの学習の土台があって初めてそれが見えたのだ。

プリント主義

PCの発達のおかげでPC画面だけでの学習も可能になった。映像教材の発達により、有名講師の授業を田舎でも受講できるようになった。それはそれで素晴らしいこと。有難いこと。

検索して調べたりすることについてはそのスピード感が昔のような速度に戻ることは、もう私も耐えられないだろう。

ただ、メインの学習部分については紙と鉛筆を使い、手で書いた方が頭に入るような気がする。
「手を使うことで頭が働く」
使い古された言い方になるが、どうもそんな気がしてきた。
これについて塾仲間に端から聞きまわったわけではない。
統計を取ったわけでもない。
私の狭い経験から肌で感じたこと、とでも言えばよいか。

塾の教材屋さんも相変わらず(と言ったら失礼かな)ワーク教材をメインに営業している。デジタルや映像もあるが急成長しているわけでもないようだ。PC教材については、様々な教材屋さんが億単位のお金をかけたり、個人の塾長さんが手作りで作ったりして面白い挑戦をしている。それは応援したいし、良いものには今後もチャレンジするつもりだ。ただ、10年近く様々な手法を試してみた感想としては、やはり「紙と鉛筆」だ。

齊藤塾がプリント教材を採用しているのはそれが主な理由だ。PC利用は問題のデーターベースからの抽出としての利用にとどめ、生徒が問題を解くのはプリント上で、私が指導するのも紙上の生徒の文字を見ながら、という形に落ち着いた。かなり、クラシックな形態に戻った感じだ。
プリントだと生徒の解答を丁寧に見ることができる。プリントだと、同じ問題や類題を瞬時に作成できる。その点ではPCに助けられている。ただ、生徒が問題を解くときは紙の上で鉛筆を使っての格闘だ。
プロフィール

齊藤塾塾長 齊藤茂

Author:齊藤塾塾長 齊藤茂
渋川高校卒業後、代々木ゼミナール(教務課)に3年半勤務。4年目の9月より浪人生活を送り、翌年4月に群馬大学教育学部に入学。卒業後、藤岡市、前橋市の大手進学塾にて前高、前女、高高、高女進学コース、附属中クラスなどを担当。平成9年に出身地の東吾妻町矢倉にて齊藤塾を開塾。以来トップ校受験生の指導にあたる。

齊藤塾合格実績・・・前高、前女、高高、高女、高専、渋高、渋女、高経附、佐久長聖中、中央中等、樹徳中、埼玉大、新潟大、群馬大、静岡大、高等工科他

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